泣かない我

「でも、兄様。私に他の兄弟たちがどこのクラスにいるとか、どんな部活をしてるとか、訊かないの? 気にならない?」

「お前がそれを答えていいのか?」

「……はっ!」

 

 自分がどれだけ頭の悪いことを言っているのか、どうやら気づいたようだ。

 まあ、気付かせずに訊いたら答えてしまうのだろうが。

 一応、繋がっているのは確実なのだし、我に会ってしまったが何もしゃべっていない、という気持ちで他の弟妹達に由梨を会わせる方がいいだろう。こいつは、嘘が吐けないからな。

 ここは元の世界とは違うから、そう由梨が口止めに殺されることは恐らくないだろうが、一応でいさせてやらねば、なにかあっては寝覚めが悪い。

 まあ、もうすでに色々とこちらに情報を喋ってくれているが、喋っているという自覚すらなさそうだし、ちょうどいい。


「他の弟妹のことは自分で調べるのでいいが、お前のことは訊いておきたい。それは別に口止めされていないだろう? お前は一番可愛くて、お気に入りの妹だったからな。今どんな生活をしているのか知りたい」

「えへへっ、そんなぁ♡」

  

 嬉しそうに、頭を搔きながら照れ笑う由梨を見ていると、よしよしと頭を撫でたくなってしまう。

 

 まあ、一番ぎょしやすくバカな妹であったというのが正しいかもしれないが。

 だが、バカな犬ほど可愛いと言う言葉があるように、傍にいると和むし、愛着も湧く。言っていることは、嘘ではない。

 兄弟の内、一番最後に殺したのもユーニエだった。


「私は叶ちゃんと同じクラスで、部活は家庭科部! 身長は158センチ、体重は秘密! 私の生まれた家は、隣の市。お父さんもお母さんも優しい普通の人間だよ! この間は家族みんなで熱海の温泉に行ってきたんだ~」

 

 ただ、我に自分のことを話しているだけなのに、誇らしげなその顔。

 うーん、あほ可愛い。

 

「そうか。幸せそうでなによりだ。ところで、お前はこの世界でも魔法は使えるのか?」

「もちろん!! この世界では、少し魔力アグマの調整が難しくて、危ないから使わないけど。子供の頃、水魔法アクリタスの調節に失敗して、公園を水浸しにしちゃってから使ってないよ。それに、戦う相手がいないから必要ないもんね」

「……そ、そぶだな」

「そぶ……?」


 噛んだ。


 ……ああ、そうだ。

 もう、薄々分かってはいたのだ。

 分かってはいたから、そんなにショ、ショックではない。

 でも……でもやっぱり、心の中で叫んでしまっていいだろうか。いいよな?


 ――なんで我だけ魔法が使えないんだ!? しつこいと言われても何度でも叫ぶ。

 

 なんで、我だけぇ!?

 

 この調子だと、絶対他の弟妹も使える……、というかどう考えても朝のトラックも、部室に飛んできたボールも……奴らの仕業でほぼ確定ではないか、チクショウめ!!

 操作オペルディ系の魔法が得意だったのは、末妹のクルリ。

 ウィンス系の魔法が得意だったのは、三男のロイクだ。

 ファイルム系の魔法が得意なのが二男のアエギル、そして、長女ヤナリスは精神スピリシア魔法が得意だ。

 この中で一番嫌なのは、精神魔法だな……。


「この世界は光円が近くて光の魔力アグマが多いから、私達元魔族にとっては少し調整が難しいよね。でも、やはり兄様なら、多少光の魔力アグマが多い程度で、魔法の精度にが生じることはないの?」

「ま、まあな……」


 ――魔法が出せないから、ぶれないのは間違いないな。


 沙羅だけでなく、瞬までも我を冷ややかな瞳で見てくる。叶はにやにやしている。


「流石、兄様です!! さすあに!!」

「その言葉は、割とギリギリだな!? ギリギリアウトじゃないか!?」


 我らの弟妹の中で魔法を一番多彩に使えていたのはユーニエだった。

 魔力アグマ量が一番多く、破壊系の魔法が一番得意だったのは、我だったが。


「とにかく、ユーニエ。俺はお前に会えて嬉しいぞ」

「私もだよ、兄様!! 他の兄弟たちのサプライズを、うっかり私が喋ってしまった事、言わないでね?」

「ああ」


 まあ、言わないでも何も。知っているからな。

 我を殺すというとんでもないサプライズ企画を立てていることは。

 今までは相手すら分かっていなかったのだ、誰が狙っているのかを知れただけで大成果だ。

 本来なら、サプライズと知る前に死んでいただろう。

 瞬と、叶、沙羅がいなければ。


「私から、一つ質問いいかしら……?」

 

 沙羅が、由梨を見てそう言った。 


「他の兄弟のことは、話せないよ?」

「ええ、違うから安心して」

 

 一呼吸置いて、沙羅は意を決したように由梨に訊ねた。


「……真央って、貴方にとってどんな兄だった?」


 なんだその質問は?

 由梨は、どうしてそんなことを聞くのかという顔でキョトンとしていたが、すぐに笑って答えた。


「兄様は、とっても優しかったよ? 魔王なのに、意外だと思うかもしれないけど。おじい様に似たのかもしれないね。ちち様もはは様も、すごく厳しい人達だったから、私はよく泣いていたけど、兄様は私を慰めてくれた。私を庇ってくれた。頭を撫でてくれた。兄弟の誰よりも期待されていたから、誰よりも厳しくされて、しんどかったはずなのに。優し過ぎたから、兄様は、私も含めたみんなを殺さなければならなかった時、泣いていたの」

「泣いてなどいない」


 何をバカな事を。

 涙など、魔王が見せるものか。 


「嘘だよ。私は知ってるもん。私は、兄弟の中で一番最後に兄様に殺されたけど、兄様は兄弟を一人殺すたびに、。私はそれが怖かったし、止めたかったけど、父様の言うことは絶対で、次の魔王は兄様だって決まっていて……どうにもならなかった。きっと、いっぱいいっぱい心の中で泣いて、悲しい感情を死んだ兄弟と一緒に、少しずつ失くしていったんだって思って、悲しかった」

「……お前だけだ、俺に殺される時、抵抗しなかったのは」

 

 そう言うと、なぜか由梨は口の端を少しだけ持ち上げて、我をじっと見つめた。

 

「だって兄様は、父様や母様と違って、私の死を、悼んでくれると知っていたから。だから私は、殺されてもいいと思ったの」

「っ……!!」


 我が彼女の胸を刺し貫いた時……、我はその顔を見ることができなかった。

 他の兄弟の時もそうだ。

 顔を見てしまえば、我は戸惑ってしまう。その手を止めてしまう。震えてしまう……。

 魔族たちが望む、覇道を歩めなくなってしまう。

 

 畏敬、崇拝の念を集める為、我は、強く冷酷無比でいなければならなかった。

 暖かで柔らかな感情を捨て去ることを望まれた。

 兄弟殺しの咎を背負う覚悟が出来ていた筈なのに、結局を背負うことの重さから逃げていたことに、どうやら誰も気付きはしないまま、我は魔王になった。

 父の指定したやり方は『自らの手で兄弟を殺すこと』だけだ。

 顔を見て殺せ、とは言われていなかった。

 過程がどうあれ、結果として我は父の望むままに兄弟を殺し、父の後を継いで魔王として世界を征服をしていくことになる。

 勇者が現れるまでは、恐らく誰が見ても順調だった。

 ただ我が、勇者に負けたのは……そういった弱さのせいだったのかもしれない。

 

 今、同じことをしろと言われて、今の我には力があったとしても多分できないと、分かってしまっている。

 認めたくはなかったが、最強をうそぶいたところで、我は……弱いのだなと勇者に負けた時に気付いてしまった。


「それに、もし私が反撃して兄様を殺して魔王になったって、きっとみんな納得しなかったと思う。兄様が魔王になることが、結局みんなの為だったんだよ」 

 

 由梨は、唇を一瞬きゅっとすぼめて、微かに息を吐いた。

 

「兄様。私は優しい兄様が好きだった。だから、こちらの世界に兄様が生まれ変わっていると知って、嬉しかった。兄様の優しい心が、父様や母様に歪められなくて済むって」

「お前を殺した我を、恨んでいないのか?」

「恨む? 私、そんなこと考えもしなかったよ。私達は、今魔族のいない世界に生まれて、兄弟でもなくて。なのに出会えて。きっと、他のみんなは兄様をびっくりさせるようなすっごいサプライズを考えていると思う」

「……あ、ああ」

「楽しみにしていてね。私も一緒になってびっくりさせるから!!」


 他の兄弟のサプライズは、恐らく我の殺人計画で、一緒になると言うことは我を殺しに来ると言うことなんだがな。

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