二十羽 浮遊する真血流堕アナ

「傘。さっき、ユウキくんが持って来てくれていた和傘を用意してくれたのか」


 俺の足元に、紫色に金色の円の俺の傘、それから、銀地に白抜きの真血流堕アナの傘、それから、人買いを縛ったつたが置いてあった。


「ありがとうな、うさぎさんの体でここまで持って来るのは重たかったろう。大事に持って行くよ」


 朝日がきらりと皆を照らす。皆、先程配られていた傘を持っていた。よく見れば、傘は、うさぎさんサイズに小さくなっている。


 ミコさんは朱色の地に赤い円、ユウキくんは白地にサバのような青い円、ナオちゃんは薄茶色の地に白い円、ドクターマシロは淡い橙色の地に赤い円、女神ヒナギクは濃い桃色の地に淡い桃色の円がきらきらと美しい。


 さながら美術館だ。


 うさぎさん達は、それを背中に縛って手足を自由にし、歩ける格好になっていた。きりりとした姿が素晴らしい。


 うさうさうううさ。


「これは、なくてはならない。そう言いたいんだね」


 この傘は何に使うのか、何度か疑問に思ったが、うさぎさん達の瞳を見ていると、愚問だと思って飲み込んだ。俺と真血流堕アナの分だけ、元の大きさだから、俺が背中にいただいたつたで縛り、歩きやすいようにした。


「よし。行こうか」


 二ツ山から迷いの林の入り口に、俺と五羽のうさぎさん達で到着するにはさほど時間が掛からなかった。


 本来、美少女なのかうさぎさんなのか分からない。しかし、ここまで、美少女の姿で、駆けているようにも見え、うさぎさんと美少女の一体感を感じた。


「真血流堕アナと俺は、迷いの林で、チャペルに紛れ込んでしまったのだよな。今から同じ座標を目指すのは困難だが、どうしようか?」


 うさ!


 ドクターマシロが案内してくれた。うさぎの体でも能力は同じらしい。


 ささささささ……。


「ちょっと、流石にスピードが違うね。忍者のようだよ。はあ、はあ。がんばってついて行くしかないか」


 情けない話だが、俺は、ドクターマシロについて行けなかった。くたびれているようだ。


 気管支喘息のようにどんどん息が吐き辛くなり、それに伴い、吸い辛くもある。おかしい。いくら年齢のせいかも知れなくても、こんなに呼吸が辛いのは何年振りだろう。


 前略、弘前の母上様。小児喘息以来です。エビの形で寝ましょうとか、沢山愛情をもって面倒をみてくださいましたね。俺も父親になったら、子どもにそうしてやれるのでしょうか?


 余計なことを考えながら、息もきれぎれうさぎさん達と林の中を行った。


「あ!」


 俺は、その風景に驚いた。オナモミの沢山あるところへ出たからだ。息を呑み、静かにこの前のことを思い出していた。この座標から、チャペルへと繋がっているはずだから。


「皆、ここからも気を引き締めて行こうな」


 うさうさうさうさ。

 うさうさうさ。


「どうした? どよめいて。何か変わったことでもあるのか?」


 うさ――。


「話は長くなりそうだな。ユウキくん」


 うさうさ。


「何故? ここでパラダイス定食の話が出て来るんだ?」


 うさうさうっさ。


「どうちたー。ナオちゃん。そんなに震えることはないよ。うつつにいるか分からないのは、真血流堕アナだからな」


 ううう・ううう・ううう!

 ううう・ううう・ううう!


「えーと、女神ヒナギク、CHUの音楽は応援してくれているのかい? 何だかコメディーに感じるのだけれども」


 女神ヒナギクが俺に飛び掛かった。俺は、ひっくり返る。


「ダメ。何するの!」


 オナモミだらけになったかと思った。


 あの時、真血流堕アナとはぐれてしまったかのように。


 気が、遠のいて行く――。


 ◇◇◇


「ふう。目が覚めた。ここは、探していた地だ」


 うさぎさん達と俺がチャペルを見つけた時は、様子が変わっていた。


「まち……。真血流堕アナは、どこだ? このもやもやの中にいると言うのか?」


 うううさ。


「なんだって! キノコンだと?」


 うさうさ。うさっ!


「俺の食べたキノコンは子実体だったよ。ああ、確かに。だが、これはキノコンのそれではあるまい」


 皆が説明してくれた。ありがたいことだが、受け入れがたいこともある。


『ラーララーララララ……』


「この美しい讃美歌は、アメージンググレイス。この声は、真血流堕アナ……」


 チャペルの高いところに黄色いもやもやがある。その中に、俺の大切な真血流堕アナがいるのか!


 何だ、このもやもやは?


 驚くことに、真血流堕アナは、キノコンの胞子ほうしに守られて浮いていた。胞子は子実体の別の形のことだ。主に生殖をする。


「真血流堕アナー!」


 真血流堕アナは、何も返事をしなかった。ただ、ひたすらに歌が流れている。


『ラー。ラ……』


「どうした? 歌声が途絶えたが? 真血流堕アナは元気なんだろうな? 元気でなかったら許さないからな!」


 俺は、誰と話しているのだろうか?


 このチャペルは、別の使い道としていいと思っただけで、真血流堕アナを悪のクモが食らいつくようにとらえてくれとは頼んでいない。


「どうした! その胞子を解放してくれ。真血流堕アナは必要ではないだろう?」


 黄色いもやもやが動いた。


 も、ぞーり。ももも、ぞおーり。


 気持ちが悪い。何だ、本当にキノコンの胞子なのか? それ以外の悪意を感じる。


 俺は、チャペルを登ることにした。四の五の言っている場合ではない。


 手を伸ばしたが、何もとっかかりがない。ヘリを見つけてつかむ。足も上げなければならない。どこにも乗せられない。腕だけで登って行くしかないのか。


「くっ……」


 真血流堕アナの苦労を思えば、これ位何でもないはずだ。


「うわ!」


 すべった時だった。ほよんとやわらかい台に当たった。


「お、お前ら! うさぎさん達よ、俺の台になってくれるのか? 信じられないよ」


 くそ、泣けて来た。


 ミコさん、ユウキくん、ナオちゃん、ドクターマシロ、女神ヒナギクよ。皆、皆……。


「ありがとう! 皆! おつかれーしょん!」


 みかみまちるだと書いた、おつかれーしょんハンカチを思い出した。


 がんばらないと、がんばらないと!


 俺は、どうして生きているんだ? ただ、空気を吸うためではないはずだ。誰かを大切に守る。それも俺の生きる道ではないか?


 俺には、彼女もいる。だが、この海洋冒険に付き合ってくれた真血流堕アナを忘れてはいけない。まいたけテレビに理由をつけてまで、俺に付き合ってくれたんだ。


 難破してまで、俺を佐助先輩と親しみを込めて呼んでくれている。


「今、佐助先輩が、行くからな」


 下から、うさぎさん達が持ち上げてくれた。


 登る、登って、真血流堕アナのいるキノコンの胞子、うつつではない裁きを受けるところへ行くのだ。


「せーの!」


 うーさ!


「せ!」


 うさ!


「せーの!」


 後、後少しなんだ。手を伸ばし、もやもやに触れる。


 ビリビリと痺れた。


「うおー! 真血流堕アナを返せ!」


 痺れが激しい。毒だな。


「俺は、三神真血流堕がいないと生きて行けない。……行けないんだ!」


 俺は、もやもやを裂く。


「うーおー!」


 めっためたに裂いてやった。


「おつかれーしょん!」


 その時だった。


 ――何かが天から降って来た。


 これは、雨ではない。


 雪だ……!


 パラダイスに雪が降って来た!

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