Big Girls Don't Cry その①

 春先の豪雨、冬の名残りのある冷たい雨水が降り注いでいた。

 その雨天の下、草花が芽ぶき始めた大地が血の混じった泥でぬかるんでいた。

 その血を流しているのは五人の男たち。ある者はこと切れ、ある者は辛うじて息をしていた。

 そしてまだ意識のある四人は一人の女をとり囲んでいた。女は刀を構えている。

 剣での戦いにおいて四方を囲まれる、勝負が決しているようなものであった。

 さらに、女は五人を始末するために力の大半を使い果たしていた。息は乱れ、彼女にも剣や槍での裂傷があった。棍棒で殴られた際の頭部への怪我からの流血で、顔は真っ赤に染まっている。

 しかし男たちも迂闊うかつには飛び込めない。女の剣術は正確に動脈や腱、急所を攻撃してくるのだ。最初の五人はそれで女に切り伏せられていた。

 女は正面の男に飛びかかった。剣を振る男。体力の残り少ない女は筋肉ではなく、骨の連動で動く。まるで幻影のように予備動作なく、女の正中線(人体の縦をまっすぐに通る線。急所が位置する)は左右にぶれ、剣をすり抜けた。そして剣を振り切った男の脇を刀で切り上げた。

「ぐぞぅ!」

 切られながらも男は女の両肩をつかんだ。

「くっ!?」

 女がうめく。

「いまだやれっ!」

 口から血を吐きながら男は叫んだ。

 剣で多数と戦う時の不利はここにある。一人が犠牲になって敵の動きを封じる。命がけのチームワークだ。

 女の背後にいた男が女に切りかかる。

 女は両肩をつかんでいる男の脇に頭をくぐらせた。そして体を反転させると、腰を落としておじぎ・・・をするように体を曲げる。すると、男はバランスを崩し前のめりに倒れた。

「な!?」

 男の手が女から離れる。女は一瞬で包囲網を崩しにかかっていた。

「このアマぁ!」

 隣の男が切りかかってくる。女は体を移動させて剣を避ける。男は振り切った状態から突きをくり出す。剣が伸びきる前に、女は強かに上段打ちで剣を叩く。剣を叩いた反動で弾かれる刀、その勢いを利用して女は男の喉に突きを入れた。

「ごぶっ!?」

「くそったれがぁ!」

 背後から男が斧で切りかかってきていた。

 女は喉を突いてた男の腕をとると、その腕で斧の攻撃を防いだ。男の腕が斧でへし折れる。

「くそっ」

 再び斧をふり上げる男、女は男の片足に足払いをかけた。男はバランスを崩す。

「あ」

 女は横なぎで体制の崩れた男の目を切り裂いた。

「ぎゃひぃ!」

 残るは一人。ほんの十秒前まで取り囲まれていたはずの女は、もうそれを打破していた。

「……ばけものかよテメェ」

 残った男は言うが、女に強がる余裕はなかった。息は絶え絶えになり男をにらむ。

 剣と刀で対峙たいじする男と女、ふたりは同時に攻撃をくり出した。剣と刀が交差する。

「ふぅ……ふぅ……。」

 呼吸を荒くする男、この女が一瞬の気の緩みで命を取りにくることは既に知っている。

「ふんっ……く?」

 男がいくら力で押し込んでも女は動かない。筋肉ではなく、骨の支えで女は鍔迫つばぜいを行っていた。

──かんっ

 女が視線を下げてクリック音(舌打ちをするようにして発音される音)を出した。

「?」

 男の意識が下へ移動する。その体の重心が移動した瞬間を女は見逃さなかった。

「うぉ!?」

 女はありったけの力を使って刀を押し込んだ。一呼吸、その酸素を使って疲労している全筋肉を稼働させる。刃が男の肩口にずぶりと沈んでいった。

「あ……ぎぃ……。」

 だが、刃は男の鎖骨で止まった。血と肉の爆発力が、女が思っていたよりもほんの少し足りなかった。

「こ、この野郎!」

 男は女を蹴り飛ばす。女は泥の上に倒れた。

「死ね!」

 男が剣を振り上げる。

 女は倒れた状態から、足を突き出して男の片足を蹴った。

「な!?」

 男は女の上に倒れた。

 体を重ねにらみみ合う女と男、しかし男の目は徐々に光を失い始めた。

 倒れた拍子に、女が突き立てていた刀が男の体を貫いていた。

「はぁ……はぁ……!」

 女は荒々しく息をしながら男を体から退けた。しかし立ち上がろうとするも、すぐに足を震わせ前のめりに倒れてしまった。

「う……ぐ……。」

 雨天での戦いは女の肉体と精神を削っていた。さらに月に一度の現象で、彼女の血は傷口以外からも失われていた。

 女は下腹部を抑えながら、刀を杖代わりにして起き上がる。

「く……くそ……。」

 女は忌々し気に自分の下半身を見る。

「どうせ子供なんてできやしないのに……。」

 足をよろめかせながら立ち上がると、女は千鳥足でならず者たちの亡骸を後にする。

「ま……まずい……。」

 剣で男たちに勝利した女だったが、新しい問題がたちあがった。体の熱が奪われつつあった。このまま冷たい雨にうたれれば、命を失いかねなかった。今まさに殺めた男たちと、間もなく地獄で鉢合はちあわせという事態もありうる。

「はぁ……はぁ……。」

 激しい呼吸だが、もはや熱はない。それを作り出すほどの体力さえもなかった。

「どこか……どこか……。」

 周囲を見渡す。足元にはまっすぐに伸びる泥の道、脇には葉が芽吹いた雑木林。道づたいに行き、人のいる建物を求めるか、それとも雨宿りには心許ない雑木林に入るか。とにかく雨を防ぎたかったが、雑木林では建物を見つけることも人に出会う可能性も低い。

 彼女は賭けに出なければならなかった。そして、根拠なく道を行く方を選んだ。


 家がまばらに点在する開拓民のとある民家、そこではちょうど夕飯の最中だった。その家の娘が、せっせとテーブルの上にシチューと黒パン、そして野菜の塩漬けを並べている。娘の齢は10歳ほど、ブルネットのロングヘアーで、眉毛は凛々しく、その歳にしては大人びた雰囲気があった。アーモンド色の目はくりっとして大きく、快活な性格が見て取れる。

 娘はバルコニーで雨の様子を眺める父親に声をかける。

「お父さん、出来たわよ~」

「ん、ああ……。」

 父親は30歳半ばで、黒髪の大人しそうな男だった。街で道に迷った女がいれば、大勢の中から彼を選んで話しかけるだろう。それくらい、誰もが一目で無口で無害な男だと分かりそうだった。しかし、弱々しいという印象もない。奥二重のまなこは黒曜石のような重厚な光を持っていた。何より、シャツから伸びる太い首を見れば、そこに繋がる男の体格は自然と予想できるものだった。

 父親は家に入ると、テーブルに座って娘と向き合った。対面して座ると、親子とも極端に違いのある特徴をしていた。

「じゃあお祈りするね」

 娘が言った。

「ああ……。」

「……ここにあるのは、お城のまかない・・・・なの。ちょっと少ないけど、広間ではこのお皿にあるお料理と同じ材料の、豪華な御馳走が並んでるのよ」

 娘の祈りに父は微笑んだ。

「スプーンはただの木製のじゃないの。天国にある、トネリコから削り出した魔法のスプーンでね……。」

「もう食べていいかい?」恐縮したように父が言う。

「だめよ、きちんと想像して。食べるのはそれから」

「分かったよ……。」

 面倒にも思っていたが、父は娘のこういったところに救われてもいた。妻がいなくなってからというもの、庇護者ひごしゃとしての役割しかなかった彼の人生を、娘が健気な努力で彩ってくれていた。

「でね、外ではわたしたちのご飯をうらやましがって、森の動物たちがドアの向こうに集まってるの……。」

 男は雨戸を見た。本当にその向こう側に動物たちが居たら大変だなと苦笑する。

 すると木の扉がどすんと音を立てた。

 親子は顔を見合わせる。

「……ほんとに動物たち来ちゃったの?」

「……まさか」

 父は立ち上がり、念のために娘に「下がってなさい」と目配せをする。先ほどまで夢物語をかたっていた娘は、部屋の隅に小走りで駆けて行き、小さく丸まった。

「……誰だい?」

 訊ねたが返事はない。野生の動物なら声をかけると逃げる。だがその気配がなかった。父は意を決して扉を開けた。

「……え?」

 そこには泥まみれの女が立っていた。

 女はふらりと父に歩み寄り、その顔を見るなり彼の胸に倒れ込んだ。

「え、ちょ……君は……?」

 父の胸に倒れた女は、人肌の温かみを感じながら、夢中で眠りの中に入り込んでいった。

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