第15話 作戦会議


大聖堂前についたとたん、エスカがセリティアを手荒く地面に転がす。

今にも吐き出しそうなしぐさをしているセリティアに向けて、エスカが鞄から粉を取り出し振りかけると、セリティアの体のサイズが一瞬でもとに戻った。


「本来、魔物に使うべき道具を使うなんて……」

「おかげ様で今回は作戦会議ができそうだな!」

エスカのセリティアに対する対応がティンカーの激昂よりも何故か怖い。


ティンカーが水晶を手に取る。

「大神官様、扉を開けてくれませんか?」

しばらく経って、扉が自動的に開いた。私たちは足早に大聖堂内に足を踏み入れる。

「マスターでも大聖堂に入る許可がいるの?」

「あたし合言葉を忘れちゃったから、こっちのほうが早いの」

ティンカーが悪びれずに笑って答えた。


トキの部屋へは向かわず、直線に進み、大聖堂の奥へと向かった。

「あの……大神官の部屋には向かわないの?」

「あたしたちが自由に出入りできるのは大聖堂の限られた場所のみだから、それ以外は許可なく入れないよー」

「そう…なの?」

「あ、何?のろけかな?大神官様のお部屋にいつでも行けるよーって?」

ティンカーが笑う。トキと私が旧知の仲だからと、いじられることが増えた気がするが、学生時代のころと比べると、優しいなと思ってしまう。


「今そんなこと言っている場合ではなくて?」

セリティアの調子が戻ってきたのか、冷ややかな声色で会話に割って入ってきた。

「セリティア、建物対策も終わってないのに雑談に加わるとは余裕だな」

エスカがセリティアになんだかずっと冷たい。

「た、建物を片付ける時間なんかなかったじゃありませんか、事前に水晶で連絡すればよろしいのに!非効率にもほどがありますわ!」

ごもっともな口論を繰り広げながら聖堂内の通路を速足に歩き、巨大な扉を開くとトキとレイチェルが待っていた。


二人の前に円形のテーブルがあり、その上に地図が広げてある。


「遅いぞおぬし等」

レイチェルが腕組みしてお叱りの言葉をくれた。

「ごめんなさい」

私はとっさに謝ってしまう、レイチェルは先生というより教授って雰囲気だからなおさら圧を感じる。

「ごめんごめんー、セリティアが毎度のことだからー」

「毎度のこととは聞き捨てなりません……」

ティンカーの言葉にセリティアが不服申し立てている間、エスカが早々に着席した。


着席場所はあらかじめ決まっているのか、ティンカーがエスカの隣に座る。

エスカとティンカーの間に立って私も地図を見る。

椅子が足りないことにトキが気づいた様で鞄を探ろうとするが、私が首を横に振り、口の形だけでいらないと伝えると、トキも席についた。

ちらちらとこちらを見ている……落ち着け大神官。

セリティアがトキとエスカの間の席に入る。

トキの横にはレイチェルがすでに座っていた。


各マスターが全員が揃ったところでトキがテーブル中央に広げていた地図を指さした。


この町の詳細と、この大陸であろう物の二種類。


町の地図には赤い色で印がつけてある。

大陸の地図は大まかな形と、一部だけ書き込まれた状態だった。

元魔人居住区とこの町はずいぶんと離れている。

地図を見てこの町が海沿いの町であることに気付いた。

港は町の中にはないのだが、近い。


「この地図は未完成ですが……大まかな配置の確認として使用します。まず、私から。結界の穴に関してはこの大聖堂の頭上に故意的に開けていますが、それ以外の穴は存在しません、確認済です」

トキが地図上の聖堂を指さす。赤い印がある。


「ティンカー、調査者が落下した所はどこですか?」

トキのこのしゃべり方は慣れないが、この四人にはこのしゃべり方で通すつもりらしい。


「大通りの、酒場前です」

ティンカーが指さした先は赤い印から直線状に離れた位置だった。

ティンカーの敬語も何か違和感があるのだが、考えてみれば会議では普通だろう。


「この結界は魔物は通しませんが、人や動物、雨などは通します。それに気付かれ利用されたと考えたほうがいいでしょう。

ワイバーンロードが生まれたのか、ワイバーンに騎乗していた者がいたかによって対応は変わりますが、ワイバーンロードと仮定して話を進めます。」

「ちょっと待ってくれ、騎乗?まさか、大国直属の飛竜隊の可能性も?」

エスカが動揺したように立ち上がった、トキは首を横に振った。


「その確率は限りなく低い。もし王直属の飛竜隊であれば、穴を探す必要などないからです。要人には結界がどのように作用しているかなど周知の事実ですから。」

エスカがほっと息を吐きだし、着席する。

「同族と戦争なんて悪夢でしかないよ……」

エスカの独り言は私かティンカーにしか聞こえないレベルだったが、心底うんざりした様子だった。


「ワイバーンは暗闇では能力低下するため、動くのであれば明朝が見込まれます。群れの指示に関しても、飛ぶ方向と一つの動作までしか指示できない、結界を通れるのは2Mまでのワイバーンのみに限られます。2M以下のものは滅多にいない。だから本来あの穴から侵入は不可能。注意すべきは道具の使用です」

自室で、ありえないなと唸って何かを言っていた姿とは大違いだ。はっきりと指針が決まっているように聞こえる。


「ワイバーンが飛び道具を使用するとでも?……まさか、そんなことを本気でお考えなのですか?トキ様……」

セリティアがあきれたように言ったが、「ワイバーンロードと想定して言っている」とレイチェルが窘めるように言った。

「ワイバーンは人でも馴らしやすい魔物。それはマスターエスカが詳しい。加えてワイバーン同士であればもっと統率が取りやすい。道具に関しては投石の可能性が最も高く、持ち運べる石は一つと考え、習性を踏まえれば一掃することはそう難しくありません」

レイチェルがトキの言葉にうなずいている。すでに計画を聞かされているのだろう。


「作戦は至って単純です。レイチェルが広範囲魔法を使用、私が魔力増幅の補助を行い結界上空のワイバーンをまとめて撃退するのが最も効率が良い。ただ、魔法での撃退となると、詠唱を終えるまでの時間稼ぎが必要となります」

トキが話終えた後、レイチェルが口を開いた。


「わしの広範囲極大魔法が発動するまで最速でも50秒はかかる。大神官殿が準備するそれぞれの補助魔法が各20秒、呪術増幅道具の使用を含めるなら2分の見積もりだ。仕掛ける範囲は、残念ながらわしでは、ここまでとなる」

レイチェルが、町の地図中央部から聖堂まで円を描く。

円形の城壁の中に小さな円が出来上がった。


エスカが円を見て、頷く。

「私、ティンカー、セリティアの三人で聖堂までひきつけるのか、少人数のほうが一点の場所にひきつけやすいからこの人数でも問題ないが……問題はセリティアは囮としては不適切だ、二手のみに絞って組むほうがいいかも……」

エスカが地図上の道を指でなぞりながら最適な経路を考え込んでいるようだ。


「転生者アヤ殿も囮程度はできるのではありませんか?我々と違い死ぬこともないのですから、むしろ囮としては最適と言えますでしょう?」

セリティアが意見を述べると、エスカとティンカーは何かを言いかけて無言になった。


「アヤ殿の戦力は期待しないほうが良い、それはマスターとして接しているあなたたちが最もわかっていることでしょう?」

トキが釘をさすように言いマスター達を見回す。

実際のところ訓練を受けているのは、エスカとティンカーのみでそれも短期間。レイチェル、セリティアに至っては挨拶程度のみだ。

判断材料が少なすぎるが、即戦力ではないと私でも感じている。


セリティアは食い下がるようにトキを見据える。

「転生者は死なない、これは私たちとはまったく異なる条件です。」

トキも黙り込んだ。

きっと、私でも囮程度はできるのだろうが、無駄死になることが織り込み済みなのだろう。


セリティアの言いたいことは私でもわかる。

一回のみ挑戦と、何度でも挑戦できるのでは根本的な条件が違う。

ただ、死んでもよみがえるのだから転生者なら大丈夫だろうという観念はどうなのだろう、同じ人としてみなしていないのだろうなと感じる。


「囮程度なら……」

私はできることをすると決めたのだから今はできることがあるのならなんでもやるしかない。自信はないがやってみないことには……。

「だめだ!!」

トキが声を荒げたので場の空気が凍り付いた。彼女たちに接していた時の丁寧さのかけらもない態度だ。彼女たちも初めてトキが怒鳴るところを見たのだろう。驚いた様子だ。


視線がトキに集まり、我に返ったトキが咳払いをする。

「……足手まといになるだけです。一度も実践を行ったことがない者を加えるということは、一般市民を前線に出すようなもの。理解できますか?神官セリティア」

「ええ……私の理解不足でしたわ。呼び出されたばかりの転生者はまったく役に立たないということですのね。囮程度ならと私も思ったのですが、出過ぎたことを言いました」

セリティアが私を見て、軽く笑った。


顔が熱くなる、馬鹿にされたことだけはわかった。足手まといなのはわかっている。わかっているが、何もしないうちから決めつけられるのは非常に腹立たしい。


「囮はやる!」

私は言い切った。セリティアに乗せられてしまうのも腹立たしいが、今回何もしないのであれば、ずっとセリティアがそれを責め続けそうな気がしたからだ。

私は未熟なのだから、今後セリティアから教えを受ける事もあるのだ。

教えられるたびに過去のことを言われるなら、感情が先走って頭の中に入る情報も入らない。


「アヤ!」

「アヤちん!」

エスカとティンカーが、困ったように私を見る。


やれやれとレイチェルが顎を指でなでる。

「ワイバーンがあくまで結界内に入らないと仮定すれば、アヤを囮に加えることは可能ではないのか?」

レイチェルが冷静に言うと、トキも折れたようだ。


「……アヤ殿は低レベルのため一度でも死んでしまったら、二度目の出陣はなしということにします。我々は、この世界で死なない体質とは言え、一度死ねばレベルが下がります」

トキが淡々と言っているが、若干渋い顔をしていた。


そして、私も加えた戦略内容が語られた。


スカウトのティンカーと私が囮として、輝く物を身に着け、落下物をよけながらワイバーンを聖堂へ誘導して動く。

移動は城壁沿いに左右に分かれて、建物の撤収がほとんど終えている中央広場の道を経由し聖堂前までワイバーンの群れを誘導。

実際はセリティアの地区だけまだ完了していないのだけど……。


地図上につぼ型の線が描き上げられた。

中央広場は円の範囲に含まれる、ここまでがレイチェルの攻撃範囲内。


セリティアとエスカは聖堂前で待機。

万が一、ワイバーン本体が大聖堂上の穴から侵入した際に、食い止める。


ワイバーンが囮に誘導され、誘導場所に集まったところをレイチェルの魔法が発動する流れだ。


トキから大聖堂の外壁にも二重の結界を張るため、ワイバーンをしとめるのが難しい場合は迷わず聖堂内に入ることを伝えられた。

籠城すれば聖堂にワイバーンが群れる、その間、もう一度魔法を発動することでせん滅できるだろうとトキは言う。


この計画で多くのワイバーンを打ち損ねてしまった場合は、各マスターは移動ゲートから避難した後にトキが切り札を使うと言った。

切り札を使えば一時的に、トキの放つ結界が消失してしまう可能性があるため、結界を張り、安全性を確認した後に呼び戻すと言う。


切り札とは、グラさんのことだろうか。

グラさんの存在はこの四人に隠し通さなくてはいけないんだろうな。


計画は伝えられ、魔法陣の準備にレイチェルが大聖堂を出た。


セリティアも建物を撤去してくると、席を立った。


エスカとティンカーが私の肩をたたく。


「もー、無理しちゃだめよぉ。でも、ありがとうね、アヤちん。正直助かるー!」

「セリティアの口車に乗せられた形は不本意だが協力は助かるよ」

二人も転生者の協力は本音では欲しかったのかもしれない。


「終わったら、とっておきのお菓子をまた差し入れるから、お茶会しようねー」

「明朝まで時間もあるし、アヤには多少は無理させないとな」

エスカが少し不敵なことを言った。

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