さよならフォルマッジョ

戸棚のなかには古く硬くなりはじめた

フランスパンに安いチリ産のワイン

書きかけの手紙はすでに発酵し始め

こいつはなんになる? 味噌でも醤油でも

ない、カース・マルツ? 冴えないな


フォルマッジョ・マルチョのほうが

好みだけどな、あの手紙の宛名は

誰だっけ、お袋でもないし、友だちでもない


蛆のわいた腐ったチーズ

サルデーニャ人の羊飼いに

贈れば喜ばれるそうだが

そんな知り合いもいやしない


でもチーズは好きだな、蛆がわいてなけりゃ

もっといい、最高だ、みんな好きだろ?


The Cooper's Hill Cheese-Rolling and Wake、チーズを転がし奪い合う、祭りだ

祭りには生け贄がいるんだ、この手紙に

書かれていたなにがしかの想いを捧げたら

生け贄にはならないか、血も所望?

安いチリ産ワインで許してくれよ


アルコールとは手を切って真っ当な

人生を歩みたかった、おまえが好きな

もの、たくさん教えてくれよ、また会おう

あの映画、朝日会館のアジア映画祭で観た

映画のタイトル、わすれたから、教えてくれ


真夜中のティータイム

向かいあうあなた

眠っているちいさな吐息

暖かな茶の薫りに満たされた

胸から吐息とともに言葉が

だれに向かうというわけもなく

あふれてあなたが拾いあげて

それを胸にしまっていく

また静けさが降りてきた


戸棚のなかはすっかり、がらんとして

余所余所しくハッカの香りがする

白いもの、ぼくはぷちり、と潰した

ゆび先を舐めてフォルマッジョとつぶやく

外国人の友人はいないから、さよならだ

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