「不老不死」

総合病院の手術室で死者であるはずの

天城院長は声を上げる。


「ハルカ、なぜお前さんはこいつらを招き入れた。

 未来の牛を世話できるという名誉な立場でありながら、

 この狼藉は一体なんだ?」


そう言いながら、院長は手術台の上にいる

牛の頭部をした女性を拳銃のグリップで指す。


ユウキは床に倒れたままで、

曽根崎は院長に隙がないか必死に様子を伺っている。


そして、この病院の女医であり院長の孫娘である

天城ハルカは院長の言葉に腕を組みながら首を振ってみせた。


「…だからね、おじいちゃん。

 何度も言うけれど、この場所は空間の境目が曖昧なの。

 おじいちゃんはそういうものを排除する存在として、

 神様から不老不死をもらったって自分で言っていたじゃない。」


すると、院長はぴしゃりと自分の額を叩いて見せた。


「ああ、そうだった。すっかり忘れていた。

 困るなあ。歳はとるものじゃない。

 どれ、少し頭をスッキリさせるか。」


そういうなり院長は自分の頭部に

回転拳銃を当てて引き金を引く。


パンッ


近距離からの発砲。


天城院長の頭が吹き飛び、

壁に赤とも黒とも黄色とも言えない液体が飛び散る。


天城ハルカはそれを見て首を振った。


「ああ、また掃除が大変だわ。

 40年前にこうして自殺してから毎回これよ。

 本当に嫌になっちゃう。」


しかし、一つ頭を振ると、

頭部の穴はみるみるふさがり、

院長はニヤリと笑った。


「ああ、スッキリした。

 じゃあお前さんがたも始末しようかね。」


そう言って天城院長は曽根崎に銃口を向けようとしたが、

床から起き上がったユウキがとっさに院長の足をつかむ。


瞬間、院長は床に倒れ、

ユウキは素早く院長の銃を手からもぎ取ると、

曽根崎の方へと放り投げた。


「よし、これで銃は使えないだろう。

 爺さん以外と古典的な手に引っかかるな。」


得意げに言うユウキ。


しかし、院長は床に倒れ伏したまま、

以前と同じようにブツブツと何かを唱え始める。


二度目にしても意味の理解できない奇妙な言語。

どことなく不安をかきたてるような呪文。


だが、それが部屋全体に効果を及ぼしているのは明白で、

女性の叫び声や紐で引かれるような影がなんどもちらつき、

部屋大きく揺れ動き、スミ子たちはその場に立っていられなくなる。


するとそれに乗じて院長が起き上がり、

周囲を見渡してニタリと笑った。


「よし、三人とも神の生贄になってもらうとしよう。

 大丈夫、これから痛みも感じないうちに…」


だが、天城院長の言葉はそこで止まった。


突如、手術室に巨大な嘴が出現し、

天城院長を丸呑みにしたからだ。


「え?」


一瞬のことにあっけにとられる三人。


だが、それ以上考える間も無く景色と地面が揺れ動き、

足を滑らせたスミ子はとっさに床をつかんだ。


そうして、つかんだ先には遠い地上が見えていて、

風がひゅんひゅんと唸り、スミ子は自分が再び空間に入ったこと、

そして今は地上よりもずいぶん高い場所にいることを認識する。


…でも、普通の平らな床なら

つかまる場所などないはず。ここは、一体?


そして、スミ子は気づく。


その床は一枚一枚が、

ぬめる羽毛のようなものでできていた。


びっしりと生えた羽毛は小高い丘のように湾曲し、

丘の向こうには巨大な毒々しいまでの赤い瞳が見えていた。


それはスミ子を伴いつつ巨体を揺らしながら、

パステルカラーの空の中を悠々と泳いでいく。


スミ子はそれが何かようやく理解した。


…これが、『小夜鳥』の本来の姿。


それは鳥だと言われなければ、

異様に尾の長いネズミに見えたかもしれない。


背中から薄青色の燐光を発し、

無数の赤い毛糸に絡まったそれは…


だが、そこまで考えたところで

スミ子は気づく。


スミ子はそれに見覚えがあった。


会社の空間で見た小さな生き物。

ネズミだと思っていた生物。


もしかして、あの小さな生き物が

これほどの大きさに…?


その時、スミ子は小夜鳥の首元で

赤い紐を引っ張る見覚えのある老人と老婆を見つけた。


彼らはスミ子に気づくと手を振り、

隣に座るように席を空ける。


スミ子は羽毛に足を滑らせないように気をつけながら、

彼らの元へと行くと、糸を手繰るマザー・ヴンダーの

片腕である老人に文句を言った。

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