第10話 久しぶりの再会

  夏休み明けの「渋川ゼミ」はイベントからスタートした。9月2週目の週末。江戸川区の西葛西臨海公園。広海の発案でバーベキューと芋煮会をくっつけた。猛暑日続きの8月から少ししか経っていないのに、空気には何となく秋の匂いがする。梅雨が明けて夏が来る頃には草いきれのような夏の匂いがした。あれだけ賑やかった蝉の喧騒に代わり、ちらほらと赤とんぼの姿を見ることが出来る。東京にいても五感を澄ませば季節の移り変わりを実感することができる。

 バーベキューのシェフは高校時代と変わらず、大宮幹太と清水央司(ひろし)の男子チーム。一方の芋煮は女子チームの担当。リーダーはもちろん“本場”山形出身の岬めぐみだ。家業の寿司店を継ぐつもりで専門学校で調理師を目指している央司の影響もあって、豚の塊肉の他にエビやホタテをはじめ、新鮮な魚介類が磯の香りを立たせている。央司はきょうの朝まで水槽で泳いでいた魚を腕を上げた“神経締め”で処理して来たという。牛肉が見当たらないのは、芋煮のメイン食材が里芋と牛肉だからだ。その“鍋奉行”のめぐみも毎年河原で芋煮会を楽しんでいるだけあって手際がいい。なんでも、大きめの石を組んだかまど作りを見るだけで「腕前が分かる」らしいが、最近は安全や美観を損ねないように昔ながらの「直火」が禁止されている施設も多い。多少、火力が弱くなるが市販のキャンプ用コンロでも十分だ。大きめのアルマイトの鍋の中で玉コンニャクと皮をむいた里芋がぐつぐつ踊っている。めぐみは、下準備したゴボウのささがきと牛肉の細切れを投入。それを見ていた“課長”こと志摩耕作は、

「“ささがき”ってさ、ずぼらな料理人の発明だろうな」

「何で?」

聞き返したのは耕作を一番理解している“相方”の千穂。

「イチョウ切りとか短冊切りとか美的要素を含んだ切り方は置いといても、輪切りや半月切り、みじん切り、くし切りなどどれもまな板の上で処理するじゃん。でも、ささがきは、予め水を張ったボウルの上で、鉛筆を小刀で削るように切るだろ。水を張るのは灰汁を抜くためだけど、料理番組なら削り終えてから水は“後入れ”で灰汁を抜くよね。でも母親のささがきも祖母からの手習いか、水を張る方が先。手抜きというかずぼら」

 数式を解く方が似合いそうな耕作から、野菜の切り方をレクチャーされるとは思わなかった千穂、

「“課長”は包丁捌きも論理的ね」

軽い皮肉も耕作には通じない。

「じゃぁ、乱切りは?」

チーちゃん、そのツッコミはネタ? それともイジワル? と広海が考えていると、

「乱切りか…」

腕を組んで一瞬考えた耕作は、

「乱切りはまな板を使う場合と使わない場合と両方あるけど、計算された斬り方だよね。“乱れる”っていう“いい加減”っぽい呼び方の裏に緻密な戦略が隠されている」

「何よ、勿体ぶって…」

「乱切りの例って何?」

「浅漬けのキュウリとかナスの煮物とか…」

「そうだね。どっちにも共通するのは味を浸み込ませないといけないこと、しかも短時間で。乱切りは表面積を大きくする切り方なんだ。皮を剥く場合は前提条件が崩れるけど、見た目の美しさや栄養面の利点から皮を残した場合には明らかだよね」

やっぱり、二人で示し合わせた“ネタ”? 広海の疑念は広がる一方だ。

「論理的っていうか科学的っていうか…」

愛香は一体、感心しているのか呆れているのか。そんな疑念を幹太が一瞬で吹き飛ばす。

「単純に、観察眼がシャープでしょ、っては・な・しだろ。“課長”にとっては難解な数式もキュウリの浅漬けも同じなんだよ」

他愛のない調理の話が、「ゼミ」っぽくなってくる。そんなムードを知ってか知らずか、めぐみの声が“切り方論”を中断した。


「麺つゆ~はいかがでしょうか」

どうやら鼻歌っぽい。

「メグ、ご機嫌ね」

湯気が立つ鍋をのぞき込みながら広海がマイタケを千切って加える。

「私もずぼらかな?」

広海は独り言。話を3分前に引き戻す意図はない。レタスやコンニャクもそうだが、味の浸み込みなどで包丁を使うより手で千切った方が適した食材も少なくない。

「まさに水を得た魚だな」

とトングを手にした央司も楽しそうだ。

「“神経締め”は勘弁よ」

そう、メグは醤油と日本酒、砂糖で味付けした鍋に市販の麺つゆで味を調える。鰹節や昆布で本格的に出汁を取る家庭は多いが、

「野外では最初から出汁が取ってある麺つゆが便利よ」

とメグ。容器の残量を確認しながらドボドモと豪快だ。最後にザックリ刻んだ長ネギを散らしたら半分フタをして出来上がりを待つ。バーベキューでは次々とグリルされた具を皿に取り分けるのは幹太と耕作。よく見ると、メインの肉や魚だけじゃなくタマネギやピーマン、エリンギも香ばしく焼き上がっていた。

「これこれ。この焼き目が食欲そそるよね~」

人差し指を立ててわざとらしく左右に振りながら、長崎愛香は発泡スチロールに盛り付けた芋煮を青いビニールシートの上に並べた。

「大西賢示かよ」

と央司。

「はるな愛でしょ、は・る・な」

「角野卓造じゃねぇよ」

「あれっ、マイケル・ムーアじゃないの?」

「春菜違いね」

「川口春奈だ」

「そんなに可愛かった?」

「あっ、セクハラ」

「コンドーだよ」

「それを言うなら、『児島だよ』、だろ」

口々にボケたり、ツッコんだりしながらそれぞれ車座に座る。バーベキューは久しぶりだったが何となく高校時代と変わらぬ配置になるから不思議だ。


 「メグ、山形ってさ『日本一の芋煮会』ってあんじゃんね。ネットで見たけど」

「でっかい鍋に牛肉何トンとか里芋何トンとか、笑っちゃうよな」

「笑っちゃうって言えば、攪拌するのもお玉じゃなくて、重機なの、重機」

「大丈夫よ、ちゃんと洗ってあるから。最近は『日本一の芋煮会フェスティバル』って言うの」

「フェスだよ、フェス」

「そうよ、2万人とか3万人とか集まるんだから」

「ちょっとした花火大会並みだな」

「最初の数年は、9月1日に固定されていたんだけど、9月初旬って山形でもまだ残暑が厳しくて、“秋の風物詩”が“汗だくの風物詩”だったわけ」

少し恥ずかしそうにメグが自慢する。

「オウジ、お前ツッコミ係だろ。ひとりボケ・ツッコミさせるなよ」

幹太のツッコミに央司が頭を掻いた。

「だってメグってさ、語って語って突っ込むタイミングくれないんだもん」

「もしかしてメグは“オウジ殺し”ってこと? たのもしい~」

座が一際盛り上がった。

山形市内では、優に直径5メートルはあるフェス専用の大鍋は普段は会場の河原沿いに飾ってあって、ちょっとした観光スポットになっている。顔出し看板はないが、遠近感を利用して大鍋を持ち上げているポーズで写真に収まることもできる。ちょうど浅草・浅草寺の雷門に下がった大提灯と同じだ。あれほどの混雑はないので気に入るまで撮り直しができる。

「やっとなんか、メグも“外様感”が抜けて、最初からのゼミ員っぽくなったかな…」

きょうの芋煮会は広海の作戦でもあった。何気に微笑んだ広海の心の内を察してか、目の合った千穂が笑顔をくれた。


 久しぶりの再会に、久しぶりのバーベキューで盛り上がらないわけがない。

テンションも上がり、みんなの胃袋が満足したところで幹太が切り出した。

「それじゃ、「野外ゼミ」始めよっか」

「夏も終わりだから、ヒグラシか?」

央司のツッコミはスルーして、幹太が続けた。

「俺たちマジでスジいいかもよ…」

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