【43】生徒会会長と風紀委員長の仲

「ちょうどいいところに」

 二人の声が重なった瞬間、見合せていた顔が明確に歪んだ。

「どういう風の吹き回しだ」

「そっちこそ、雪でも降らせるつもり?」

 生徒会や風紀委員会、そのほか特別な生徒と一部の教師や職員だけに与えられているこの階層で、顔を歪ませる二人は実際、仲が良いとは言えなかった。

「一昨日の夜は泣きついてきてたくせに」

「嘘を言うな」

「昨日は昨日で迷惑かけられて大変だったんだからさぁ」

「……それは、すまなかった」

「どうしたの、気持ち悪い」

「今は言い合っている場合じゃない。風紀委員長であるお前に話がある。一昨日の件とは別だ」

「そう、奇遇だねぇ、オレも会長であるお前に言いたいことがあるんだ」

 生徒会書記横塚の部屋から出てきた会長と、自室から出てきて会長の部屋へと向かっていた風紀委員長。狭い廊下で鉢合わせた二人は、会長の部屋に向かうことで一致した。

 廊下の奥にある小窓は光を取り入れるために設置され、柔らかな朝日が寮の中を温めている。9月も半ばを過ぎ、残暑も去りつつある。広がる穏やかな気候とは裏腹に、吹き荒れる殺伐は二人の関係性をわかりやすく示していた。


 リビングでテーブルにつき、先に口を開いたのは風紀委員長だった。出されたお茶のグラスを指でトントンと叩きながら、にいっと笑って言い放った宣告は自信に満ち溢れていた。

「裏で糸を引いてたのはつまり、理事長だったってわけだよ。準役員は実行役を担ってたんだねぇ」

 昨日の出来事を総括し、出した結論ということらしい。委員長がそこに至るまで、会長はあえて反論しなかった。

 特別な階層で起きた加賀見と岩楯の衝突に端を発した一連の流れ。会長も風紀委員長も、生徒会役員たちも風紀委員会幹部たちも教師たちですらも、初めて知る事実の連続に驚かされた一日だった。驚かされ、戸惑い、それでもたどり着いたそれぞれの結論がある。

 会長は委員長が出した結論を、易々と否定できなかった。その可能性が無いわけではないのだ。考えづらい、とは思っていたが。

「で、オレは準役員を探すから手伝ってほしいわけだけど。そっちはどういう話?」

「ああ。横塚のことは知っているよな」

「岩楯から聞いたよ。脅されて声出なくなっちゃったんでしょ? それも準役員とっ捕まえて……」

「脅迫者が誰なのか、本人から聞いた」

 委員長の目がきらりと光る。

「えっ! 準役員じゃないの?」

「……違う」

「だったら、まさか、理事長?」

「違う」

 もったいぶらないでよ、と委員長に急かされても会長はその名を挙げることに躊躇い、はぁっとため息をついてからようやく口にした。

「こっちの顧問の、高井先生だ」

「ええ? それはないでしょ」

 委員長はそう一刀両断したあとすぐ、ちょっと待って、と自身の発言を取り消した。会長の目にある緊張から、嘘やでまかせを感じ取れない。

「……それ、ほんと?」

「横塚が嘘をつく必要がない。それに、口を閉ざしていた理由も高井先生が関係している。脅迫者が高井先生であることは間違いないだろうな」

 テーブルに置いたグラスから離れた委員長の指先は、思案する時の癖を追うように、椅子の肘掛けに向かった。背もたれにぐっと体重を寄せ、肘を立て、手首をふらふらと揺らす。いつもの姿勢だ。


 会長は委員長の発言を待った。昨日、委員長が高井先生を連れて管理作業員に対する聴取を行っていたことはついさっき聞いたばかりだ。委員長の見解を聞きたかった。

「あー……っと。うーん、そういえばあの時の高井先生、確かに様子がおかしかったような」

「どんな風にだ」

 詰め寄る会長がテーブルに手を置く。

「生徒会室で盗難が起きたって保坂先生から聞いてさ、準役員しか犯人いないと思ったんだよね。それを口実に高井先生を引きずってったわけなんだけど」

「何か言っていたか?」

「オレの話を聞いて、驚いてた。だって、生徒会室が犯行現場なら、閉め出されてたお前らに犯行は不可能でしょ」

「その通りだ」

「犯行が可能なのは準役員だけだって言ったらそのことに驚いてたよ。お前らがまるっと仕事サボってたとは思ってなかったんだよねぇ」

「どういうことだ? 先生なら気付いていたと思うんだが……」

「それがさ、報告書が上がってたんだって。生徒会から仕事しましたーってやつ」

 報告書の存在については承知しているが、生徒会室に行っていなかった間、それを書いたことも送ったこともない。自分たちが義務を果たしていなかった事実を、高井先生は気付いているのだと思っていた会長は、首を傾げる。

「準役員が報告書を書いてたって考えるのが自然なんじゃない? 高井先生はさ、お前らがちゃんと仕事してるって思ってたんだ。生徒会室に行ってね」

「じゃあ……本気で罪を着せるつもりだったんだな。保坂先生は、ほとんどの先生たちが俺たち生徒会を疑っていたと言っていた」

「だとしたら、そういう……なるほど、そういうことか!」

 後ろに傾いていた重心をテーブルに移し、委員長はずいっと会長に身を乗り出した。

「高井先生、あの時初めて気付いたんだ。生徒会に罪を着せられないって!」

「それで、驚いた、と?」

「だね。っていうか、もっと大変なことに気付いた」

「……自分も犯行可能な一人だってことに、だな?」

「そのとーり。あの時のオレは準役員のことしか考えてなかったけど、高井先生、カードで生徒会室に出入りできたって言ってた。簡単なロジックだ」

 委員長は自身の結論をすぐさま修正し、くっそーと歯噛みする。

「準役員との共犯も考えられない。共犯なら閉め出されてたって情報を共有するよねぇ」

「ああ。準役員はただ……俺たちがサボっていた仕事をしていただけだ」

「ええー! あんなに怪しい存在なのに!」

「お前はどうしてそう、敵対心を?」

「そりゃあ……理事長の手下だよ? 捕まえたら理事長のしっぽ掴めるかもしれない」

「理事長のしっぽ掴んでどうする気なんだ」

 呆れたようなため息とともに吐き出された詰問に対し、委員長は目の前のグラスを拾い上げて煽り、飲み干した。

 コンッ。グラスを置く甲高い音が詰問の答えらしい。唇を尖らせ、視線は左の方に逸らしたまま、沈黙。会長はもう一度だけため息を吐き、仕切り直すことにした。

「……これからのことだが」

 委員長の視線が戻ってくる。

「できれば、高井先生を顧問から外したいんだ。さすがに学校を追い出すことはできないと思っているんだが、せめて横塚との接点を減らしたい」

「ああ……まぁ、それは確かにね。うーん、でもそれ、難しくない?」

「だから相談している。相手が同じ生徒ならやりようはあるが、教師となると俺たちの権限は届かない」

「そりゃあ……いくら風紀を守る役目を与えられてるって言っても、先生にコラー! って言うわけにはねぇ」

 どうしたものか、と委員長が再び椅子にもたれかかって手首を遊ばせる。ついさっきまで準役員への妄執に取りつかれていた姿とは打って変わって、高井先生への対処を思案する顔は真剣そのものだ。元々、短く刈り上げたスポーツマン風の出で立ちに、体格の良さも相まったシルエットはそういったあるべき姿を想起させる。心根は、そういう奴だ。

 敵とか味方とか分けるつもりはないが、と会長は思う。

「お前が風紀で良かった」

「……気持ち悪いからやめてよね。っていうか、どうすべきか決めてるんでしょ?」

「ああ。理事長に報告する」

「その報告書を書けってこと?」

「いいや、俺が書く。提出だけ頼みたい」

 前回、加賀見と都築に対するいやがらせの件では、委員長が報告書を上げた。示し合わせたわけではないが、情報共有する中で行動を起こしてくれたのは委員長の方だったのだ。正義感から、というよりは、理事長を急かしたい、という気持ちの方が強かったようだが、結果的に理事長が指名した準役員が動き、尾張という犯人が現れることとなった。

 そういった流れがあったこと、また、生徒会が盗難の容疑をかけられていることを鑑みた時、第三者の位置に身を置いている風紀委員会からの報告だったほうが理事長を動かせると考えた。

「理事長、今回の件はどこまで把握してるかな」

「盗難の件は先生たちから聞いてるんじゃないか? さすがに横塚のことまでは知らないと思うけど」

「だとしたら説得できないんじゃない? あの理事長だよ?」

 脳裏に浮かぶのは飄々とした大人の姿だ。揉め事を決して外に漏らさぬよう徹底する姿勢は、子供ではなく学校の体裁しか頭にないような冷徹さを覚える。教師の不祥事をどう扱うのか、どう天秤にかけるのか、不安は残るがやるしかない。

「教師に処分を下せるのは教師を雇っている人間だからな。できるできないじゃない、やるんだ」

「ま、いいんじゃない。いっそ直訴すれば? 学校法人の電話番号にかければ繋げてくれるでしょ」

「……切り札が横塚の証言だけでは弱すぎる」

「生徒会を閉め出したのは理事長なんだから、アリバイわかってくれそうだけどね」

「だとしても、状況証拠だろ。お前が言っていた、準役員の犯行だって捨てきれない」

「そりゃあ、準役員がどういうやつかわかんないけど……そこはお前の気持ちなんじゃないの?」

「俺の?」

 氷だけになったグラスを持ち上げ、からりと突き出す。汗をかいたみずみずしい気配が飛ぶ。

「これでも、中学からの付き合いだからねぇ。関わり合いたくない相手ナンバーワンだけど、いざという時はそこに居てもらわないとって思ってるよ」

「いきなり、なんだよ」

「やる時はやる男だろってこと。横塚の様子は知らないけど、お前の様子見てたらわかる。手は貸すから、とりあえずやってみろって」

 言いながら、あごで指し示すのはポケットにしまわれているであろう会長の携帯電話だ。その中には委員長の言う通り、理事長へ繋がる学校法人の番号が登録されている。調べれば簡単にわかるその番号だが、歴代の会長たちが、使うことなんてないけど、と添えて伝えてきたものであると思うと、携帯電話を取り出すことにも気が引ける。

 じゃあオレがかけようか。委員長がグラスを乱暴に置くと、会長は首を振ってポケットに手を突っ込んだ。

 時刻は午前十時をすぎている。理事長は休日出勤をしているのだろうか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る