第5話 憂いなき遠き地

 自身が宰相として治めている国の内の、一つの小さな町が大揺れに見舞われた。


 人的被害は皆無で致命的な損害はほとんどないという報告と共に、難しい問題も同時に突き付けられた。


『教会の祭壇にて聖獣の卵顕現せし。至急会談の都合付けたし』


 その知らせを聞いた時、どこの馬鹿者が卵が顕現するような願いをしたのかと怒りにも似た感情が胸を覆ったが、例えその相手を見つけたとしても罰することなどできはしないし、意味はない。ただ八つ当たりの対象を見つけたいだけで、そんなことよりも差し当たっては戦争の回避が優先される。


 領主が来ると言っている2日後までに王の予定を調整し、これまで顕現した聖獣の卵が孵化するまでに要する時間、すなわち彼の地に残された時間の見積もりを調べる必要がある。


 一般には100日程度と言われているが、実際に誤差は大きく、見つけにくいところに顕現した卵は孵化までの時間が正確でなく、見つけ出されてから最短で3日という記録があったのを覚えている。


 今回は、毎日祈りを捧げる教会の祭壇に顕現していることから顕現から発見までにそれほど差はないと考えられる。


 聖獣が孵化すればどういった願いの元に現世に現れたのか自ずと知れる。



 かつてあの地に栄えた一つの国に思いを馳せる。


 聖獣を求めて国が滅び、災厄により救いを全て取り上げられ、他国の領地になった後、魔法を使えず虐げられた者たちが救いを求め集い、聖獣の卵を顕現させた。


 皮肉なものだ。


 聖獣が顕現したことで彼の地は戦地になるかもしれない。


 そうなると、折角の安住の地に別れを告げることになるかもしれない。


 何が願われて現れたか知らないが、聖獣というのは願われれば叶えずにいられない存在である。


 富を求めれば、与えられるのは他から奪った富であり、チカラであれば、ことわりを捻じ曲げて作られたいびつなチカラでしかない。


 富を生む知恵を貸すように、チカラをつける手伝いを願いに誘導できればいいが、卵を顕現させる程の願いというのはもっと単純で強い思いのはずだ。調整などできるはずもない。実際のところ、卵が現れてしまった時点で叶えられる願いというのは9割がた決まっているようなものだ。


 願いはこの世界に最も小さな干渉で以って叶えられる。


 彼の地は魔法が使えないことから、魔法が使いたいという願いであれば、彼の地を魔法が使える地にするには世界への干渉が大きすぎるため、他国の地、もしくは国内の他の地域を手に入れようとするだろう。


 恐らく、領主は卵の孵化を遅らせようと、生まれる聖獣が脅威にならぬようにと知恵を巡らせるだろうが、卵が現れた時点ですでに運命は決まっているのだ。


 未来を憂う必要はない。


 全ての答えはもう卵の中に。

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