Rare Encounter ~へっぽこ保安官と天才科学者!?~

玉美 - tamami-

第1話:阿呆と言った

 キュイーン、ズドンッ! キュイキュイキュイーン、ズドドドンッ!


 薄暗い森の中で、銃声が聞こえる。

 いくら見上げてもてっぺんが見えない太古の巨木が立ち並ぶ、深く深い森の中を、小さな影が走り抜ける。


「はぁ、はぁ……。くっそぉ~」


 何者かに追われているらしいその影の主は、背後に向けて、銃を撃ち続ける。

 銃口から放たれるのは弾丸ではない。薄紫色の光だ。


 ザザザッ! ザザザザッ! 


 小さな影を追いかけて、茂みから大きな影が現れた。

 その正体は、体長約五メートルの巨体を持つ、この森の生態系の頂点に君臨するだろうと思われる肉食獣。

 鋭く尖った爪と、上顎に四本の牙を持つ、猫科の猛獣、スカッチャー。


「ガルルルル……。ガルァッ!」


 スカッチャーは、入り組んだ巨木の根をものともせず、小さな影に猛突進していく。


 キュイーン、ズドンッ! キュイキュイーン、ズドドンッ!


 小さな影は、器用にも、両足と左手で巨木の幹にしがみついたまま、右手のみで攻撃を続ける。しかし……。


 カチャ、カチャ……。カチャカチャ……。


「あぁっ!? こんな時にもうっ!」


 どうやら、銃が使い物にならなくなったようだ。

 小さな影は、攻撃することを諦めて、幹から飛び降り、森の奥へと走る。

 小さな影を追いかけて、スカッチャーも走り出す。


「ガルルッ! ガルルッ!」


 スカッチャーは、唸り声を上げながら、どんどんとスピードを上げていく。


「このままじゃ……。はぁ、はぁ……。やばいよ……」


 小さな影は、体力の限界を感じ始める。

 すると、前方に、光の挿している、少し開けた場所が見えた。


 あそこで、決めるしかないっ!


 そう思った小さな影は、走りながら、両手に一丁ずつ銃を持ち、ぎゅっと握り締め、力を込め始める。

 すると、二丁の銃は、その側面にある円盤に彫られた魔法陣のような模様の装飾部分を、薄紫色にぼんやりと光らせ始める。

 準備は整った。

 小さな影は、木々の小枝を払い除け、目の前の開けた場所へ、大きくジャンプした。

 光を浴びて、顕わになったその小さな影の正体は、長い銀髪が美しい、女だ。

 女は、空中で、大きく体を捻じり、背後から迫りくるスカッチャーを狙い打つ……、つもりだった。

 後ろを振り返る寸前に、前方にある奇妙な物体が目に入り、女はそのまま地面に着地した。

 目の前にいるそれは、太陽の光を反射して、キラキラと輝いている。

 動物のようでいて、決して動物ではないその体。

 ヴーン、ヴーンと、聞き慣れない音を発している。

 女の前に現れたのは、見たこともない、大きくて丸い金属体。

 それも、かなり複雑な造りで、四肢が生えている。

 大きな球体を本体と考えて、その底に、足のようなものが二本あるのだ。

 それに加えて、動物でいう臀部の部分には大きな細長い、丸い突起物が二つあり、側面にはこれまた金属製の丸い物体を備え付けている。

 その体の至る所から、細い金属製のコードが飛び出していて、複雑に絡み合っている。 

 そして、本体と考えられる球体の上半分が透明で……。

 その中にあるものと、女の目が合った。

 女の目に映っているのは、男。

 首を九十度横に向け、振り向いたような恰好で、こちらを見下ろしている、人間の男だ。

 一瞬の出来事だったが、これが、この物語の始まりとなった。






「ガルルァ~!」


 スカッチャーの唸り声で、女は我に返る。

 そして、背後から襲いくるスカッチャーから逃れるため、目の前の金属体の横を走り抜け、一番近い木にいっきに上る。

 照準を定め、両手の銃で、スカッチャーに狙いを定める。

 しかし、スカッチャーは既に、その金属体に飛び掛かっていた。


 しまったっ! 遅かった……。


 女は、金属体の中にいる男の死を覚悟した。

 しかし……。


 ゴキンッ!


 鈍い音がして、スカッチャーの動きが止まった。

 スカッチャーの両足の鋭い爪が、金属体を切り裂いて……、いない。


「ニャオンッ!?」


 スカッチャーは、女が聞いたこともないような、子猫のような鳴き声を出して、前足が痛む素振りをし、金属体から離れる。

 見ると、強靭であるはずのスカッチャーの前足の爪は、欠けてしまっている。

 そして、金属体には傷一つついておらず、中の男は奇跡的に無事だ。


 どうして!? あれは、ガラスじゃないの!?


 女は、目の前で起こったことが信じられず、困惑する。

 そうこうしていると、スカッチャーはさらに怒り出す。


「フ~、フ~……。ガルルァ…、ガルルルァ~!」


 スカッチャーは、大きく開けた口に見える四本の牙で、金属体に噛み付いた。 


 バリンッ!


 今度こそ、金属体のガラス部分が壊れてしまった……、と、女は思ったのだが……。


「フニャ~~~~!」


 スカッチャーは、悲痛な叫び声を上げた。

 見ると、スカッチャーの四本の牙にひびが入り、一部は砕け散ってしまったのだ。

 金属体の中の男は、涼しそうな顔をしながら、無表情でスカッチャーを見つめている。

 スカッチャーは怯えきってしまい、すごすごと逃げていった。

 男はそれを見て、姿勢を前へと戻し、見慣れぬツルンとした袋の中から、何やらごそごそと取り出して、食べ物なのだろう、口へと運んだ。

 くちゃくちゃと口を動かしながら、何をどうやったのか、女にはわからない方法で、金属体から生えている四肢のうち前方についている腕だと思われる部分を動かして、目の前にある木をいじり始める。

 二本ある金属製の腕は、一本にルーペのような物を、もう一本にピンセットのような物を持ち、木に生えている葉を、まるで宝石を扱うように、慎重に、丁寧に、いじっている。

 一瞬、中にいる男がチラリと女に目を向けたが……。

 すぐに目線を手元に戻し、木々をいじり続ける。

 女は唖然茫然とし、木の幹にしがみついたまま、その不思議な金属体と、その中にいる男を見続ける。

 男は、もう女を見ることはしない。

 金属体の腕を操っているためか、手元をしきりに動かして、何かの作業に没頭している。

 女は、しばらくその様子を見ていたが……。

 あまりに何も起こらないので、ハッとして我に返り、頭を左右に振って、幹から地面へと降り立った。

 そして……。


「止まりなさいっ!」


 金属体の中にいる男に銃口を向け、大声で話しかけた。

 男は、無表情な顔を女に向けて、その赤い瞳で睨み付ける。

 黒くて長い髪は肩の下まで伸び、ぼさぼさ。

 肌の色は青白く、体は痩せ細っていて、まるで病人か死人のようだ。

 陰険といわざるを得ない表情のその男は、女の体を上から下まで観察するように見る。


「銀色の髪に、薄紫色の瞳……。シーラ族か」


 面白くもなさそうにそう言った男の言葉に、女は明らかに動揺している。

 男の言葉が、真実を告げていたからだ。


「そ、そうよ! だから何っ!? あんたこそ、誰よ!?」


 女は、動揺を見抜かれぬよう、平静を装う……、が、声が上擦って装いきれていない。


「初対面の相手に銃を向けるなんて……。非常識極まりないな……」


 男は、視線を手元から外すことなく、独り言のようにぼそぼそと話す。

 会話をしているというのに相手の目を見ないとは……、無礼とはこのことだろう。


「質問に答えなさいっ! ここは国が所有する、一般人は立ち入り禁止の森よっ! 身分証明書を提示しなさいっ! さもなくば、不法侵入罪で逮捕しますっ!」


 女は、強気な口調で続ける。


「逮捕? はぁ……。何様のつもりだ? 俺は怪しい人間に自分の身分を明かしたりなどせん。知りたいのなら、先にお前自身の身分を証明しろ」


 男の目は、氷のように冷たくて、鋭く尖った刃物のようだ。

 女は、明らかに腹を立てているようだが、男の言葉も最もだと思い直す。

 見たところ、男は逃げるつもりもなさそうだし、見下したような表情は気に喰わないが、危険な犯罪者にも見えない。

 それに、今の自分の言動は、人に物を聞く態度ではないと、女は思った。

 女は態度を改め、銃を下ろし、落ち着きを取り戻す。


「悪かったわ。私はリリア。リリア・ローネッツェ。あなたの言う通り、シーラ族の生まれよ。今は、故郷の村を出て、西の王都で保安官の仕事をしているわ」


 リリアと名乗った女は、警戒を解いたのか、両手に持ったままの二丁の銃を、腰のベルトにつけたホルダーに仕舞う。


「保安官? 本当か?」


 男は疑わしそうな目をリリアに向ける。


「本当よっ! ちゃんとライセンスだって…、持って……?」


 ごそごそと、自分の服を探っていたリリアの手が止まる。

 いつもは持っているはずの、保安官ライセンスがどこにもないのだ。


 そんな……、まさか……。


 リリアは焦る。


「なんだ? ライセンスを持っているんじゃないのか?」


 男の言葉に、更にリリアは焦る。

 しかし、どこを探しても、ライセンスは見つからない。

 どこかで落としたのか、はたまた家に忘れたのか……。

 記憶を辿ってみるが、どうやら、王都の自宅に忘れたようだと気付く。

 男の視線がリリアに突き刺さる。


「きょ、今日は持ってないだけよ……。本当に、れっきとした保安官なんだから! まぁ、フリーランスだけど……」


 目が宙に泳ぎながらも、なんとかそう言った。


「フリーランスか。どうりでな……」


 男は呆れたようにそう言って、リリアを上から下までしげしげと眺める。


「その服は……。趣味なのか?」


 無表情を崩すことなくそう言った男に、リリアは、自分の服装を確認する。

 なんてことない、いつもの格好だが、少しばかり露出が多い。


「服は関係ないでしょ?」


 リリアは、また少しムッとする。


「ふ~ん……。この国の女は、腹を出し、股間が見えそうな服を好むのだな」


 男は、まるで興味がなさそうに、面白くないといった顔で目を逸らした。

 リリアはカチンとくる。


「なっ!? 王都で流行ってんのよっ! へそ出しルックなのっ! わかるっ!?」


 半ば叫ぶようにそう言ったが、男はリリアを見もしない。

 手元をしきりに動かして、口に物を運び、くちゃくちゃと音を立てて食べる。

 リリアは、なかなかに苛ついてはいるが、質問に戻ることにする。


「……あなたは何者? どこの誰で、どうしてここにいるの?」


 自分の身分を証明できない今、男が質問に答えるかはわからない。

 しかし、男は手を止めて、リリアを真っ直ぐ見る。


「俺はキラク。生物学者だ」


 キラクと名乗った男は、そう言ったきり、また作業に戻る。

 リリアの頭の中では、クエスチョンマークが飛び交う。


 キラク……、何それ、名前?

 それに、生物学者って……、嘘だ。


 まず、キラクなどどいう名前は、この国では聞いたことがない。

 キラク(気楽)なんて名前、誰もつけない。

 そして、生物学者というのも謎だ。

 リリアの知っている学者という者たちは、何というか、こういう感じではない。

 もっと年老いていて、よぼよぼで、しわしわな印象しか、リリアは持ち合わせていない。

 だが、明らかに、今自分の目の前にいるキラクは、とても若い。

 それに、キラクが乗り込んでいる謎の金属体。

 こんなもの、リリアは生まれて初めて目にした。


「あなた……。この国の人間じゃないでしょ?」


 リリアの質問を、キラクは無視する。


「どこから来たの? その…、隣の国とか?」


 リリアの質問を、キラクは無視し続ける。


「あなたが乗っているものは何? 凄く、硬いみたいだけど……。それにさぁ」


 諦めずに質問を続けるリリアに、キラクは小さく溜め息をついた。


「どうして答えなければならない?」


 キラクの言葉に、リリアはぐっと言葉を飲む。

 確かに、答える義理などキラクにはないし、なぜ自分がここまで質問をぶつけているのかすら、リリアにはわかっていなかった。

 怪しい奴なら捕まえて、王都へ連行しようかとも思ったが、特に怪しい行動をしているわけではないし、リリアの前に立ちはだかったわけでもない。

 リリアは、ただ疑問に思ったことを口にしていただけなのだ。

 昔からの悪い癖だと、リリアは思う。

 気になることは片っ端から質問して、相手が答えてくれるまで待つ……。

 そんな無作法なことはやめなさいと、よく母親に叱られたものだった。

 しかし、その好奇心のおかげで、王都の保安官の職を得たのもまた事実だ。

 諦めの悪さと好奇心は、王都を守る保安官になくてはならない資質だと自負している。

 だが、今それは必要ない。

 リリアがここにいる目的は、決して、このキラクと名乗った男の素性追求ではないのだから。

 様々な考えを巡らせて、リリアは決断する。


「そうね、答える必要はないわ。ごめんなさい」


 謝るリリア。

 彼女の良いところは、自分の過ちに気付き、それをすぐに謝罪できる素直さだ。

 しかしキラクは……。


「俺の言葉への返答まで、十五秒かかった。阿呆だな、お前」


 なんとも失礼な言葉を返してきた。

 リリアは、またしてもカチンとなるが、本来の目的を思い出し、首を横に振るう。


「じゃあ、これで……」


 踵を返して、リリアは森へ入っていく。

 あんな変な奴に構っている時間はない。

 早く、目的のものを探さなくちゃ。

 そう心に強く思ったのだが……。

 ふと気付き、ホルダーに仕舞った二丁の銃を取り出す。

 銃は金属でできていて、側面に魔法陣が描かれた円盤部分があるのだが、リリアの思った通り、その部分が光っていない。

 途端にリリアは焦り出す。


 そうだった……、さっき魔力が切れて、咄嗟に少しだけ補充したけど、まだ全然満タンじゃなかったんだった……。

 この状態で、先ほどのように、スカッチャーなどの森に住む獣に襲われてはひとたまりもない。


 リリアは、両手に力を込めて、銃に魔力を流し込み始めるが……。

 円盤部分は薄らとしか光を帯びない。

 駄目だ。こんな調子じゃ、しばらく魔力は溜まりそうにない。


 どうしよう……。


 どうしようもない状況に、リリアは困り果てる。

 この、リリアの持つ銃に、弾丸は必要ない。

 一般に、魔光式銃と呼ばれるこの銃は、魔法族にのみ使えるものだ。

 自分の体の中にある魔力銃にを流し込み、その魔力を作り付けられた円盤の魔法陣に蓄積することによって初めて使える。

 魔力が蓄積されている状態で引き金を引けば、弾丸の代わりに、魔力の塊である魔光が放たれ、相手を攻撃することができる。

 魔光の種類は人それぞれで、リリアの場合は、シーラ族の証である薄紫色の瞳と同じ、薄紫色の炎のような魔光が放たれる。

 そして、銃に込めた魔力が底をつくと、魔法陣の光は消えうせる。

 今まさに、リリアの持つ二丁の魔光式銃は、どちらとも魔力が底をついた状態にあり、いわばリリアは丸腰なのだ。

 リリアは考える。


 このまま、魔力を蓄積しながら森を進むとして……。

 獣に襲われない保証はないし、万が一、目的のものに出会っても、これじゃ何もできやしない。


 そして、ついさっき、目にしたものを思い出した。

 あのキラクとかいう男が乗っていた、不思議な金属体。

 最初は変わった獣か何かかと思ったけど、全然違った。

 それに、スカッチャーの爪や牙が通用しないほどの強度を持っていた。

 男が何者なのか、定かではないけれど、あんなに大きな金属体を操れるのだから、さぞかし強力な魔力の持ち主に違いない。

 それに、生物学者と言っていたから、それなりに、この森について詳しいかも知れない。


 だとすると……。

 とりあえず、あの男と一緒にいれば、大なり小なり、危険を回避できるのでは?


 そこまで考えて、キラクの最後の言葉を思い出す。


 あいつ……、私のことを、阿呆だと言った。


 キラクの言葉、陰気そうな顔、無表情に素っ気ない態度……。

 どれもこれも、リリアが気に入らないものばかりだ。

 だけど、現状がどうにもならないことくらい、阿呆と言われたリリアにもわかっている。


 ここは、我慢して、恥を忍んで、あの男のもとへ戻るべきか……。


 方々悩んだ末に、リリアは来た道を引き返して行った。

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