二十六羽 三途の川で顔洗え

「おはよう。女神ヒナギク」


「おはようございます! 勇者、佐助様」


 ここは、リビングダイニングだ。うーん、とても無機質な香りがする。つまり、ご飯がない。ワインのコルク栓が藤かごにころんと飾ってあるから、飲料はあるのだろう。俺は、飲まないがな。


 その代わり、女神ヒナギクからは、もうもうと花の香りがする。清楚なはずのデイジーという名を持つ雛菊ひなぎくなのだがな。女神ヒナギクに出会った頃、健康美だと思っていたのに、強引さが目にあまる。だから、清楚さもかなわないのか。


「だっこして。ねええん」


「あり得ない……」


 ずさささ。


 両手で口を押えて引いてしまった。大げさにも切り株の椅子へと後ずさりまでして。


「ここではご飯は無理みたいだな」


「だって、ユウキくんが、パラダイスのご飯を一手に引き受けてくれるんだもの」


 ツインテールをぶんぶか振って、俺の肩に当てるのは、お行儀が悪い子ちゃんですよ。


「それに甘えて、家事がおろそかになったのか。ふー」


「美味しいお茶とお菓子をお出しして、茶話会さわかいは開けますわ。アールグレイにシフォンケーキが定番ですわよ」


 ぱちっと手を合わせて、瞳にハートのきらめきを入れたって、ダメですよ。よいしょっと。隣の椅子に離れます。


「何で定番なのですか? 女神ヒナギクさん」


「キノコンの出汁と相性がいいからですよ」


 真血流堕さんも俺もいささか怪訝な顔をしてしまった。


「また、キノコンか、日本にもある旨味成分を研究して商品化したものに似ているのかな? お! これは、研究の余地があるな」


「佐助先輩、同じガラパパパ諸島でも、うさぎさん達の夢を壊さない研究がいいと思いますよ」


 ん。目の前にあるものを逃した感じが否めないが、致し方ないか。真血流堕さんの意見もごもっともだしな。


「ちょい、ちょい」


 女神ヒナギクに手招きをすると、ぴょんことやって来た。そこで、二ツ山に寝ている皆に連絡を頼んだ。


「OK、OK?」


「はあい」


 ピッ――。うさうさパラダイス。うさうさパラダイス。


「うさうさ! 皆に一旦、このサロンへ集まって欲しいのです。勇者、佐助様のお話ですわ」


 数回、頷いた後、こちらを微笑んで見つめた。


「大丈夫だそうです」


「なら、俺らは、茶話会の用意をするか。皆、お腹が空いているだろう」


「ユウキくんが、大樹様の上に寄って、携行食を差し入れてくれるそうですよ」


 俺は、本気で、家事っこユウキくんに頭が上がらなくなる。


「え! またかいな。かいがいしいユウキくん……」


「勇者、佐助様。う、わ、き、ですわ! ぴきー!」


 どうどう。って、馬ですか。何とか御者になれたのはいいが。


「暫く、茶話会の準備をして待っていようか」


 話をずらすのも上手くなった気がする。俺は、今まで、女性に対して壁を作り過ぎていたのだろうな。


 男性が見る女性と言うのは、俺の周りの江口えぐち氏とか、隅川すみかわ氏によれば、好奇の視線でしかない。冒涜だと思う。飲みの席での男どもは、言いたくない言葉を使わせて貰えば、スケベだ! 三途の川で顔洗って来いと叱ってやりたい。


 まあ、それは冗句に引っ込めてあるが、価値観の合わないあいつらに、俺の純な気持ちは分からないだろう。


 ◇◇◇


 シャラララ……。ラララ……。


「お邪魔します」


「ふにあん。もっきゅっきゅ」


「失礼するよ」


「ミコもいるもん」


 それぞれに好きな切り株の席に腰掛ける。女神ヒナギクのサロンは、一言で表せば、丸太小屋だ。随分と涼しいので、昨日の寝汗は意外な位だ。


「いらっしゃーい。四人とも。待ってたわ」


 ピンクのエプロンに白ビキニもごちそうさまだよ。やはり女神だ。い、いやらしくないぞ。似合っていると言いたい。あ、ならば、伝えればいいのか。でも、助長するだろうな。


「ねえ、シャラララって何でできているの? 女神ヒナギクさん」


「亀の甲羅の一部を図工が苦手なドクターマシロが作ってくださったの」


 へえー。図工って、何年生だろうか。何で、ガラパパパ諸島に図工の概念があるの?


「女神ヒナギクちーん。うさうさフォーリンラブしてよ」


「え? 今なのかな。ナオちゃん。でも……。ん、いいわよ」


 ナオちゃんが抱っこされていた。めそめそ泣きながら、お話をこぼしている。沢山、こんなに小さな胸に秘めていたのか。ああ、ビキニのカップじゃないよ。俺の心を読まれる日が来たら、東京湾に沈むな。


 俺の考えをよそに、皆は、茶話会を続けていた。


 ◇◇◇


「俺は、チャペルへ行きたい」


 カップを置いて静かに語った。


 これでいい。シンプルに大切なことを一発目で叩くんだ。


「だが、ここでは、データが足りない。ドクターマシロのゲームセンターへ移動しよう」


「あんなことがあっても? チャペルへ行きたいのですか? 佐助先輩」


 真血流堕さんの気持ちは、俺を心配しているようだ。服さ、あのさ、引っ張らないで。照れるし、皆が見ているし。心の武士に笑われるし。


「大丈夫、真血流堕さんの気分は害さないように気を付けるよ」


 ◇◇◇


 サロンの外へ出た。はー、何とも気持ちがいいね。空気が綺麗なのだな。


 浜辺をなぞるようにゲームセンターへと向かった。近いようだから直ぐにつくだろう。


 相変わらず、貝がいないガラパパパ諸島の一つの島。


 そうだ。貝がいないことから、仮称、『かいなしじま』にするか。いや、後ろ向きだな。止めて、『キノコン大樹島たいじゅじま』にするか。何か呪われているな。普通に『美少女びしょうじょうさぎじま』か?


 なんて考えている間に到着ですよ。


 コクーン型をした小さな建物も居心地がいい。壁に亡くなったタマムシを練り込んであり、綺麗だ。部屋に入ると、女神ヒナギクもおとなしくなったな。皆、ゲーム機の椅子に腰掛けて貰った。


「おからかいにならないでください」


 ドクターマシロ?


「からかってなんかいないよ。チャペルを壊してもいいかと訊いているんだ。真面目な話」


「何のためにでしょうか? 自分を説得してみてくださいよ」


「分かった。口で言っても分からないだろう……」


 俺は、がたりと立ち上がった。


「これは、サロンにあった使わなくなったワインのコルクだ。道具は、調理器具を女神ヒナギクから借りて来た。ダメにしてしまったらすまない。見ていてくれ」


 俺は、手前味噌だが、器用な方だと思う。


 二つのコルクはもろいから、丁寧に削って行く。筋状に真ん中部分を取り出した。それから、縁日ストローで、二つのくりぬいたものに下部から、横に渡して、細い糸で結びとめる。縁日ストローが不安定だったので、すじかいを入れる。


「これで、おおよその完成だ。何に見えるかな?」


 俺は、ちょっと高く上げて、皆に見せる。


「……? 自分には分かりませんが」


「え? ドクターマシロの知らないこともあるの? ボクが信じられないよ」


「ミコね、嵐の夜、こんな日が来ると分かっていたの」


「ミコさん、こんな日って何かしら?」


 皆、ざわついている。


「真血流堕さんは、分かるよね」


「ええ」


「まあ! 悔しいー」


 CHU・CHU・CHU!

 CHU・CHU・CHU!


「おい、おい。模型が壊れたら縁起が悪いだろうよ」


「残念。ザンネン虫ー。いーじいじ。勇者、佐助様は、私の太陽なのに」


 のの字を書いている。おとなしい方だな、ここにいる分には。鬼のマシロ効果か!


「実は、これは――」


「おおーっと、佐助先輩の重大発表はこれからあるもようです! 今日で、お正月休みも終わるんだって。ツッコミ! おつかれーしょん!」


 実況は、真血流堕でしたと、エアマイクを置く。何の解散ステージかい。


「俺は次へ続けるのか、真血流堕さん……」

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