二十二羽 優しいキスとくるくる

 俺の優しいキス――。


 今までしたことがあるだろうか? 誰にもないに決まっている。だから、真血流堕アナ、聞こえるかい。


『キミへの愛を込めて……』


 CHUとは違う、俺のキスに背中から視線が刺さった。女神ヒナギクだと分かっていた。


「勇者、佐助様。このお方を愛しておいでなのですね」


 涙声が伝わる。


「人を愛したら、キスに昇華するようだね。俺は、おくてだったよ。本音がなかっただけなんだと、今、分かった」


 ひゅうう、ふわっ。


 優しいキスをした胞子のまゆから、見たこともない美しい色の渦が広がって行く。黄色、橙色、赤、薄紅色と花弁のようなものが中心から回る。段々とそれが、一つの花を咲かせた。


「俺のキスしたかたい胞子がとけて行く」


 ゆっくりと光を放つ。花がほわああと大きく開いて、俺をも包んだ。


「ここに、真血流堕アナはいるのかい? 真血流堕アナ、助かってくれ」


 急に俺のしたことが間違っていなかったかと心配になった。きゅっと心細くなったが、心の武士がそれを許す訳がない。真血流堕アナは、助かるのだ。決まっている。


 ――俺よ、つよくあれ!


 そう願ったとたん、鷹のような目が襲って来た。


「誰だ!」


 振り向いて、何者かを見たかった。しかし、花弁に囲まれていて、視界不良だ。


「おおう。かまいたちか?」


 いや、違う。低空飛行で、俺をかすめる何かだ。


「油断ならないな」


 それに応じて、ドクターマシロのデータが耳に入る。


「佐助殿、それは、ケケー鳥です。パワーダウンスポットから紛れ込んだのでしょう」


 グアアアー。ゲアゲー。


「ケケー鳥って、こんなに恐ろしかったっけ。怖い鳴き方だし。空気を裂き、くちばしが俺の髪を減らして行く。残念モードだよ」


 ばっさばっさと来るのを必死でよけた。つつかれたら、俺が倒れる。


「それよりも、真血流堕アナを救い出さないと」


 グアボアゲー。


「たー」


 心配した通りになった。俺は、怪しげなケケー鳥に倒されて、前のめりになり、胞子の光放つところに頭から突っ込んでしまった。


 くっ。何も見えないではないか。眩しすぎて。


『佐助先輩……』


「おおおお! 俺だ! 真血流堕アナ。顔を見せておくれ……」


 胞子を自分の顔を振ってかき分けて、声のする方を探す。


「ぎゃあー!」


 真血流堕アナの顔が東京にいるはずの彼女になっていた。


 何故だ。何故なんだ。俺と海洋冒険をともにしたのは、三神真血流堕アナのはずだ。どんなまやかしか!


 俺は、何かに声を掛けた。


「天か地か分からないが、真血流堕アナを裁くのをやめていただきたい」


『裁かれているのは、そなたではないのか』


 ひやりとした。機械的に話し掛けられた。


「俺が? 何かしたか?」


『女神ヒナギク=ホーランドロップから祝福のCHUを受けたのは、そなたじゃ』


「いや、あれはどうにも仕方なく。それに、頬ですよ」


 この島についた早々、酷い押し倒しCHUをされたものだった。


『三神真血流堕に愛を誓ったのもそなたじゃ』


 全く、否定はできません。あああああ、ごめんなさい。


『ツンとしていたミコ=ネザーランドが心を寄せている相手もそなたじゃな』


「知らないですよ。サメ状態から助けた恩返しなだけでしょう」


 さっき、ぴとっとくっついて来たな。あれが、八十パーセントのデレなのかな? 俺って、今、ハーレムかよ。


『ナオ=ライオンラビは、助けてくれたそなたを密かに思慕しておる』


「初めて聞きました。人買いにさらわれてはたまらないと思ったので、当然のことをしたまでですよ」


 ナオちゃん、おとなしいのに大胆な恋心があるのか。踏みにじらないようにしないとな。


 ああ? この感覚が、皆を平等にとか考えることが、ハーレム状態を作っているのか! 俺の悪事が真血流堕アナをとらえて、裁きの時間にしているのか?


 俺は、気持ちに整理をつけた。


「真血流堕アナを健康な体で返していただきたい」


『これから、儀式を行う。それにたえられたら、許そう』


 元々、悪いことしていないって。それって、俺の思い込みかな?


 どうやら、俺も胞子に取り込まれたらしい、まゆの中に入ってしまった。


 クリムトの名画のように、真血流堕アナと俺の魂がリンクする。


 ◇◇◇


 とにかく、真血流堕アナを胞子のまゆから助ける。彼女の顔をした、真血流堕アナを抱き起こすのが先だ。


「三神真血流堕、それが本当の名だよな。キミは俺の彼女の名を知らない。別の人にはなれないのだ。彼女の座につくには、顔を変えるのではないよな」


 顔についていたものがぽろぽろと取れる。すると、黄色い胞子だと分かった。


「真血流堕アナの可愛い顔だ。ほーら、ほっぺたをつつくと、やわらかいぞ。マシュマロみたいだね」


 泣き笑いしている俺がいる。ましゅまろ、ましゅまろ、まちりゅださん。可愛いな。


 さあ、目を覚まして。


 周りでは、くるくると傘を、回しながら飛ぶ五人の美少女うさぎさんがいる。


「皆、いるよ。そして、俺も待っている」


 抱き起こしたまま、次々とまとわりつく黄色い胞子など払って行く。今度こそ、三神真血流堕に、あつく俺の気持ちを伝えるのだ。


「愛しているから、真血流堕さん……。三神真血流堕さん」


 ほっとりと、キスをした。


 甘く、さくらんぼの味がする。


 これが、真血流堕さんのくちびるなのか……。


 俺が、ゆっくりと瞼を起こす。真血流堕さんも俺がくちびるを合わせたままで、うっすらと目を覚ましてくれた。


「佐助先輩……」


 その声は、まさしく美しい真血流堕アナの声だ……!


「助かったのか? 今、やっと助かったのか?」


 だが、まだまゆの中にいる。


「あれを唱えましょう、佐助先輩」


「ああ、あれだな」


 せーの。


「おつかれーしょん!」


「おつかれーしょん!」


 ハモリは万全だ。


 それを聞いたのか、まゆの外からも響いて来た。五人分の合わせた掛け声が。


『おつかれーしょん!』


 ――ぱあああん。


 かたまっていた胞子が破れた。


 俺は、紫色に金色の円の傘を差しながら、真血流堕さんの銀地に白抜きの傘を手渡す。


 二人とも、まゆから出て、くるくると傘を回す。


 美少女うさぎさん達五人と俺達、合わせて七人が、傘でチャペルを降りて行く。破けたキノコンの胞子がぱらぱらと散っても、傘があるから大丈夫。折から強まった雪も大丈夫だ。


 皆、チャペルの下に降りた。


「無事だったか? 怪我はないか?」


「勇者、佐助様。大丈夫ですわ。やはり、勇者様です。心強いと感じました」


 女神ヒナギクは、視線を落してしまった。真血流堕さんのことが気になるのかな。


「怪しいケケー鳥も去ったようです」


 ドクターマシロは、淡々と言う。


「ミコのね、未来の瞳は、明るい傾向にあるの」


「そうか。それはいいな」


 ミコさんも明るくなったな。


「ん?」


 もきゅーんと俺にひっついているのもいるな。ミコさん、ナオちゃんもか。


「はい。ひっつかない。佐助殿もお困りです」


 ドクターマシロに、二人は、はがされてしまった。もきゅーんがしゅーんになっている。


「さあ、お腹が空いたら、ボクがキノコン料理を出すからね!」


「それは、勘弁してくださいよ。ユウキくん」


 皆の笑い声が明るくなった空に響いて行った。


 ◇◇◇


 優しいキス……。


 それで、救うことができた。


 今まで、かたくなに手も繋がない関係でいたことに意味があったのだろうか?


 俺は、暫く考えた。

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