友達のお母さんはレンタルできますか?

小躍り太郎

第1話レンタル彼女

 時計ばかり見ていても時間が変わらないことなど、分かっているのだが意思とは裏腹に視線が、針を追いかけてしまう。

集合場所に使用されることが多い金時計前には、休日だからだろう午前中にもかかわらず人でごった返していた。


 カップル。アベック。男女。

今日に限り、相思相愛のいい雰囲気の二人ばかり目に映るのは、それだけ僕が浮かれているからだろうか。

周りの人をなんとなしに眺めていたら、ふと自分の格好が気になった。


大丈夫だろうか? こんな服装で……。


 普段オシャレをしたことがない人間にとって、家にハイカラな服装があるわけがない。タンスを漁っていた時、学生服を着て行こうかと一瞬でも迷った僕のオシャレに対する意識は、それほどまでに壊滅的だ。


 買いに行こうかと迷いに迷い、なんとか服屋というなのダンジョンに挑んだが、ものの数分で店員さんに喋りかけられた為あえなく撃沈。

完全に似合わない、パーリィーな服を大枚をはたいて購入して服屋から逃げてきた。

全身真っピンクなギラギラの服。作った人には申し訳ないがこんな服を着れそうな人は、遊び人以外いないだろう。


 購入した服は諦めて、中学生の頃着ていた服を着用して来た訳だが・・・。


 やっぱりダサいかなこれ。


 黒い生地の中央に位置するドラゴンをつまみながらため息を一つ。個人的にはカッコいいと思っているんだが……ダサいよな。でも仕方ないよな、他にまともな服がなかったし。うん、仕方ない。大丈夫だ、落ち込むな僕。こんな服を着ていても大丈夫な女性と会うのだから。


 気を取り直して再び時計を目で追っていた時、手に持っていたスマホが僅かに振動した。あかねさんからだろうか?  少しばかりの期待を込めて、視線をスマホに落とし込んだ。

「ごめんね。今電車の中、もうすぐつきそう。急いで向かっています」

 新着を告げる短いメッセージの主は待ち望んだ人物からだった。

「僕もまだ着いていないので、慌てずゆっくり来てください」


 あかねさんから届いたメッセージに返信し、頬が緩んだのもつかの間、一気に全身に緊張が駆け抜けた。あかねさんが使った電車は名鉄だろうか? JRだろうか? ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ。どちらにせよ、後10分程でここにあかねさんが来るんだよな。すごく緊張してきた。


 意味もなく壁に沿うように、左右を行ったり来たりする。側から見たら怪しい奴だが、今は周りのことより自分の気持ちを落ち着かせることが何よりも重要だった。

僕は周囲を気にせず、しばしトイレを我慢する人のように、体を動かすがちっとも緊張が緩和されることはなかった。


 いっそのこと逃げてしまおうか。


 鼓動の悲鳴を聞きすぎたせいか、そんな思いが頭に浮かんでくる。

自問自答を繰り返し、その場から今にも逃げそうな僕を救ってくれたのが、あかねさんから届いた新たなメッセージだった。

「今日はいっぱい楽しもうね、たっくん」


 時間の進む感覚は人それぞれだが、待たすより。待つ方が何倍も時間の進みが遅くなるのは、人間誰しも共通している感覚ではないだろうか。


 あれから30分少々経つがあかねさんは集合場所に姿を見せない。


 おかしいと思いスマホを何度も確認したが、メッセージの新着もなかった。こちらからメッセージを飛ばそうかと思ったが、催促しているようで送ることができなかった。それから実はもう一つとても嫌な予感から連絡することを避けたのだった。


 僕は柱から少し顔を出し離れた所から金時計周りを視認した。――――まさかな。

僕がよく知っている人物は時計前で、30分前と変わらない立ち位置にいた。


 中谷多江。クラスメイトのお母さんだ。


 世の中には数え切れない程のニッチなサービスを売りにしている商売がある。有名どころで言えばメディアでたびたび登場する、JKリフレなんかそうだろう。自称現役女子高生と楽しくお喋りする店から、果ては風俗まがい店まで、数々の店が世には数多存在するらしい。もう一つ有名どころでよく取り上げられる商売がある。


 レンタル彼女。


 その名の通り利用者はネットから好きな女の子を選択し、利用料金に応じて好きな時間その女の子とデートできる。普段異性と接触する機会のない人間にとっては大変に素敵なサービスである。


 高校生にもかかわらず、僕はこのサービスを利用した一人だ。


 何故利用したのかと問われると、難しく複雑に折り重なった色紙のような自分の思いを吐露したくなるのだが、単純明快に言ってしまうと、異性に飢えていたからだ。


 レンタル彼女のホームページ画面には、彩り豊かな彼女候補がずらりと並んでいた。無論皆僕より年上であった。画面をスクロールさせて一つ一つ吟味していったが、正直言って数十人近い人数の中から、たった一人を選ぶのは至難の業で困難を極めた。そんな僕のような優柔不断なユーザーに応える為なのか、お好みに合わせて彼女候補が選べる、オコカノ検索なるボタンがホームページ上に存在していた。これ幸いと条件を入れて検索した所、あかねさんならぬ人物と相性がバッチリだと判明したのだった。


 あかねさん。28歳。癒し系、彼女。身長159cm。趣味、料理。スリーサイズ、ひみつ。


<自己紹介>

 はじめに私をクリックしてくださりありがとうございます。

いきなりですが、普段ふとした瞬間に疲れやストレスが溜まっているなと、思ったことってありますよね。そんな時どうやって疲れをストレスを解消していますか? 食事ですか? 睡眠ですか? 入浴ですか? 運動ですか? いろいろな方法があると思いますが、いつもいつも同じメニューで疲れやストレスが完全に解消できるわけではないですよね。

でも疲れやストレスをうまく解消できないまま生活していたら、そのうち日々の生活がどんどん嫌になっていきますよね。

はい。ここで頷いてしまったそこのあなた。

私に任せてください。

私があなたの取り切れなかった疲れを癒してあげます。

そんな馬鹿なと思っているそこのあなた。騙されたと思って一度私と楽しいデートしませんか?

年齢は若くないですがその分、母性であなたを包み込みます。

私といる時は日頃の大人びたあなたはじゃなく、少年に戻ったあなたが見たいな。なんて。デートのお誘いお待ちしてます。


 あかねさん。は未だに現れない。


 柱から中谷のお母さんを盗み見ていた僕は、意を決してあかねさんにメッセージを送った。

「すみません。連絡せずにかなり待たれてますよね、ごめんなさい。言い訳になりますが来る途中、電車がトラブってしまいまして、集合時間に遅れています。本当にごめんなさい」

 狙っていた獲物が罠にかかる瞬間を待ちわびるハンターのように、ドキドキしながら中谷さんを注視した。


僕がメッセージを送ってから、ものの数秒。中谷さんが水色のバックからスマホを取り出す。その瞬間、周りのうるさい喧騒がパタリとやんだ気がした。


 中谷さんの小枝のように綺麗に動く指先を見ながら、まだだ。まだ中谷のお母さんだと判断を下すには早すぎるとの心の伝令が伝わる。

 中谷さんを見ながら唾を一つ飲み込むと、僕は追加のメッセージを送ろうとした。


そんな僕の心をあざ笑うかのように、スマホが揺れる。振動に驚いたのもつかの間、メッセージがあかねさんからで二重の意味で驚き小さく声を上げてしまった。


「集合時刻になっても、たっくんらしき人が見当たらなかったから、心配しました。もしかしたら私を遠くから見ていて、嫌になって帰ってしまったのかなーて。なんて、ダメですね。癒す方の私がこんなネガティブな発言をしていては。でも電車の遅延でホッとしています。私のことは気にしないでください。実はここだけの話し。私人を待っているのが、いえ、好きな人を待っている時が一番好きな時間なんです。ほらよく、遊園地なんかで、アトラクションに乗るまでの待ち時間ってドキドキしないですか? 次かな次かなって……。それでいざ乗り物に乗れると、それまでの疲れが一気になくなり吹き飛びというのか。疲れの全てが喜びに変わるというのか。例えが下手くそですね、すみません。とにかく、私は大丈夫ですから、たっくんは焦らずゆっくり現地集合でいいですよ」


 中谷さん。いや、あかねさんから罪悪感で胸が痛くなるような、ありがたいメッセージが次々と送られてくる。癒し系彼女を売りにしているのは正解だろう。……って感心している場合ではないだろうが!


落ち着け。きっと何かの間違いだ!  あり得るわけないじゃないか!  あかねさんはあかねさんであり、決して中谷のお母さんではない。母ではないのだよ。母では!

その場に座り込み。送られて来たメッセージを見ながら、呪文のように何度も呟く。

いや諦めるな、必ず何か救いがあるはずだ。


安心材料を探す為、今一度あかねさんから送られて過去のメッセージをさかのぼる。

こいつか? いや、こいつか?

血眼になりながら、スマホの画面を見つめてい僕に、非情にも最後の審判が下された。『新着メッセージ1件』瞳がその文字を認識した瞬間、早押しクイズさながらに、スマホ上部に表示された新着メッセージを素早くタップしてしまう。

「待っている間ふと思ったんだけど、文字だけだと分かりにくいと思ったから、私の今日の服装写真で送っちゃうね。あ、顔はまだお楽しみ! 」


 昨日あかねさんから、メールで当日の服装について尋ねられた。嘘をつく訳にもいかなかった為僕は素直に、訳あってダサいドラゴンが描かれている黒い生地のTシャツと、下は普通の青いズボンを着て行きます。と保険をかけつつ返答した。ビクビクしていたが、あかねさんから服装について特に馬鹿にされることはなかった。しかし、一安心したのもつかの間「私は当日、白いブラウスと花柄のフレアスカートで決めていくから楽しみにね」とメッセージが返ってきた。


ブラウスは分かるがフレアスカート?  普通のスカートではないのか?  装備すると防御力や素早さが上がるスカートなのか!?  何ですかそれ? あかねさんから素直に聞けばいいのに、無知を隠し通す為、知っている体で返答をしてしまい、そのせいでネットを駆使する羽目になった。『フレアスカートとは簡単に説明すると形状が波状のスカートです』偉大なるY先生の知恵袋から正解を導き出し、画像検索でも調べに調べたおかげで、これなら当日何とかあかねさんを見つけれそうだと安心眠りについた。


 あかねさんから送られてきた画像は、メッセージでやりとりしたように、上が白のブラウスで下が花柄のフレアスカートだった。

そして、金時計付近でブラウスに花柄のフレアスカートを履いている……いや、画像通りの服装をしている人物が一名はっきりと認識できる距離にいる。


 中谷のお母さん。


 僕は今年初めて神を全力で呪った。


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