日々 散文詩

そのころの

ぼくの悲しみは

保健所に連れて行かれる猫を

救えなかったことで、ぼくの絶望は

その理由が彼女が猫は嫌いだからという

自分というものの無さだった

ぼくの諦めはその翌日も同じように

珈琲を淹れて楽しみ美味いと感じたことで

ぼくの希望は生きている

ということしかなかった

色褪せたベンチに座る目やに汚れ

襤褸を着た年寄りより

若いということ

ただただそれだけだった

だからボートを盗んだ日

沖に出てすぐの小島のまえで、汗だくで

自分たちの限界を見せつけられたとき

ぼくらが共有した波が重なりあう

きらめきも、そらの深さも

忘れたくなかった、けれど

色褪せたベンチの一点へと

否応なく足は進み

そうして

若き日々に感じた

あらゆることを、まるで

美しい思い出として

酒のつまみに語らうことを

ぼくは傷ましく思う

忘却と懐古、そんな歪な美しさを

ぼくは憩う、忘れてしまった醜さを

刻みたいすべてに、まっすぐに

折れてしまうまえに

それはやはり

悲しみを産むのだから

自分の尾を追いかけて

ぐるぐる回る馬鹿な犬みたいだ

そうして、ぼくのなかには

猫はどこにもいなかった

そんなありふれた悲しみ


2001年8月の誕生日1日前

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