「神社の行く末」

神主である津久毛サトルは、

父親の遺品のつまったブリキ缶を快く貸し出してくれた。


「どうも、俺にはよくわからないものだから、

 専門家に見てもらったほうがいいと思ってね。

 曽根崎。なんか面白いことがわかったら教えるんだぞ。」


そう言うと、津久毛はスミ子たちに手土産まで持たせ、

敷地の外まで送り出してくれた。


「…なんか、いい人っすね。津久毛さんて。」


一度、本部に戻るためのバスに乗りながら、

手土産にもらった自家製の梅ジャムの小瓶を眺めつつ、

ユウキは曽根崎に話しかける。


曽根崎はブリキ缶を入れた紙袋を一瞥してから、

ため息をついて見せた。


「まあ、本当に何も知らないようだったからね。

 彼に負担をかけるようなことはしたくないし…」


「それに」と、曽根崎は続ける。


「長年、土地の空間を安定させていた神社の神主だ。

 伝統ある儀式を続けられるのなら、

 そちらの方を優先させて欲しい。

 地元の人間だからね、特にそう思うよ。」


そんなことを話しているうちにバスは停まり、

スミ子たちは委員会のある旧市役所へと足を運んだ。


「今日のところはここまでにしよう。

 二人とも随分疲れているようだからね。

 今、本部から車を借りてきて送るから、

 しばらくそこのベンチで休んでいてくれ。」


曽根崎はそう言うと、

スミ子たちに道中自販機で買った飲み物を渡し、

エレベーターに乗り込む。


それを遠目で眺めつつ、

ユウキは「あーあ」と声をあげた。


「曽根崎さん可哀想だなあ。」


それを聞いて、スミ子は首をかしげる。


するとユウキはジュースの缶を開けつつ、

スミ子の方を見て答えた。


「たぶん空間の影響が蓄積している結果なんだろうけどさ。

 あの神主、反応が大分鈍っている感じがしたんだよ。

 昔から伝わる祭事とかもあの状況でどれほどできているか、

 …実際、怪しいところだな。」


確かに、今日接しただけでも随分マイペースというか、

周囲とワンテンポずれているように見えた。


ユウキは缶の中身を飲んでからため息をつく。


「空間が見えない人間が一般的に多いのは確かだけどさ、

 神職の人間が見えない方で、判断力も鈍ってきてるのは問題だぜ。」


空間が見える体質の

ユウキだからこそ言える言葉。


「それに、あの手の神事って以外にバカにできないものでさ。

 空間の塞ぎ方を長い儀式を通してしているところもあるんだよ。

 特にあの神社は、そういう役割の場所だからなおさらにね。

 あの神主家族が体質的に虚にならないにしても、

 いずれあの土地自体、大事にならなきゃあいいけれど…」


そう言いつつも、

ユウキは天井見つめる。


「でも、なんかおかしいんだよな。あの神社。

 昔からの場所はちゃんと塞がれていたけれど家の中が異常に濃いというか…

 意図的にああいう場所にしているような気もしないでもないんだよなあ。

 特に離れ近くの二階あたりが異様に濃い感じがしたから、

 今現在も引き寄せるような何かがいるのかもしれないな。

 …ま、今回の件と関係あるかどうか、今後も調べてみないとわからないけど。」


そんなことを言っているうちに、

曽根崎が車のキーを持ってやってきた。


「はあ、上の人間に叱られてしまったよ。

 公用車を立ち入り禁止区域に置いてきてしまったからね。

 まあ、ほとぼりが冷めた頃にゆるゆる取りにでも行こうかな。」


しれっとそんなことを言いつつも曽根崎はスミ子とユウキを伴い、

駐車場に止められていた軽自動車に乗り込む。


「須藤ミカゲに関する資料は丸ごと委員会に預けることにした。

 これを向こうがどう判断するかによって明日以降の行動が変わるだろう。

 …それと、この冊子を二人に渡そう。」


それは、あの缶の中で見つけた冊子。

天城院長が作成し、須藤ミカゲが持っていた冊子。


「コピー本だ。君達も気になっているようだったからね。

 本来なら部外秘だが、他の人間の率直な意見も欲しいところでね。

 午前に野暮用ができたから昼過ぎまでにこれを読んでおくように。

 必要ならメモやチェックを入れてもいいぞ。」


そして、エンジンをかける曽根崎だが

その途中で「あ、そうそう」と続ける。


「…スミ子くん、本当に今日はありがとう。

 流れとはいえ巻き込んでしまってすまないね。」


運転しながらの曽根崎の言葉に

スミ子は「あ、どうも」と頭を下げる。


だが内心、スミ子は随分動揺していた。


…そうだ、あくまで自分はこの仕事に

「参加」しているだけなのだ。


今後、ほとぼりが冷めれば

スミ子はお役御免の無職になる。


そうしたら、自分の仕事を探さなければならない。


就職し社会に戻るあいだに、

不安定な毎日を過ごさなければならない。


それを考えた瞬間、

脳裏に自分の今までの就活や職場で受けてきたことが

一気にフラッシュバックし、ガクンと体が重くなる。


そうだ、自分は所詮そういう人間だ。


できることしかできないし、

夢も持ってはいけないんだ。


今日という日。


マザー・ヴンダーの依頼とはいえ、

空間の仕事を手伝った日。


曽根崎もユウキもスミ子に優しく接し、

叱ることもなく、褒めてくれることさえあった。


今までの職場ではなかった環境。


後ろめたい感情もなく、真剣に取り組める環境。

スミ子にはそれが新鮮にすら思えた。


たった一日とはいえ充実した時間だった。


…だが、それも長くは続かない。

曽根崎だって言っていたではないか。


この件にスミ子が指名されたのだと。

つまり、それ以外の仕事にはスミ子は関われないのだと。


…自分がここで働けるかもしれないという、

わずかな希望は持ってはいけないんだ。


沈んでいく夕日がミラー越しに大きく見え、

いつしかスミ子は自分がひどく落ち込んでいることに気がついた。


でも、それさえも受け入れていかなければ、

明日も生きていけないように感じられた。


スミ子はコツンと窓ガラスに頭部をつけると、

落ち込んでいるのを悟られないようにしながら、

自分の今後について考えることにした。

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