第20話かあさん


『リーブ!』


「ふぅ、今日はよく働いたな・・・・さってと、母さんの手伝いをしなきゃ・・・」


僕はブレインを頭から外し、ベットから体を起した。


「いてて・・」


長時間同じ姿勢でベットに横たわっていたので、体中がすこし痛かった。

手でもみほぐしながら、僕は自分の部屋を出た。


「・・・・?あれ?母さん?」


いつもは廊下に漂っている、母の作る味噌汁の匂い。

だが今日はその香りが僕の鼻に感じられない。

すこし訝し気な気持ちを感じつつ、僕はキッチンに向かった。


「母さん!・・・母さん!?居ないの?」


いつもキッチンで微笑む母の姿が見当たらない。

夕暮れ時にいつもの灯が消え、部屋の中全体が薄暗かった。

その時僕の目に、電話の赤い光が飛び込んできた。

不吉な予感が僕の脳裏によぎった。そのまま電話の留守電の再生ボタンを押した。


「はぁっ・・・はぁっ・・・・はぁっ・・・・!!!」


『あ、いつもさんのお宅でしょうか!お母様が今朝、当病院にいらしたのですが・・・急に容体が・・・。

今救急で総合病院に搬送されました。ご家族の方も急いで病院に行ってやってください!!』


留守電はそこで途切れた。

僕は急いでタクシーに乗り、総合病院にやって来た。

今朝まで元気だったのにどうして?

こんな大事な時に僕は呑気にゲームを・・・・クッソ!


「はぁっ・・・はぁっ・・・はぁっ・・・・はぁっ・・・・!すいません!いつも遥の息子です!病室はどこですか?」


「はい!いつもさんですね、お待ちください!」


病院の入り口を走りぬけ、僕は受付の女性に母の事を尋ねた。

受付の女性が目の前のディスプレイを操作している。

しばらくして受付の女性が話しかけてきた。


「お待たせしました、今は近くの処置室にいらっしゃるようです!」


そう言うと、隣に座っていた女性が立ち上がった。


「こちらです、ご案内いたします!」


女性の後ろを歩き、僕は母の元へ向かった。



「か、母さん!大丈夫?」


「大丈夫よ、銀河。心配いらないわ!」


部屋のベットに横たわっていた母・遥。

僕の心配を吹き飛ばすような、やわらかな表情を見せた。

だが母の体の周りには、心電図や用途の分からない機材が並んでいる。

テレビドラマの中でしか知らない道具を見て、僕は悪寒がした。

その時女性の看護師が僕の元にやって来た。


「息子さんですか?」


「はい?」


手には書類の様な物が握られている。

反対の手にはボールペンが、それを僕に手渡してくる。

そして白衣を着た一人の医者がやって来た。


「こんにちは。お母様の病気ですが、脳の血管が詰まった事による脳梗塞だと思っていたのですが・・・

息子さんが来る前に脳を隈なくスキャンしたのですが、どもにも異常が見当たらないのです!私もこんな症状は初めてで・・・」


医者は困惑の表情を見せている。


「念のために全身の検査をしていきますが、良いですか?」


「はい、そういう事ならわかりました!」


ベットに横たわっている母も、いつもの笑顔を僕に向ける。


「今手渡した用紙にサインをしてもらっていいですか?ハンコがない場合は親指の拇印で結構です」


僕にそう言い、部屋にいた看護婦たちは、機材を準備する為出ていった。


「よかったわ、母さん死ぬかと思ったわ!母さん、悪運が強いみたい!アハハッハ!」


「笑えないって、びっくりしたよ!」


母の遥はベットに座り、豪快に笑っている。

しかし次の瞬間真剣な表情になった。


「・・・ねぇ、銀河?母さんが死んだら・・・・」


「縁起でもないこと言わないでよ!母さん!」


僕の言葉を聞き、母は困ったように苦笑いをした。


「・・・でも大事な事だから聞いてちょうだい。母さんが死んだら、母さんの部屋の机を調べてみて・・・大事な物が入ってるから・・」


「いいって!今はそんな事・・・縁起でもない!」


母の話を聞き、僕は少し怒気を込めて答えた。

そんな僕に言い聞かせるように、母は優しい声で話始めた。


「・・・分かった?お願いね、銀河」


「・・・わかったよ」


いつもの母の柔和な顔が、僕の怒気を消し去る。

どこか遠くを見ているような、母の目が僕を不安な気分にさせる。


~ライフ達~



「ライフ様、どうやら息子がやって来たみたいです」


「・・・・・ZZZ・・・・あ!?やっと来たか!」


椅子にもたれ掛かって眠っていたライフ。

口から垂れていたよだれを拭きながら、自分の体勢を起した。


「よいっしょっと!死屍死屍!やっぱり苦しめて殺さないとな!そう、愛する家族が見ている目の前で!これでドクターSも悔しがるだろう!死屍死屍!」


「は、間違いありません!ライフ様!」


雨間はライフの少し前で、片ひざを付いて座っている。


「だが先ほどの検査の時は、面白かったぞ!死屍死屍!病院のMRIの画像によく映らなかったな!死屍死屍!」


「は!ナノボットを操作して、小型化して細胞内に隠れさせましたので、この医者たちも発見出来なかったのでしょう!こちらにも優秀な医者が居ますので」


そうかそうかと、頷きながらライフが雨間に指示を出す。


「さ、役者は揃った!このワシを長い事待たせおってからに!さ、殺してやれ!死屍死屍!さて、どんな顔を見せてくれるんだろうな!死屍死屍!」


「・・・・おい、殺れ!」


雨間がモニターを操作する部下に指示を伝えた。



~病院~


「あ!!!!」


「え?どうしたの母さん?」


ふとベットの母から視線を逸らした時に、母の異様な声が僕の耳に入って来た。

その声に反応して僕は、ベットの母に目を移した。

母は声を発した後、急に静かになった。


『ピーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー』


「か、母さん!!す、すいません!!!!誰か!誰か!お願いします!母さんが!!!」


僕は大声で部屋の外に、助けを求めた。

この処置室には入院部屋の様に、ナースコールがついてなかった。


「どうしました・・・!!!いつもさん?いつもさん?おい、人工呼吸・・準備急いで!」


「はい!」


僕の声で駆け付けた医師と女の看護師が、母の救命処置を開始した。

たった今まで僕と話していた母は、静かになった。


「おい、キミ!AED(自動体外式除細動器)を急いでッ!」


「は、はい!」


入れ替わり立ち代わり、人が慌ただしく僕の目の前を行き交う。

その喧騒とは逆に僕の心は静かだった。

目の前の嘘のような、ドラマのような一コマのような出来事に・・・ただ茫然と立ち尽くすだけだった。

そう、僕はあまりにも無力だった。


「息子さん、危ないですから!離れていてください!」


「AED準備できました!」


僕は傍観者の様に、部屋の入口へ追い出された。


『ドン!』


「どうだ?」


「・・・いえ、脈・・回復しません!」


必死な蘇生活動が、母に施されている。

皆が必死で、僕は目から出る涙を止める事が出来なかった。


『ピーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー』


僕の中で諦めの様な感情が湧き上がっていた。



~ライフ達~


「死屍死屍!見てみろよ!あのブサイクな顔!死屍死屍!コイツは待った甲斐があったぞ!死屍死屍!楽し過ぎるだろ~♪な、お前たち?」


「は!間違いありません!ライフ様!これでドクターSも歯ぎしりするでしょうね!ハハハハハ!」


ライフと部下たちは、病院の映像を見ながら大笑いしている。

まるでお笑い番組を見るかのように、彼らにはそれが普通の感覚だった。


~病院~


『ドン!』


「どうだ?」


何度も懸命な救命処置が行われていた。

そのたびに母の体は大きく跳ね上がっている。

誰もがあきらめようとしたその時、奇跡が起こった!


「あ、わたし・・・ぎ、銀河・・・ねぇ・・・ぎんが・・・」


先ほどまで死の淵をさまよっていた母が、かすかに瞼を開けた。

入口に立ち見ていた僕は、その事に気がつけなかった。

処置をしていた医師や女性の看護師たちが、一斉に僕の顔を見た。

部屋の中に道ができ、僕は母の元に向かった。


「だ、大丈夫?母さん!!良かった!!良かった!!」


僕は涙を流してブサイクな顔で、一生懸命に母の無事を喜んだ。


「あ、悪運がつよいのよ・・・か、母さんは・・。・・・銀河・・・泣いてちゃだめよ?い、いつも言ってるでしょ・・」


「・・・わ、分かってるよ・・・いつも心に銀河をでしょ?」


今の僕の心の銀河は、涙で染まっているだろう。

だけど、こうして母が無事でいてくれることが・・何よりだった。


「ふ、ふふ・・・・かわいい・・・わたしのぎんが・・・あなたは・・私の・・・すべてよ・・・そう、わたしの宇宙・・・」


「・・良かった・・・良かった・・・・」


僕は奇跡の生還を果たした、母の両手をギュッと握りしめた。


~ライフ達~



「あ?なんだこれは?死んでおらんではないか?死屍死屍・・・どうなっておる?」


「は!ただ今確認を!」


モニターの前の部下達と雨間が何やら話を始めた。

数秒後、ライフが座る椅子の前で片膝をつく雨間。


「申し上げます!ナノボットがすこしズレていたようです。ま、死にたくないこの女の悪あがきでしょう!ですが、今度はちゃんと殺しますので、ご安心ください!ライフ様!」


「死屍死屍・・・大丈夫だろうな?今度しくじったら・・・お前の首が飛ぶと思えよ?死屍死屍!」


ライフの問いに、自信ありげな表情を見せる雨間。

口元を緩ませてライフに語りかける。


「は!実はこのナノボットにはもう一つ機能がありまして・・・・先ほどは血管内のプラークを増殖させるように脂を集めて、血栓を作っていたのですが・・・今度はナノボットの先端部分を、このドリル状に変化させ、血管内に穴を開けていきたいと思います!

これで確実にこの女は出血で死ぬでしょう!ハハハハ!」


「死屍死屍!それは楽しそうだ!違うパターンが見れてワシはドキドキしているぞ!死屍死屍!」


雨間はライフに褒められて、嬉しそうな表情を見せる。


「では、やれ!」


雨間はモニターを操作する部下たちに、指示を出した。



~病院~


母の様態も安定して、取り付けられている心電図も一定のリズムを刻んでいる。

処置室内の医師や看護師たちには、安堵の表情が出てきた。

その時・・・・。


「!!!がっ・・・あ・・・・ぁ・・・」


手を握っていた僕の目の前で、母の体がビクリと動いた。

うめき声の様なものを発した直後、母は目を閉じ動かなくなった。


『ピーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー』


処置室内に絶望の音が鳴り響いていた。



「ど、どいてください!くそっ!もう一度、蘇生を!急げ!」


「は、はい!」


先ほどと同じような、映像が僕の目の前で流れ始めた。

・・・・・・・・・・・・・・・、なんどもなんども・・・。

母の体は大きく跳ね上がっている。・・・・あ・・・かあさん・・・。


「・・・どうだ?」


「・・・だめです・・・かいふくしません・・」


「だめ、ですかいふくしません・・・・」


『ピーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー』


ぼくのこころはぜつぼうにそまった。


「も、もう・・・・いい・・・です・・・かあさんが・・・かわいそうだ・・・」


ぼくはははをころすそのことばをくちにした。


あああああ・・・・あ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。


ぼくはひとごろしだ・・・このひぼくは、ははをころした・・・。

だれもうらんでいないし、おかねもいらない・・・かあさんをかえしてくれ・・・。

だれか・・・・だれか・・・・だれか・・・・・。


僕はこの日・・・・独りになった。



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