「双子」

…そこは、窓のない板の間の廊下だった。


壁には写真が何枚も貼られ、

幼い子供の生まれた時の写真から、

幼稚園、小学校と、学年が上がるにつれて

成長する様子が写し出されている。


「あ…結衣花。これは結衣花だわ。」


天城ハルカは壁の写真を見て

驚いた顔をする。


スミ子はそれを見て思い出す。


…空間は中にいる人の影響を受けやすい。


これは天城ハルカの強い思いを受けて

空間が変化したものなのだろうか。


みれば、高校生を写したであろう写真は

スミ子が吹雪の中で二番目に見た女性と

瓜二つの顔をしていた。


天城ハルカはそんな娘の写真を見つめ、

笑ったり、懐かしそうに眼を細めている。


スミ子はこの変化が良い傾向にあると感じた。


そうだ、空間にいる人間の思いが強ければ強いほど、

外に出る場所が限定される。


つまりこの先の出口は…


そうしてスミ子が空間を開けた先は、

一つのベッドの置かれた部屋だった。


中は綺麗に片付けられ、

ベッドの上にはぬいぐるみや勉強机がある。


「ここは、結衣花の部屋じゃないかしら?」


天城ハルカの言葉を受けたスミ子は、

部屋の中を見渡し、少しでも結衣花さんに

関連するものがないか探す。


そして、本来なら本棚が置かれるような場所を見て、

背筋がひやりとする。


…それは、祭壇。


台の上にはあの吹雪の中で見た若い女性の遺影が置かれ、

焼香ができるように整えられている。


置かれた位牌には結衣花さんのものだろうか、

亡くなった日付と戒名が書かれていた。


その日づけはスミ子達の生きている年数よりも数年先のものであり、

あのマンションで見た時間軸と同じ西暦が書かれていた。


結衣花さん、

やはりこの時期に死んでるんだ。


そうして、スミ子がこの事実を重く受け止めた時、

不意にドアの向こうから赤ん坊の声が聞こえた。


その声に天城ハルカは反射的にドアを開け、

声のした開け放たれたドアの前で動きを止める。


そこは、二つのベビーベッドが並ぶ

陽光の当たる部屋だった。


上には子供の気を紛らわすおもちゃが下げられ、

赤ん坊はそれにはしゃいでいるように見えた。


天城ハルカは二つのベッドの中を恐る恐る覗き込む。


…ベッドには双子の赤ん坊が

それぞれ収まっていた。


一人は赤いベビー服で、一人は青のベビー服。


互いに上を回るおもちゃに興味を持っているようで、

手足をバタバタとさせてよろこんでいる。


彼らは普通の子供だった。

どこにでもいる普通の双子。


その様子をスミ子も見ていると、

ふいに隣にいた天城ハルカが声を漏らした。


「…よかった。」


気がつけば、天城ハルカは泣いていた。


「どちらもあの子に似ている。

 この子達は救われたのね…結衣花は自分の命と引き換えに、

 未来の牛を生むことから逃れられたのね。」


スミ子は思い出す。


信者の持つプレートは二枚で一組だった。

片方は無地で片方には牛の文様が彫られていた。


これは、双子を表していたのか。


「どちらも未来の牛ではなかった。

 結衣花も頑張って子供を産んで。

 亡くなってしまうけれど、でも、本当に…。」


そう言って天城ハルカは嗚咽する。


娘の死と未来の孫の姿を受け入れた彼女は泣いた。

母親として、祖母として彼女は泣いた。


自分にけじめをつけるために、

これから先の未来へ行くために、

彼女は泣いて、泣いて、泣いた。


そして、ひとしきり泣いた後、

彼女はスミ子の手を取る。


「…帰りましょう。あの子にも、

 これから生まれてくる子たちのためにも。」


スミ子はその言葉にうなずくと、

過去へと戻る空間を開ける。


そして穴を通る時、ほんのわずかにだが、

双子の互いに笑いあう声が耳に届いた。

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