思い出す我

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 あれは、我とその少女が九つの時のことだった。


『我が100数えるまでに隠れろ!! 絶対に見つからない場所にだぞ!!』

『分かりました魔王様!! 絶対に見つからない場所に隠れます!!』


 乳母のブルクシュに連れられて、一緒に城に来ていた幼い少女。

 魔王と魔族十三傑の会議が長引いて、我らは暇だった。

 合議部屋周辺以外は多少五月蠅くしても、駆け回っていても、咎められることのなかった我ら。

 魔王の息子、そして魔族十三傑の娘ともなれば、子どもの機嫌を損ねれば、飛ぶのは己の首であると城の者全てが知っていて、叱られることなどなかった。

 我らは我らの権限で、城の者を殺すこともできた。

 その頃まだ我は魔王ではなかったが、同い年の彼女には、我が次期魔王であるということを徹底して刷り込んで、名前ではなく魔王様と呼ばせていた。魔王となった時点で、産まれた時につけられた名は、誰も呼ぶことはなくなるのだ。それを前倒しで行わせていたに過ぎない。

 事実、我はその四年後には、魔王として君臨する。


 彼女が他に誰もいない城の地下廊下をぺたぺたと掛けていく。

 サキュバスには羽があって飛べるが、彼女は羽を出すのが下手で、飛ぶのもまだうまくできなかった。彼女はいつも飛ばず、走り回っていた。


 我は階段の傍の柱に顔を伏せて、数をかぞえていた。


『――97、98、99、100!! 今から探しに行くぞ!!』

『いつでもぉ、どうぞ、魔王様ぁ……! んぅっっ! っふう……。 ここなら絶対に見つからな……えっ? っやぁ!! なにこれ……!!? 吸い込まれ…ッ!?  魔王さま……!!』

 

 切羽詰まったような声で、我のことを呼ぶメリナ。 


『メリナ!? どうしたんだ……!?』

『……! ――さま……』

『メリナ!? メリナ!!』


 ――そうして、一瞬でメリナは姿を消した。


 彼女の声が聴こえたと思しき場所の扉、決して開いくことはないはずの扉が開いており、……すべてを飲み込んでしまうようなどす黒い玉が見えた。

 

 厳重に、鍵が……かかっていたはずなのに。


 この後、我はどうしたのだったか?

 呆然と立ち尽くしていたところに、その頃はまだ生きていた弟妹たちが駆けつけて、会議中であった大人たちを呼びに行ったのだったか。

 ブルクシュの顔が悲痛にゆがんでいたのを覚えている。

 あの黒い玉に近付こうとしたブルクシュを、必死で他の者たちが抑えつけて、そしてまた厳重に鍵がされた。

 父と母はなぜ開いているのだ、と我に問いかけたが、それは我にも分からぬことだった。着いた時には開いていたのだから。

 だが……、彼女に鍵をひらけるわけはないが、強大な魔力を持つ我なら可能なのではないか、と思う者が恐らく多数を占めていた。

 大人達を怯えさせるほどに我は膨大な魔力を持ち、次期魔王であるというのは揺るぎなかった。

 そしてきっと、ブルクシュもそう思ったのだろう。

 

 ――きっと、そうだ。彼女はあの時から……我を恨んだのだ。

 

 我が、メリナをあの黒い玉に吸い込ませたのだと信じ込んで。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「お前、あののメリナか」

「ちんちくりんって! 私の事そんな風に思っていたんですか!!」

「いやいやいや、お前と一緒に過ごした時はもっと小さい時だっただろうが……。九歳前後の姿しか覚えていないに決まってる……」

「……じゃあ『変化トランケル』」


 また巻き起こった煙が、少し時間を経て落ち着いた時には、目の前にいた美女は、可愛らしいツインテールの幼女になっていた。

 体のプロポーションは、寸胴ずんどうに少しふくらみがあるかないかといった程度、髪の色は薄く白に近いピンク色で(これは変わらないな)、瞳の色はスミレのような紫。三角の矢印のような尾を持ち、ほぼ裸の恰好。 


 ――この姿は間違いなく……。 


「メリナ……」

「やっと思い出してもらえましたか。魔王様!!」

「ああ……」


 やっぱり抱き着いて来ようとするので、それは頭を掴んで止める。

 小さくなって止めやすくなったな。


「んにゃっ!! 再会の抱擁ほうようもだめなんですか!? 魔王様!!」

「そんなものは必要ない」


 全てが今更で、そしてそれを知ったところで、ブルクシュに弁明することさえできないが、事実を知りたい我はメリナに訊ねる。


「お前が消えたあの時、一体何が起こっていたのだ?」

「私、あの毒が充満した牢屋とその奥の扉が開いてるのを見て、あそこなら絶対に見つからないと思ったんです。私が上手く飛べなかったのは知っているかと思うですけど、あの時は興奮してたので飛べましたね。あの時飛ぶコツをつかんだのは間違いないです」

 

 ……興奮? どこに興奮する要素があるのだ?


「しかし、絶対に入ってはいけないとあれほど言われていたのに」

「魔王様は、押すなよって言われたら押さないタイプですか? 警報装置のボタンとか押したくなったり、夜中に夫婦の寝室を覗きたくなりませんか?」

「……」

  

 えっ、全魔族への禁忌がそれらと一緒の扱い? 

 というか、我は太一と美幸の寝室を夜中に覗いたことなどないし、覗こうと思ったこともないが。


「私、触るなって言われたらすっごく触りたくなっちゃうし、禁忌とか触れてはいけないとかって言われると、逆に疼くっていうか、足元から頭の先まで駆け巡る興奮を、抑えられなくて」


 ……んっ!? まさか……。


「基本的に、魔族にタブーはないじゃないですか。殺そうが盗もうが、力があれば許される。強者であれば何をしてもいい社会で、あの部屋は唯一、全ての魔族に平等に完全なる禁忌。あの扉の中に入った時も、怖いというよりは『はいっちゃったあ……♡』って感じで、すっごくすっごぉく興奮してて。多分あの瞬間、私初めてぜっちょ――」

「やめろ」


 体をくねくねさせながら、幼女の姿で思春期真っ只中の我らに何を言うんだ。

 はあはあ言うんじゃない。

 沙羅の顔がこれ以上ないくらいシラケているのに気づいてくれ! 頼むから!! 叶はどちらかと言えば笑いをこらえている様子なのが気になる。

 そういえば思い出したメリナの声も、苦しいというよりは怪しい声が混じっているような気がしないでもないが……。


 ん……? ちょっと待てよ。

 因果関係を辿っていくと、我は、このおよそシリアスとは程遠いバカみたいな理由……で、乳母のブルクシュに恨まれ裏切られ死んだのか?

 いや、本当の最初は……あの場所がなぜか開いていたところからかもしれないが。

 この世界には『好奇心は猫を殺す』ということわざがあるが、好奇心はサキュバスを殺す……。そしてそのサキュバスの好奇心で我が死ぬとは。


 もしも元の世界に戻れるとしたら、『サキュバスの好奇心は魔王を殺す』という諺を魔王の権限で辞書に入れねば――。


『サキュバスの好奇心は魔王を殺す』

 あるサキュバスは自ら禁忌を破り死んでしまった。しかし母親はそれを知らず、娘が死んだのは魔王のせいであると思い込み、周りを巻き込んでついには魔王を死に至らしめた。

 サキュバスの好奇心はサキュバスだけでなく、周りの者をも巻き込んだ重大事になるという意味。 


 …………。


 ……いや、だめかこれは。

 字面だけでは、魔王がサキュバスに腹上死させられた、みたいな不名誉が独り歩きしそうだ。

 諺に『サキュバス』が入るだけで、勝手にそういう方面に向かってしまうのは厄介だな。


 だが……担任教師でサキュバスで幼馴染で今は幼女って、属性がすし詰め状態ではないか。

 詰め込めばいいというものではないぞ。

 『もうちょっとキャラ別に属性分散させられなかったんですか?』とか言われるやつだこれ。


「人の物って言われると欲しくなっちゃたりとか~。この感覚って人間になってもなぜか抜けなくて、色々人間関係は壊しちゃいましたね☆ カップルクラッシャーとかサークルクラッシャーとか、私にクラッシュできないものはゲイカップルだけとか酷い言われようでしたよ。あ、ちなみにレズカップルはクラッシュさせたことがあります」

 

 サキュバス、マジサキュバス。

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