「継続と契約」

廃墟の病院にはスミ子以外、

人っ子一人いないはずだった。


だが、目の前には一人の老人がいる。


彼は自身を院長だと名乗り、

スミ子たちに銃口を向けている。


「…回転式拳銃、八発式のリボルバーですか。

 自動拳銃の昨今、アメリカで手に入れたに

 してはクラシックな趣味ですね。」


曽根崎は両手を上げつつも、

相手をなだめるためかジョークを交えて会話を試みる。


スミ子とユウキもそれに習って両手を挙げた。


その時、スミ子は持っていた鍵を

隠すように素早く胸ポケットに忍ばせたが、

幸い相手に気づかれた様子はなかった。


…くれぐれも刺激しないように。

曽根崎の目もそう言っている。


だが、相手は警戒心をむき出しにながら、

スミ子の近くにやってくると顎をしゃくって見せた。


「なあ、女。見かけん顔だが、

 そのプレートをどこで手に入れた。」


スミ子は目を白黒させる。


カーペットの上に落ちた二枚のプレート。


金属の輪は壊れているものの、

片方は無地で片方にはこの部屋の壁と同じく、

奇妙な牛の文様が彫り込まれている。


それを、どこで手に入れたかと言われれば、

先日病室でマザー・ヴンダーという魔女からもらったと

言わざるおえないが…この話を老人は信じるだろうか?


いや、それよりも老人はスミ子のことを

「見かけない顔」といった。


スミ子は必死に考える。


ということは、これは身内間か、

もしくは老人の仲間うちで使われるものなのかもしれない。


そこで、スミ子は思い出す。


…子供たちは皆一様にこう言うのさ、老人病棟にいた時、

坂下病院の天城院長に神様を信仰するように頼まれたと。

それが不老不死となる唯一の道だと教えられたと…


これは、曽根崎から教えられた言葉。


坂下総合病院で起きた地盤沈下により行方不明となり、

子供として空間で見つかったという老人たちの言葉。


それが、もし事実であるならば…


「…これは身内からもらったんです。

 院長から頂いたものだけど、あなたに託すと。

 これを持って院長から話を聞きなさいと、

 家族から言われたもので…。」


とっさに口をついた嘘。


無論、スミ子にとって、

マザー・ヴンダーは身内でもなんでもない。


だが、老人は少し眉をひそめると「うむ?」と首を傾げた。


「んん。ということは信者の家族か?

 神のシンボルを携えた者の身内か?」


その言葉に、スミ子はひとまず。


「ええ、挨拶が遅れてすみませんでした。

 急に病で亡くなったもので連絡が遅れまして。」


微妙に話が噛み合わない気もするが、

もはや破れかぶれである。


だが、老人はそれを聞くと

「ほう」と息を吐いて銃を降ろした。


「…なんだ、そうならそうと早く言えばいいのに。

 てっきり『未来の牛』の存在を横取りする連中かと思ったぞ。

 勝手に鍵まで開けたのなら尚更な。その二人もそうなのか?」


そうして、ユウキと曽根崎を指さす老人に、

二人も同様にうなずく。


「ええ、慣れぬ土地に姪っ子だけでは心配だったので、

 私も息子と一緒にお邪魔させていただきました。

 その時、偶然扉が開いていたので不躾にも入ってしまったのですが、

 軽率な真似をしてしまい申し訳ありませんでした。」


そう言って、曽根崎は頭を下げ、

スミ子とユウキもつられて頭を下げる。


しばらく老人は黙っていたが、

やがて、その言葉を完全に信用したのか、

突然「はっは」と笑いだした。


「まあ、仕方がない。そういうこともあるな。

 儂も若い頃はうっかりアメリカの友人宅と間違えて

 他人の家に入りかけて銃を向けられたこともあったしな。

 ま、今のは見なかったことにしておいてくれ。」


そういうと、老人はリボルバーの

安全装置をかけて腰に戻す。


「で、どっちの方だ。都会で議員になると吹聴して

 上京したのは須藤と山口だったが、どっちの嫁だ。」


その言葉にスミ子は「えっと…」といいよどむ。


何が何だかわからないが、

とりあえず自分は信者の嫁という位置に収まったらしい。


「す、須藤です。」


すると老人はマホガニー製の机へと向かい、

ごそごそと中を探ると香典袋を取り出した。


「そうか、若いうちに未亡人は大変だろう。

 これはほんの気持ちだ、受け取ってくれ。」


そう言って老人は香典袋に百万円ほどの札束を滑り込ませ、

丁寧に袱紗ふくさに包んでスミ子に手渡す。


その突然の振る舞いにスミ子も困惑し、恐縮する。


「いえ、あの…受け取れません。」


そう言いながらもちらりと後ろを見る。


この状況。


曽根崎は真剣な顔をしているが、

ユウキは真面目な顔を取り繕いながらも、

必死に笑いをこらえているように見えた。


どうやらスミ子が信者の嫁であり、

現在は夫の不慮の死に苦しむ未亡人という

位置に収まったことがよほどおもしろかったらしい。


…このやろう、後で見てろよ。


そんなことを思いつつも、

押し問答をしながらスミ子が金を受け取ると、

老人は満足そうにうなずき全員にソファに座るように促した。


「…よし、改めて自己紹介だ。

 儂は天城カズラ。長年この病院の院長を務めている。

 これから君たちには新たに信者になってもらおう。

 本来なら地元の人間以外は入れない方針だが、くる者は拒まず。

 あの熱血な須藤くんの家族なら尚更だ。」


そうして快活に笑いながら、

院長はドアの元へと行くと再び鍵を閉めてしまった。


スミ子もユウキもその瞬間に顔を見合わせたが、

曽根崎は「なるようにしかない」と目配せをする。


「じゃあ、神に認めてもらうための儀式をしなければならないな。

 今回は新規の加入も二人いる。こちらも忙しい身だが、

 家族が増えるような気持ちで臨んでいこうじゃないか。」


そういうと、ソファに座った院長は口を開け、

…何か耳慣れない言葉を早口でつぶやいた。

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