四羽 キノコン事件まちりゅだー

 美味しい獲物が何かは今は問うまい。女神ヒナギクが、足取りも軽く大樹様の向こう側へ行く。黙ってついて行こう。


「うさうさ! 大樹様の裏に参りました。ユウキくん」


「行くよー。ヒナギクくん。気を付けてくれよ」


 かなり高いところから、ぱしんぱしんと縄のはしごが降って来る。縄に板をくくってできたはしごだ。


 先に登ろうとした女神ヒナギクから、視線を感じる。俺が落ちるとでも?


「まあ、あの荒波に比べたら、はしごなんて。OK、OK」


「勇者様なのですから、大丈夫ですわ。落ちても痛くないですよ」


 女神スマイルは、プライスレスだな。


「それ位の高さなのか?」


「うふ」


 俺は、女神ヒナギクに続いて登った。その、まあ、あれだな。順番がいけなかったな。し、下着が……。下着をまとっていないのですが。まあ、ビキニですからいいのですが。


 むっちむちのヒップは、どちらかと言うとお好みですよ、はい。はしごが不安定なものだから、むっちむちがふりふりして登って行く。こりゃまた、ごちそうさまです。


「はあ、はあ。大樹様の上まで随分と長いな。齢四十一の体力では追い付かないか。いや、恥ずかしいことを考えるな。真血流堕アナが待っている」


 俺だけパラダイスでお年寄りかい。いやいや、ご老公と呼ばれて諸国漫遊してもいいですよ。かっこいい。これからは、若い者の時代ではないな。熟年のよさで、プッシュ、プッシュだ。


 はーん。上のむっちむち、もとい、女神ヒナギクがいないな。まさか落下したか? 俺は下を見てぞっとした。雲をも下にしているではないか。生きているか、俺。すーすーする感覚で天にも昇りそう。魂がふわーっと、おっと危ない。


「うさうさ! ユウキ=ホトくん」


「おう、うさうさだよ。相変わらず。ただし、本日は売れ行き好調さ」


 耳をすませば、二人の声がある。もうちょっとでゴールかな。


「勇者、佐助様! 大樹様の一番上にもパラダイスがございますわ。楽しみにいらしてくださいね」


「OK、OK」


 どんなパラダイスだろう。まあ、真血流堕アナがいればそれでいいかな。ん? 俺は、こっちへ来て、真血流堕アナのことばかりだな。そんなにサメ柄スーツに拘りがあったっけ。まあ、ガラパパパ諸島へ行くと誓った居酒屋で、結構好きな食べ物が同じと分かった位だ。仲間として、相性がいいのだろう。


「うお!」


 板を踏み外して、縄にぶら下がるばかりに!


「くううう……」


 足で新たに踏板を探す。女神ヒナギクは、ヒールで上がったんだぞ。できないことはない。


「俺としたことが。油断したな」


「美味しいものが沢山ありますよ、しゃしゅけ先輩」


 又、声の登場か? 真血流堕アナ。俺は、必死で落ちないようにしているんだ。楽しい話は後でな。


「元気になった真血流堕にお任せあれ」


「うさうさ! 私達も手伝います」


 上から助けてくれるのか!


「せーの!」


 ぐっと縄を引いてくれているのが分かる。


「うさうさ!」


「うさうさ! 勇者様」


「おちゅかれーしょん!」


 大樹様の上から、綺麗に光るものを感じた。何だろう。自然のものではないようだ。


 俺は、渾身の力で縄をつかむ。大樹様の上には、三人もいてくれるようだ。がんばらないと。


「うさうさ!」


「うさうさ!」


「おちゅかれーしょん! しゃしゅけ先輩」


 皆、何てありがたいんだ。


「せーの。せーの。最後よ!」


 どさりと辿り着いた。やわらかい草を敷いた大樹様の上に這って上がった。冷や汗で、俺の残念Tシャツもびしょ濡れだ。息を切らして大の字になる。


「ま、先ずはありがとう。命拾いしたよ」

 

「ご無事で。勇者、佐助様」


 俺は、どんな宿命を感じながら生きなければならないんだ。


「お陰様で。お礼しか言えないよ」


 それで、何故に膝枕をする。手際もいいな、女神ヒナギクは。


「んー、CHUしましょう。女神ヒナギクからの祝福よ。素敵なことがあるからね」


 CHU・CHU・CHU!

 CHU・CHU・CHU!


 出た。パラダイスのような島って、うさうさフォーリンラブと言う超絶技巧の持ち主がいると言うことなのか? 素敵なことがあってもお断りしないと。心の武士が情けなくなるのですけれども。


「俺は、本気で勘弁して欲しい」


 さくさくと転がって膝枕から逃げる。


「だんめ」


 またもや、膝枕される。俺は、べたべたするのもそんなに好きではない。


「どうしたんだ、寂しいのか? お友達なら、こちらのユウキ=ホトくんもいるじゃないか。先程、お邪魔した、神官のミコ=ネザーランドさんもそうだろう」


 女神ヒナギクは、ミコさんともユウキくんとも、祝福のCHUしないのな。男女の問題かな? 


 CHUは浮気だろう? 浮気なんてしたら大変だ。俺の彼女と東京湾には気を付けないとならない。


「私は、勇者、佐助様にお願いがあるのです」


「それなら、CHUなしでもいいだろうよ」


 少し気まずくなったときだった。


 ユウキくんの後ろから、ひょいと顔をのぞかせたのは、ゆるい顔になったあの人だ。


「真血流堕アナ!」


 サメ柄スーツから、何かの果物ときのこのようなものの柄物のワンピースになっていた。はい、これは残念Tシャツと競えると思う。だが、きらりとした気配がある。


「しゃしゅけ先輩ー! パラダイス定食、キノコンの出汁が効いていて、何もかも忘れられるでしゅよ」


「真血流堕アナ。思ったよりも感動が動揺しているよ。再会が嬉しいのだが、どういうルートでこうなった。でも、いいんだよ。無事が嬉しい……」


 一緒に暮らしていた彼女のことは、心にしがみついていた。分かってはいるんだ。


 俺は、真血流堕アナにそっと腕を伸ばす。


 ダメ。ダメなんだぞ。


「ダメなんだからな。本当は、ダメだから」


 自分に言い聞かせて、真血流堕アナに腕を回した。ためらいながら、あつく抱擁した。


「しゃしゅけ先輩……」


「三神真血流堕アナウンサー。ありがとう。元気そうで何よりだよ」


 真血流堕アナの細い首をしっかりと俺の肩に寄せる。


「しゃしゅけ先輩ー。会いたかったです」


「な、泣くな。俺まで涙をこぼしたくなるからな」


 よしよしと暫くしていた。


「ところで、真血流堕アナ。どうしてしゃしゅけ先輩なんだ? 変なきのこ定食を食べたか?」


 ユウキくんがこちらへぴくりと反応した。


 白い髪を左に流したショートカットがよく似合うが、美少年だろうか? 色白で、どんぐりのような真っ黒なおめめが二重で可愛い感じもする。やはり、美少女? いや、美少年かな。ツンとした鼻に元気な眉だ。


「何か誤解をしていないかな。うちにあるのは、キノコンだけだよ。変なきのこなんてないさ、佐助くん」


「キノコン?」


 やはりパラダイスの生態系は独特なのかな。


「そう、とても美味しい出汁を子実体しじつたいから出すから、ボクが特別に栽培している。かわいいキノコンなんだ」


「へえ。さっきからすっぱい香りがするけれども、何か作っているの?」


 すっぱいと言えば聞こえがいいけれども、臭みがあるのが気になる。


「ボク特製のパラダイス定食だよ。真血流堕くんが気に入ってくれたみたいで、今日は大繁盛さ」


「勇者、佐助様も召し上がりませんか?」


「しゃしゅけ先輩、美味しいです」


 俺が、まちりゅだアナとか言い出すだろうな。危ない、危ない。


「今日は、遠慮させてください」


 ぐーう。タイミング悪く、俺のお腹が正直に返事をしてしまった。


「私も欲しいわ。ユウキくん。二人前ね」


「ほいさ!」


 女神ヒナギクのチョキにユウキくんもピースサインだ。


 果たして、キノコンは俺にアッパーをくらわすのか?

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