第6話:菜食主義

 リリアと、ゴレアに乗ったキラクは、森の深部を目指して歩く。

 日が落ちる前に、少しでも進んでおこうという考えだ。

 幸い、スカッチャーやその他の獰猛な生き物には出くわしていない。

 まぁ、それもそのはず。

 キラクの乗り込んでいるゴレアは全身金属体で、ヴーンという奇妙な音を絶えず出していて、どこからどう見ても森にはそぐわない、異質な存在だ。

 そんなものに、自ら近付こうとする生き物などいないだろう。

 ただ、二人の歩みは遅い。

 キラクが、目に入る植物や動物、鳥や虫に興味を示し、その都度立ち止まるからだ。


「ここは宝の宝庫だ。百年に一度の花を見つけた後には必ず、全部調べ尽してやる」


 独り言のように、そんなことをぼそぼそと言い続けるキラク。

 少しばかり、気味が悪いなとリリアは思うが、そんなこと今更言っている場合ではない。

 普通に考えれば、キラクの身なりや性格は、王都では犯罪人に値するようなものだ。

 こういう、何を考えているのかわからないような、根暗で、陰険そうな犯罪者を、リリアは何人も逮捕してきた。

 ただ、そんなことを思う反面、リリアはキラクのことが羨ましくもあった。

 リリアの知らない事を沢山知っていて、それを覚えていられる能力がキラクにはあるからだ。

 リリアはよく、中央保安局の役人にこう言われていた。


「もう少し考えて行動しろ!」


「もっと情報を集めて、ちゃんと頭で覚えておけ!」


「そんなことも知らんのか!?」


 要はリリアは、考えたり、記憶したりすることが、とてもとても苦手なのだ。

 それに、感情論で生きている故に、論理的な思考というものが働かない。

 だから今回も、考えるより先に体が動いてしまい、気が付けばこんな事になっている。

 自分も、少しでいいから、キラクのように頭が良ければ……、そう思っていた。


 けれど、後悔はしていない。

 今までだって、この性格で、この能力で、なんとかやってきたんだ。

 今回だって、何とかするしかない!


 リリアは、また感情論で物事を完結してしまっていた。






 日が暮れて、足元がよく見えなくなってきたため、二人は歩みを止めた。

 昨晩、キラクがリリアに与えたシェルターは、裏にボタンがついており、それを押すともとの四角い箱に戻った。

 つまり、持ち運び可能で、何度でも使えるということだ。

 リリアは、昨日と同じように、四角い箱のボタンと押して、シェルターを出す。

 キラクは、シェルターの隣にゴレアの腰を降ろす。


「はぁ……。今日はよく歩いた」


 ゴレアの中から、疲れたようなキラクの声が聞こえた。


「え……? あんたは歩いてないじゃない?」


 怪訝そうにリリアが言う。


「阿呆め……。言ったろう? ゴレアは俺の放出する体温で動くんだ。ゴレアが沢山歩いたという事は、俺自身が沢山熱を作ったという事だ。熱を作ることは容易ではない。腹がもう、パンパンだ……」


 キラクは、見るからにぐったりとしている。

 そう言えば、今日は一日中歩きっぱなしで、キラクは一日中、スナック菓子をほおばっていたことを、リリアは思い出す。

 お腹が空いて仕方ないリリアと、お腹がいっぱいで仕方ないキラク。


「そんなに辛いなら、明日は私が変わってあげようか? ゴレアの使い方、教えてよ!」


 冗談で言ったつもりだったが、キラクに冗談は通じない。


「阿呆め。お前なんぞにゴレアは操作できん」


 冷たい目で一瞥されるリリア。


「そんなのやってみなきゃわからないでしょっ!? それに、座りっぱなしって体に良くないよ。一回降りれば?」


 少しばかりイラッとした様子で、言い返すリリア。


「嫌だ。地面に降りるなんて絶対に嫌だ。何が起こるかわからん」


 急に警戒したような目になるキラク。


「何が起こるかって……。そんなこと言うなら、火を焚けばいいのよ。ちょっとくらい大丈夫なのに……」


 口を尖らせるリリア。


「火は駄目だ。獣は怯えて遠のくだろうが、植物に燃え移れば大惨事になる。こんな森の中ならなおさらのこと。一度燃え移れば、この森は一夜のうちに灰となり、消えてなくなってしまう」


 キラクの言葉に、リリアはうんざりした顔になる。

 そんな、極端な事にはそうそうなりはしないと、リリアは思っている。

 それに、空腹が限界なのだ。

 健全な体の女が、丸三日、苺と水しか口にしないのは少々無理がある。

 リリアは一人シェルターを離れて、近くの川まで歩く。

 唯一手元に残っていた、簡易な皮袋に水を入れる。

 川は無数にあるので、水に困る事はない。


 あとは食糧さえあればいいのだが……。


 リリアは、暗い川の底を、銀色の背ビレを光らせて泳ぐ魚を、渋い目で見つめる。


 キラクさえいなければ、この魚を捕って食べるのに……。


 そんなことを思いながら、魚を諦めて、地面にある苺を少しだけ口に入れ、シェルターへと戻った。


「どこに行ってた?」


 キラクの言葉に、リリアは無言で水の入った皮袋を見せる。


「お前、よくそのまま飲めるな」


 顔をしかめるキラク。


「どういう意味?」


 汲んできたばかりの水を飲みながら、リリアが尋ねる。


「濾過装置なら持っているぞ。貸そうか?」


 珍しくキラクが提案をしてきたが、リリアには濾過装置が何なのかがわからない。

 難しい言葉だから、きっと面倒臭い物なのだろうと思い、リリアは首を横に振る。


「それにしてもお前、本当に、丈夫な体をしているな」


 キラクの言葉に、その視線に、リリアは恥ずかしくなる。

 キラクは、露出だらけの、リリアのぱっつんぱっつんの体を、ジロジロと見ているのだ。


「なっ!? 見ないでよっ!」


 顔を赤くして、キラクを睨み付けるリリア。

 そんなリリアに対し、キラクは目を細め、呆れた顔になる。


「安心しろ。俺は基本、菜食主義だ」


 そう言って、キラクはゴレアの中の座席の背もたれを倒し、横になってしまった。


 菜食主義って……、私は肉の塊でしかないってことっ!?


 言い返すタイミングを失ってしまったリリアは、何とも言えない複雑な感情と共に、シェルターの中へと入った。






 それから、二日が経った。


 相変わらず、キラクの好奇心のために、二人の歩みは遅い。

 それに加えて、リリアの体には異変が生じていた。

 妙に体が熱く、目の前がぼんやりするのだ。

 しかし、栄養不足による衰弱だろうと思い、深くは考えていなかった。


 肉が食べたい……、肉があれば何とかなるのに……。


 リリアの頭の中には、それしかなかった。

 しかし、肉となる獲物などどこにもおらず、たとえ現れたとしても、キラクの前では狩りをさせてもらえないだろう。


 キラクはと言うと、普段通りなのだが、いつも以上に熱を消費するために、こちらもやや疲れていた。

 熱を消費するということは、脂肪を燃やすという事にも繋がる。

 やせ細っているキラクの体には、脂肪などほとんどなく、キラクもリリア同様、命を削りながら森を進んでいるのだった。


 リリアは、焦っていた。

 自分に残された時間は、もうさほどないはずだと……。

 早く、アーシードラゴンの角を手に入れて、帰らなければ。

 その思いだけが、リリアの足を動かしていた。


 しかし、とうとう限界がきた。

 足元の石に躓いて、転んだリリアは、そのまま動かなくなった。


「ん? ……おい、どうした?」


 目の前でパタリと倒れたリリアを見て、キラクが口を開く。

 しかし、返事はない。

 リリアは既に意識を失っている。


「おい……。白昼堂々、そんなところで寝るな」


 キラクは、リリアの異変に気付かず、悪態をつく。

 しかし、それでも返事がない。


「お前……。何の真似だ? 俺をからかっているのか?」


 キラクは、少しばかりイラッとして、語尾を強める。

 しかし、やはり返事はない。


「おいっ! 起きろっ! 寝るなっ!」


 怒鳴るようにそう言って、ゴレアの腕をリリアに伸ばした。

 リリアの体を、左右に揺さぶる。

 しかし、返事もなければ、何の反応もない。

 さすがにおかしいと感じたキラクは、ゴレアのクオスコープでリリアを見る。

 クオスコープとは、目的の生物に照準を合わせることで、その生体の状態全てを知ることができる、超高性能のスコープだ。

 そして、ゴレア内部の画面に映し出されたのは……。 


『栄養不足による体力低下と、免疫低下による寄生虫感染と発熱〈39度〉』


 それらの文字を見て、キラクはぽりぽりと頭を掻く。


 だから、水を濾過しろと言ったのに……。


 心配するより先に、リリアの浅はかな行いに対し、キラクは溜め息をつく。

 そして、ゴレアの上部を開き、キラクは初めて、地面に降り立った。

 ガシャ、ガシャと、鈍い音を立てて、倒れたリリアに近付くキラク。

 なぜそのような鈍い音がするのか。

 キラクの下半身、その細すぎる両足は、金属の機械で補強されているのだ。

 キラクは、ポケットから判子のような物を取り出し、リリアの腕にポンッと押し当てた。

 それはいわば注射のようなもので、リリアの寄生虫感染を治すための薬を投与したのだ。

 それから、リリアの体をまさぐり、シェルターの箱を見つけ出し、ボタンを押して起動させた。

 腕の筋肉がないキラクは、引きずるようにしてリリアをシェルターの中に入れ、そこでふ~っと一息ついた。

 普段、全くと言っていいほど運動をしないキラクにしてみれば、これだけの動作でどっと疲れが出てしまうのだ。


 明日はきっと、筋肉痛だ……。


 そう考え、リリアを恨めしそうに見る。

 しかし、スッと表情を戻して、ゴレアに戻るキラク。

 中のコンピューターを操作し、リリアに必要な栄養素を検索する。

 すると、コンピューターはあり得ないほどの数の栄養素を表示した。

 キラクはまたもイラッとするが、すぐに表情を戻し、シェルターに戻る。

 そして、またポケットから何かを取り出した。

 何の変哲もない、透明の小さなシールだ。

 それを、リリアの額にペタッと貼る。

 シールは、リリアの額に溶け込んでしまったかのように、わからなくなる。

 これは、最新型の発信機だ。

 このシールを貼ることで、リリアのいる位置が、いつでもゴレアで確認できるのだ。


 キラクは、シェルターの扉をきちんと閉めて、ゴレアに乗り込む。

 そして、コンピューターを操作して、この辺り一帯にいる動植物をリサーチする。

 その中でも特に、繁殖率が高く、少々数が減っても絶滅しないであろうものを選び出す。


「仕方がない」


 小さくそう呟いて、シェルターをその場に残し、キラクを乗せたゴレアは森へと入って行った。






 美味しそうな匂いがする。

 あぁ……、肉の匂いだ……。


 リリアは、笑みを浮かべる。


 何か別の、甘酸っぱい匂いもしてきた。

 焼き魚の匂いもするし、ハーブティーのような香りもする。


 すると、目の前に、巨大なテーブルと、沢山の料理が現れた。


 あぁ神様っ! 助けに来て下さったんだ!


 リリアは、急いでそのテーブルに駆け寄る。

 しかし、いくら走っても、テーブルには手が届かない。

 それどころか、徐々にテーブルの上の料理が消えていく。


 やだっ! せめて、一口食べさせっ!


 そう思って、必死に手を伸ばし……。


「待ってぇっ!」


 叫び声を上げ、目が覚めた。

 目に映るのは、見覚えのあるシェルターの天井と、ピンと伸びた自分の腕、何かを掴み取ろうと必死に開いたままの手の平。


「夢……、か……」


 リリアは放心する。


 こんな夢を見るなんて、よほどお腹が減ってるんだ。


 泣きたいのを我慢しながら、体を起こす。

 そして気付いた。


 あれ……? 食べ物の匂いがするっ!?


 リリアは急いでシェルターの外に出る。

 そして……。


「なっ!? なっ!? 何ぃっ!?」


 飛び込んできた光景に、叫ぶ。

 リリアの目に映ったもの、それは……。


「……美味いな、これ」


 念入りに石を積んだ焚き火の上で魚を焼き、大きな葉の上には大量の果物、簡易のコップのような物の中にはハーブティーを入れ、蒸した肉を口いっぱいに頬張っている、自らを菜食主義だと唄っていた、キラクだった。

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