《12》midnightは誰のモノ?

 目に映るものが無い人にとって、音という存在はとても重要だ。優しい音色を発するものになものは殆ど無い。あるのは安全か死のどちらか。鋭い音にはみんな警戒するからだ。優しい音は人を無防備にする。だから私は「目」を持たないとき、優しい音色には近づかない。ただじっと踏みとどまって、音色が無くなるか新しい目が現れるのを待つ。


 そういう意味で、今私はとても警戒してる。隣には会いたかった声と初めましての声、そして向かってくる多くの足音。そのどれもが私に対しては優しくなかったからだ。


「そいつで撃って!」

「どけコイツら!」


 戸越さんの叫び声と一緒にバチバチとした音が何個か飛んでいくのが分かった。そうすると足音の数が減って何回かそれが繰り返された後、戸越さんはまた早口で何かを叫んで私の肩を抱えて体を起こしてくれる。


「ちょっと待って!待って戸越さん!」

「お前も自分で歩け、足は動くんだろ!?」

「へ?……あぁどうかな……」


 言われて初めて意識してみるけど足の感覚はあってもどうにも踏ん張ることができない。足の裏から太ももの根元まで、もっと言えば首から下全部に何か柔らかいものが張り付いていてそれに力が吸われているみたいな感覚。

 両肩を男の人に抱えられながら時々足裏を擦る地面を蹴りつけて気持ちだけでも手伝おうとしていると、さっきみたいなけんか腰の叫びが何度か繰り返された。


 そして近付いてくる足音は殆ど無くなって戸越さんの息遣いが荒々しくなってくると、頬に当たる空気と鼻に流れ込んでくる匂いが大きく変わって外に出たのだと分かった。


「あぁ、ありがとう、ございます……もう下ろしても、」

「あぁ!重い!」


 自分で言ったとしてもなんだか看過できない発言が聞こえたけど取り敢えず今は黙っておくことにした。

 ゆっくりと下ろしてもらった地面の感触は確かに駅前のロータリーと同じだったけど、それよりも汗だくの首元がとても気持ち悪くて少しづつ動き始めた両手で仕方なくぬぐう。


「……元気そうだな」

「え、えぇ……まぁ。何か変?」

「いや……何でもない」


 どうにも気まずそうな心持が声に交じっている。さっきの言葉を気にしての事なら嬉しいけどどうやらそうではないみたい。

 

 グラスが無いと本当に不便だ。どこに行ってしまったのか。そもそも何で自分がこんな場所にいるのかも分からない。感覚を取り戻し始めて軽く足首を回して体をほぐしながら、戸越さんにここがどこなのかとりあえず聞いてみることにした。


「どっか、駅だよ……どこだ?」

「鳴海駅ですね。警戒線から400メートル内側です」

「えっ!」


 さっき初めましてだった声に補足してもらってようやく自分の立ち位置が分かる。気を失う前はウチの前の車道にいたはずだから大体50キロくらいの距離を私は移動したらしい……。そんなことある!?それに警戒線って言葉を聞くとやっぱりこの街中に漂ってる空気は何かしらトラブルが原因してるんだよね?

 気になることと教えて欲しい事と教えて欲しいことを考える事で頭の容量はもう既に満タンだ。だから取り敢えず一番つつきやすい部分から箸をつけさせてもらうことにした。


「……戸越さんはどうして?もう帰宅令の時間に街に?」

「……今はいいだろ。取り敢えず立ってくれ、ここは落ち着ける場所じゃない」

「ん?待ってください!」


 呼び止めるもう1人の声の裏側からサイレンの音が近づいてくるのが分かった。まっすぐにこっちに向かってくる音がすぐに大きくなってエンジンの音と一緒に止まると、ドアの開閉音と一緒に2人分くらいの足音が地面に触れて出て来たのが分かった。


「警務省特務監察委員の者です。牧田京弥大査ですね?」

「何の御用ですか?」

「とぼけないで頂きたい!捕縛容疑者の逃走ほう助、及び機密情報の独占で貴方を拘束させていただきます!」


 何やら穏やかではない雰囲気が立ち込めてきた。一緒にいた彼は警察の人だったらしいけど、何かダメなことをやったみたい。そして前に進み出て話を聞いている彼越しに、キツめの口調で責め続けるパトカーの警察官がこっちに視線を向けたのもなんとなく感じられた。


「黒のボディスーツ。腕部のガントレットに散弾射出機、付近の警官隊の目撃証言と一致します!」

「とうとう尻尾を出したな、これだからインテリは信用できん。1課の連中も含めてな」

「私と一緒にされては彼らも不服でしょう」

「黙れ!指揮所まで連行する、そこの容疑者たちも一緒にな!手を挙げて地面に伏せろ!」


 敵意が一気に鋭さを増した。見えなくても何かしらの道具で脅されてることが分かるくらいに場の空気はパンパンに張りつめてる。くしゃみの1つでもしたらさっきのビリビリみたいなものが飛んでくる!

 戸越さんは黙って息を鎮めようと必死だ。でもなんでそんな危なそうな人と一緒にいたんだろう?


 考えている内に止まっていたようにまで感じた時間は、助けてくれた警官の人の一言で動き始めた。


「分かりました……。ですがその前に1ついいでしょうか?」

「言い訳は所で聞く!」

「あまりに慣れ過ぎない方が良い」


 ディンディィン!!!と痺れる音が2つ聞こえると地面に肉と布のぶつかって擦れる音も2人分聞こえてきた。


「ありがとございます小暮さん」

「……これからどうするの?あんなのがいるし……」


 また新しく増えた不安そうな声の意識はこっちに向けられてる。「あんなの」っていうのは戸越さんの事?それとも私?いづれにしてもいわれのない呼ばれ方だけど一応はピンチを救ってくれたみたいだ。


「ありがとう……ですよね?」

「!!!……うん……」


 やっぱり何故か警戒されている……。


「ここまで大規模な作戦行動中だと無線機器やGPSもフル稼働してるはずです。こちらの位置もバレてるでしょう。彼らには2人だけで行ってもらいましょう」

「行くって、どこに行けばいい?都庁の避難所は空いてないのか?」

「先程、特警の指示で都心外部への主要道路は全て封鎖されました。町の外への道にまで手を回している以上、都心部で監視の目から逃れるのは不可能でしょう。国道沿いを避けて封鎖線の薄い場所から港側に抜ける道を教えます。そこに向かってください」

「どうして助けてくれたんですか?なんというか、警察に追われるようなことしたんですよね私達?」


 頭で理解していなくても直感で自分の状況を口に出してみるとさっき警戒していた人が驚きの声を漏らすのが聞こえた。そしてその後に助けてくれた人は変わらない様子で続ける。


「私は、警察としては不出来ですので。好転する要素はたとえ支持されなくても使いたいんですよ」

「好転する要素?」

「後の事は心配しないで、出来るだけ都心から離れてください。ただし他の警官には見つからずに。いいですね?」

「……分かりました!行きましょう戸越さん!」

「……」


 返事は無いものの再び私の肩を抱えて体を起こしてくれた戸越さんは行く道の説明を受けて歩き始める。後ろに遠ざかっていく気配はすぐにこっちに意識を向けなくなっていたけど、あの人たちの無事を願うこの気持ちがあれば今の自分のグラついた境遇なんて気にならずに済みそうだった



#################



 歩き始めてから30分ほど経っただろうか?目に映る景色は代わり映えしない。道順を忘れていないか心配になるほどだったが背後に見える都庁ビルの巨影が遠ざかり続けているとこからして間違ってはいないようだ。


 隣にはアイツがいる。地面にはもうすでに自分の足で立てるようになってはいるが流石に視界を確保できないままこの状況で1人で歩かせるには危険すぎるので僕が肩を貸し続けている。


 都心近くのからのオフィスビル群から周りの景色の背が縮み始めてきた。目に入ったバスロータリーのベンチで一時休憩をとる。流石にコレを抱えながら歩き続けるのは一般人にはこたえるな。


「はぁー……」

「だ、大丈夫……?」

「……っはぁ、知らないよ。もう生きてるだけで大丈夫な気がしてきた」

「ウチから出て行ったあと、どうしてこんなことに……」

「……僕も聞きたいくらいだよ。今は見えないんだよな?」


 赤い瞳は隠されること無くこっちに向けられたいるがその色は鈍く燻ぶっている。前までその前に鎮座していたサングラスが掛けられていないということは、コイツは真っ暗闇の中であんな動きをしていたっていうのか……?というか……


「本当にお前、大丈夫なんだよな?」

「?、何が?」

「……急に僕に殴り掛からないかってことだ」

「なっ!殴るだなんて!?私がそんなことするような人に見える?」


 そうは言うがその当の本人の拳は「何かしら」が発射されたような穴ぼこや、どこからか拾ってきただろう付着した合成燃料にまみれていた。身に付けている本人は気付いてはいないだろうが胸や腕回りなどの身体本体のシルエットからは浮き出した機械的な部分には拳状の凹みや弾がめり込んだ跡なども見える。


 付けたのは駅でやりあっていたもう1人だろう。そしてあの時のコイツは今とは全くの……、紛れも無くあの夢の中で見たコイツだった。。


「……悪い、忘れてくれ。聞いた道順ならこのまま進めば大昔に使われてた路地を通って海に出られるみたいだ。そこまで頑張ろう」


 辛うじて動かせそうになってきた体をやっとの思いで引き起こして彼女に手を差し伸べた。のだが、その時の彼女の姿に僕は面食らってしまった。


「っ、……どうした?」

「……分かんなくて。どうしてか、急に……止まらなくて」


 汗ばんだ柔肌を雫が3本、線を描いて伝い落ちていく。何か拭くものをと思い自分のあちこちをまさぐってみるとズボンの後ろポケットにハンカチが1枚入っていた。椅子と尻の間で挟み込んでいた物は少し気が引けたが背に腹は代えられず、小さく折りたたんだソレ越しに彼女の頬に触れた。


「悪い、少し触るぞ」

「あっ、ごめん……」


 微妙な静寂がほんの一時続き、吹き付ける風が勢いを増し始めた。ハンカチをしまって焦りで乱れ待機を整えようと深呼吸する。


「……アレから少し考えてたんだ」

「何を?」

「君の事。朝からのごたごたで忘れかけてたけど、結局はただそこに居合わせただけで、やっぱり私と何も関係なんてないんじゃないかって」

「俺はっ――」

「やっぱりそうだと思った!幻に浮かされて貴方を巻き込んでしまっただけで、私とあなたは只の他人なんだって。別れた後考えたの」


 そう言いつつ彼女の顔にはネガティブな感情は感じられなかった。覆われた掌で涙の痕を軽くぬぐうと僕の声の元に向き直って彼女はもっと分かりやすく笑みを向ける。


「でもこれでもう他人何て言えないよね。こんな戦争チックな状況で、たくさんの危険を一緒に潜り抜けて来たんだから。もう友達位のレベルには達してるって、そう考えたの!」

「なっ!?」

「だから……これっきりにしないで。お互い足場がグラグラなら、手を取って支え合おう。その方が楽だもん!ね?」

「……考えとくよ」


 少しばかり見慣れてきた能天気な表情筋の内側に先程までの破壊者の顔がのぞけたような気がして、僕は少したじろいでしまったが、考えすぎだと思うことにした。

 駄弁りを終わらせて再び安置を目指すために僕らは二人三脚で歩を進め始める。


 無人の大通りの端を通り、路地やビル風に乗せられて飛んできた荒事の音を小耳にはさみながら警察の巡回に見つからないように進んでいき15分程。市電が通っていた使われていない高架橋の下、暗がりの広がるトンネルが奴から教えられた最後の目印に到着した。おそらくここまでが封鎖されている範囲なのだろう。奴の話通り警官の影は見えない。


「もうすぐだ」

「安全な場所ですか?」

「まだマシってとこだろうけど。デモ隊と警察で警察の方から逃げなきゃならないなんてどうかしてる」

「私もそう思う……ん?」


 彼女の語尾の違和感に気づく前に僕の後頭部には衝撃が走っていた。硬い平らな物で真正面に推し飛ばされて肩を貸していた彼女の躰も同じく前に倒れ伏せる。


「コイツだ!清州側の連中を全滅させた奴だ!」

「間違いないのか?」

「装備も背格好も報告通りだぞ。貸し出されたアイツとほとんど同じだ。頭は少し違うみたいだが」

「!?おい、女だぞ!」


 痛みすら正確に感じ取ることができない程の眩暈と耳鳴りが頭を包み込んでいる。頭の中の騒音を飛び越えて届くほどの大声で叫びながら現れてきたのは3人の男達、服装は統一感が無く防寒着の上にはベルトとライフルの様な武器を同じく携えていた。デモ隊の連中だ。


「戸越さん?戸越さんどうしました?!」

「コッ、コイツ喋ったぞ!」

「早く黙らせろ!何しだすか分かんねぇ!」


 ガシャっと金属が擦れる音が聞こえ奴らが銃を向けていると本能的に察知すると、僕は頭とは別の指揮系統からの反射信号によって体を起こし、音の鳴った方向に飛び掛かった。


「オイちゃんと殴れ、まだ意識があるぞ!」

「構わんソイツも仲間だろ、やれ!」

「んぐぅっ」


 腰に抱き着くように飛び掛かった僕に対してその体勢から膝蹴りが2発お見舞いされた。みぞおちに命中して僕が苦悶の声を漏らし力を緩めた隙に目の前の男は僕の体を振り払って地面に叩きつけ両手に握るソレの銃口を僕に向けた。


「止せっ……」


 ダン!ダン!


 2つの爆音があおむけに倒れた僕の真下で鳴り響いた。直後に1つの火花と1つの血しぶきが上がり、撃ち抜かれたのが僕の左腕だということが自覚できると、腕全体を火あぶりにされているかのような熱さと虚脱感に襲われ始めてうめき声をあげる。


「がぁああ……」

「ここで撃つな、警戒線の真横だぞ!すぐに駆けつけてくる」

「その前に始末をつけるさ、コイツにも!」

「やっ、めろ……」


 腕の熱さとは別に、其処以外の全身からは急速に熱が失われつつあった。腕から流れ出る物を抑えて絞り出せる限界の声で目の前の奴らに呼びかけるが、次第に視界まで暗く落ち込んでいく。寒さと痛みに飲み込まれ僕の意識は彼女を目の前に捉えたまま消え去っていった。





















「戸越さん!」

「覚悟しろ……お前のせいで計画が……」

「一撃で決めろ、頭を狙え!」


 胸が裂ける。頭が割れる。見慣れた暗黒のまま地面に倒されて、恩人のうめきが近くで弱弱しくなっていく中、私のナカで誰かが動く。


 誰?私を勝手にのは誰?


―イイんだよ?―


 声も、匂いも、痛みも、叫びも。慣れ親しんだ目の前の暗闇に吸い込まれていく。助けなきゃ……でもどうやって?


―イイんだよ?―


 手を伸ばす。前に、ただ前に。そして掴む。目の前を、ただ掴む。

そしたら後は簡単だ。


―コワしちゃってイイんだよ―


 そうだ、ヒドイ奴らは……



―『HM《ハイパーマニューバ》、戦闘稼働開始』―




















#################



「説明してみろ、この失態を!」


 真冬の路面を進む装甲パトカーの中で特装1課、さかき勇吾ゆうごはその様に詰め寄る。相手は今しがた応援を要請し負傷した特警2名の搬送手配を終えた牧田であった。

 5名の班員が一堂に会した兵員スペースで行われている私的な査問の内容は牧田が市街で暴れている未確認人型兵器の同型を特警の隊員たちと協力し一時捕縛したものの、報告を怠り尚且つ隊員たちを負傷させ取り逃がしたというものであった。


「……今言ったとおりですよ。ご心配なく、責任は取りますので」

「当たり前だ!」

「間違いなくそいつは、栃木のアイツと同じだったのか?」


 席に腰を下ろし自らの武器の点検をしながら1課実働班班長、仁藤にとう圭介けいすけは牧田に尋ねる。質問の最中もその手元ではマガジンへの装弾作業が滞りなく行われていた。


「はい。ディテールや兵装、搬出時に計測したデータから見て出力、材質、構造と、かなりの点が酷似しています」

「そこまでしておきながらみすみす……」

「しゃしゃり出るな榊。黙って点検済ましとけ」


 先輩である相良さがら雄一ゆういちにたしなめられ渋々自らのスペースに戻っていく榊。車は負傷者を搬送する救急車両の護衛の為に封鎖線外の病院まで同行し、再びデモ隊本隊の鎮圧の為に現場に向かって進んでいた。


「今暴れている奴も恐らく同型のタイプだろうが、こちらはデモ隊への鎮圧部隊を片っ端から荒らしまわっているらしい。恐らく向こう側の戦力とみて間違いないだろう」

「奴は今どこに?」

「港区内で付近の警官隊に目撃されてる、がここ数分は新たな被害報告は来ていない。通信がパンクしてるだけかもしれんがな」

「どっちにしろスーツもも無きゃ太刀打ちできませんね」

「有ってもだ。あれは人間が相手出来るもんじゃない……」


 三国の現実的な意見に対して相良がマイナス方面での補足を加えたところで車内の無線に緊急入電が入る。


―警視総庁各員、第6封鎖線付近にて所属不明兵器による襲撃の可能性、死傷者多数。最寄りの部隊は現場に急行されたし―


都心近くから沿線沿いに元の配置場所へと戻ろうとしていた1課の元に届いた連絡に仁藤が応答した。

 対暴徒用の液化弾薬とインパクトナックルを全員が装備し終わり外へと出た彼らが目撃したのは惨憺たる光景であった。

 高架下一帯には現場検証用の封鎖線が貼られ路面はテニスコート1面分に匹敵するほどの広さまで血が広がっていた。隅に置かれた冷却ボックスに血の跡が続いていることから、被害者たちの亡骸が死体袋でまとめられる程キレイな死に様ではなかったことが想像できる。


「あぁ、仁藤中部……」

「例の人型か?」

「区画の避難完了指示が届いていたので皆を第7封鎖線に移動させようとしていた際に隊員の1人が爆発音を聞いたんです。大至急急行したのですが到着した時にはこのありさまでして。申し訳ありません……」

「謝罪より情報が欲しい。被害者は?」

「中京都在住資格リストからは名前が見つかりませんでした。恐らくデモ隊の一味でしょう。30メートル先で血痕のついたBEXライフル3丁も見つかっています」

「全員死亡か」

「いえ、負傷者が1名発見されて今はそこの救護車に。左腕に銃創が1つ、出血が激しく今は鎮静剤と輸血で落ち着いています」

「分かった、すぐに負傷者の搬送に移れ。残りの署員で動けるものは至急対策本部に向かえ!デモ隊への抵抗に人が足りない!」

「……!?班長!」


 他の警官たちと警戒に当たっていた相良の呼びかけに仁藤が向かうと乗ってきた装甲パトカーの無線に連絡が入る。それは本庁の対策本部から全車両への一斉送信であった。


―警視総庁各員、ジオフロント第4昇降所にデモ隊が集結しつつあり。付近の隊員は現場に急行せよ!―


「……いよいよ来ましたね」

「ここにきて本筋の計画実行か。オマケが本編に見える規模だな……」

「地上の2足戦車ゴブリンどもは全機沈黙させています。中身がトーシロですから、ほとんどの被害はあの人型兵器だ」

「本隊の護衛に付いてる可能性が高い。榊、小暮と一緒に近く署までカッ飛んで集め集められるだけの装備を集めろ。残りは陸路で防衛ラインと合流するぞ。急げ!」


 仁藤の号令で周りは一斉に行動を再開した。特別防災区画も兼ねるジオフロントは要人や特別納税者たちの居住区も併設されており、一度侵入を許せば外部から奪還することは不可能に近く、あらゆる要求にも応じざるを得なくなることが予期される。警視総庁並びに中京都の所轄員は残る戦力を結集させて過剰ともいえる戦力を保有するデモ隊との正面衝突に備える為に最後の行動を開始し始めた。


「相良さん……」

「おう、小暮さんを頼む。お前が守るしかないんだ頼むぞ」

「また、誰か欠けたりしませんよね……?」

「そのための訓練だろうが!いいから救護班の撤収も手伝え!病院まで先導しろ!」


 先輩からの激励を受けて榊は救護テントに駆け出して行く。

 闇夜に吹く風は遠巻きで燻ぶる炎の熱を孕んでもなお凍てつき、警官たちの熱を蒸気に混ぜて奪ってゆく。およそ1分弱の撤収及び急行準備を終え温まったエンジンがタイヤを回し始めると、彼らはそれぞれの流刑地に続く晩秋の闇に消えていった。



#################



 首都にて正に未曽有の市民活動による炎が上がっている頃、富山県内北陸自動車道を疾走する1台の電気自動車があった。不安交じりの表情と荒い息を押し殺しながら運転を続ける秘書の後ろで窓の外を流れる景色にじっと目を向けているのは外務省の山岸やまぎし事務次官である。


「本当によろしいんですか……?」

「伝えないという選択肢は無い。後回しにすれば取り返しのつかないことになる」

「ですが、戻るには余りにも危険な状況かと……」

「遅かれ早かれ、アレが漏れれば国民の混乱は計り知れん。であるならマスコミ連中のレンズに通される前に私の口から伝える方がいいだろ」

「……事務次かっ、」


 会派は唐突に中断される。音も無く放たれた一筋の軌跡がハンドルを握る秘書の側頭部を貫き、言葉も無くうなだれる秘書に替わって車は自動運転に切り替わる。


「なんだ!?」


―警告、この道路での無人制御は禁止されています。法律に基づき車両を緊急停止します―


 ブレーキが緊急作動し車両が停止すると道路からの法令プログラムによる電波干渉で車の電力がシャットダウンされた。真夜中、対向車も先行車も付近には見られず、山岸は秘書の亡骸と共に高速上に取り残されることとななり、更に秘書の命を奪った銃口を避けて車両から出ることもできない。

 数秒後、後続車の気配を感じ山岸は逡巡するが、車両の音やヘッドライトから相手がこの車の真後ろで止まったのを確認すると、彼は警告のクラクションか銃弾が飛んでくる前に自分の意志で車両から外に出た。


「外務省事務次官、山岸翔だな?」

「だったらどうする?」

「この国の未来の為の礎となってもらう」

「笑わせるな。私なぞお飾りの繰り上げにすぎん。私を殺したところで、それこそ今の日本のの中から新しい者が選ばれるだけだぞ」

「……それはご心配には及びません」


 ヘッドライトが煌々と輝く先で開け放たれた扉から出て来たのは山岸にとって見知った姿聞き慣れた声、そして初対面の思想を曝け出しながらこちらを見据える既知の息子であった。


たぐい……!」


 乾いた空気を激しくも柔らかな熱波が切り裂いた。放たれた12ミリ拳銃弾や旧式の5.56達によって貫かれ尽くした山岸であった者の躰は数秒でその動力源を失って冷たいコンクリートに倒れ伏せる。仕事の大半を終えた取り巻きは遺体を自分たちの車に引き上げ道路を洗浄し、山岸が乗ってきた車の牽引作業に移り始める。


「お疲れさまでした山岸さん。ご安心ください、貴方の仕事はの手に戻るだけですので」


 同行したトレーラーによって遺留物の一切が運び去られる。乾ききった路面に一瞬視線を落とすと、安藤は何事も無かったかのように再び乗ってきたハマーの後部座席に乗り込み、炎舞う首都に背を向けて、命無きメガロポリスに向けて舞い戻って行った。


 


 

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