第13話

 早速その晩、姜維は王平の屋敷を訪ねた。広めの屋敷には王平が一人のみで、従者は雇っていなかった。屋敷の外は、屈強な兵士達が厳重な警備を行っている。まさに、王平の性格がそのまま表れていた。


「思えば、五丈原以来か」

「月日の流れは早いものです。将軍の漢中での活躍は、成都にまで轟いておりました」

「そうか」


 興味なさげに、王平は頷く。別に気分が悪い訳でもなく、本当に、何とも思ってないのだろう。

 また姜維も、あまり無駄話を好む方ではない。早速、軍内の配置や兵の割り振りなど、北伐軍の細部まで二人で語り、一つ一つを決めていく。


 やはりどこか気が急いている姜維と、慎重が過ぎる王平。一見噛み合わなそうな二人だが、軍内における話は、意外に早くまとまった。何より意外だったのは、最前線で少数の兵を率いて国境沿いを侵したいという姜維の希望がすんなりと通ったことだった。


「てっきり、王平将軍は反対されるとばかり思っておりました」


 現に、北伐軍の複数の将軍から既に反対されていたことなのだ。

 仮にも姜維は軍の中枢であり、危険を冒す必要は全く無い。そういった戦は廖化将軍や張翼将軍などの、経験豊富な将に任せるべきだと、皆は口を揃えて言った。


「何故、蜀軍は今まで戦において強大な魏と渡り合ってこれたのか、分かるか?」

「……いえ」


「単純に、強かったからだ。特に先帝の率いられる直属の軍は、一兵卒に至るまで歴戦の猛者揃い。その調練も苛烈を極めていた。特に張飛将軍の調練では、幾人もの兵が死んでいたほどだ。ただ、そのおかげで、戦で死ぬ兵はほとんどいなかった」

「魏軍も精強でありますが、先帝の率いていた軍はそれ以上であったと。何だか、実感の湧かぬ話でございます」


 しかし、拠点となる地盤も持たず、後ろ盾も無く、各地を転戦しながら乱世を生き抜いてきたのが、劉備軍だった。王平の話は決して誇張されてるわけではない、それはかつての戦歴を見れば分かる。


「儂が蜀へ降った頃、最初はただの部隊長として軍に加えられ、それこそ張飛将軍の下で何度も、死ぬ一歩手前の様な調練を受けた。魏に居た頃には、考えられない苛烈さだった」

「将軍でさえ、それほどまで」


「ただ、いざ戦に出ると分かったのだ。今まで受けた調練には一つも無駄なところが無かったと。戦で最もやってはいけないのが、仲間の足を引っ張りながら死ぬ事だ。蜀軍には、どんな混乱でもそれが無かった。だから、蜀軍は強かった。かつて、張飛将軍が行っていたその苛烈な調練の伝統は、趙雲将軍に引き継がれ、その後は魏延将軍が継いだ。本来なら、儂や呉懿将軍が継ぐべきなのだが、かつての百戦錬磨の将軍達ほど、儂らは苛烈になりきれなんだ。今、それを継げるのは、お前をおいて他に居るまい」


「だから、私を前線へ?」

「小競り合いは新兵にやらせろ。自分のせいで仲間が死ぬ経験を一度積ませておいた方が良い。兵の死が、軍を強くする。お前はそれを見極めろ、決して無駄死にだけはさせるな」


 少し疲れたように息を吐く。姜維も随分、脳に疲労が固まっていた。

 もう改めて話すことも無い。そして、王平の屋敷を後にした。

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