第四十一譚 《季節》の姫君は彼を愛す
日が暮れても、町は賑やかだった。
食堂には町の者が大勢集まり、
すでに夜更けだ。広場に人影は絶えている。
宿屋の屋根には綺麗な少女が腰掛けていた。銀の髪がさらさらと、
「解せん。あれほど《春》を嫌い、殺めるに至った者たちがなぜ、新たな春に浮かれるのか」
「時が経ったのよ。季節がめぐらなくても、時はめぐるものだわ。にんげんが殺めた季節を、にんげんが望んでよみがえらせるだなんて愚かだと、わたしはおもうけれど」
「あの
クワイヤは静かに頷いてから、視線を地に落とす。
「わたしは、殺すとおもっていたわ。にんげんが、産まれたばかりの《春》を殺すんじゃないかと。にんげんは愚かだから。あとさきのことなんか考えない。変わることはこわくて、あなたに護られていれば、楽だもの。だから、きっと、おんなじことを繰りかえすはずだって……けど、そうはならなかった。そうはならなかったのよ」
彼女は複雑そうに繰りかえす。
「ひとってほんとに、わからないわ」
屋根から浮かびあがる。クワイヤは、羽根もないからだで重力を無視する。
彼女が舞いおりたところにはセツがいた。セツは外套を巻きつけ、荷物を肩に掛けていた。
町の者から詫びられ、春を甦らせてくれたもうひとりの英雄だと囃されていたが、みなが酔っているのをいいことに抜けだしてきたのだ。
「いくのか、季環師」
《冬》が石畳に着地する。
「お世話になりました」
セツは笑い、綺麗な辞儀をする。
「それはこちらだ。汝は春の魂を救い、《新たな春》に季節を継承させてくれた」
「あなたは眠りにつくのですね」
《冬》は毅然と振る舞っていたが、睡魔に襲われているのか、瞬きが重かった。
「
「新たな春とはお逢いになられたのですか」
「是だ。吾の巣まで訪ねてきた。《新たな春》はまだ幼く、頼りがない。されど、慈愛に満ちた瞳は確と受け継いでいた。あれならば、滞りなく季節を巡らせることができるだろう」
「《春》は遂に最後まで、人間を護り続けたのだな」
「ええ、あなたも」
「吾は護っていたつもりはない」
「ですが、冬の砦があったから、町は侵略されずに済んだ。それは事実だ。それにあなたは
「《春》の意と
ふるりと《冬》が
「……汝は、実に
「え、そうですかねぇ」
「理を重んじ、季節に等しい思考を持ちながら、絶えず人の側から物をいう。季環師とは昔から、人と季節の
クワイヤは眉の端をとがせて、肩を竦めた。
「あいかわらず、あなたはわかっていないのだわ。調停者だとか、季節懸かりだとか、そんなものがなくても、かれはかれだわ。ほかでもないこのわたしが、愛するのよ。愚かなやからとはなにもかもが違っていて、あたりまえだわ」
彼女は傲慢に笑った。
「愛か」
かみ締めるように《冬》が繰りかえす。
セツは微かに頷きながら、微笑んだ。
「ええ、愛してくれた。彼女が、僕を」
「左様か。いわんや《光季》の姫君に愛されているのだ。いかに稀なることか。されど、季節懸かりとは、実に難儀なものだ。土地を地域とさだめるのとはまるで異なる。果敢なき人の身をもって、季節の地域となるのだから」
「理解しています。人の身にはすぎる果報だ。ですが光季が巡るべき地域は朽ちてしまった。僕が、彼女を護らなければ」
彼は瞳に揺るがぬ意思を漲らせていた。
戦争の果てに故郷は朽ちた。絶望に暮れていた彼は産まれたばかりの季節と逢い、その季節を護るのだと誓った。
綺麗だったからだ。綺麗だった。
斯くして、彼は、季節にすべてを捧げたのだ。
光季の地域の顛末を知り及んでいたのか、《冬》はその意を尋ねることなく、重く頷いた。
「なれば、季節と理に添い、旅を続けるがよい」
石畳をかつんと蹴り、《冬》が背をむける。
「汝の旅路に幸福があらんことを」
最後に祝福をひとつ。
地吹雪が巻きあがり、《冬》は細かな氷雪になる。巣に帰ったのだ。
荷物を持ちなおして、セツは広場を進んでいく。広場の端にかけられた橋を渡る。遠まわりにはなるものの、雪の壁が崩れていたところから登り、壁の上を進めば、冬の砦を越えることは可能だ。町の者からは「雪がとけるまでは滞在してくれ」との声を貰っていたが、これだけ積もった雪がなくなるのは春を跨いで、夏に差しかかる頃になる。春になって雪が緩んだら、輪かんじきを履いて進むのも難しくなるので、冬の砦を越えるならばいまだ。
橋を渡り終えたところで、後ろから声を掛けられた。
「待ってください!」
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