第17話 点火――17時38分、鴬台空港

 濃くなり始めた雪の中を、白い小さなシップは垂直に浮上した。風が強くて機体が揺れる。主翼がある分煽られやすい。それでもどうしても、大抵の飛行場では最初に航行浮上してからエンジンを使わねばならない。昔のような、真っ直ぐで長い滑走路がないからだ。

 風向きが悪かった。向かい風を得るために方向転換する間も、機体はゆらゆらとローリングした。

 指示灯も時々見えにくくなる。日没後のなけなしの光は分厚い雲と雪で遮られ、視界はかなり悪い。

 ベルト着用を再度確認するアナウンスをキャビンに入れた。随分前に法律が変わって、この規模の連絡船にはアテンダントがいない。

 管制はルート上の天候をまだ確認している。主翼を持つジェット機が航物換装して飛ぶ場合、ある意味一番危ないのは、航力のみで空中にあってジェットの推進力のないこの状態だ。

 パイロットにとって、目的地まで飛べずに事故るくらいつまらないことはなく、飛んで人に被害を与えるほど最悪なことはない。

 早く許可を出せ。早く。もう、十五分も待った。

 また一度、大きく機体が揺れた瞬間、管制がようやくゴーサインを出した。

 二基のエンジンが点火する。推進力を得た機体の後方で気流が変わるのがモニタ上に反映された。ここでバランスを崩しさえしなければいい。

 雲も雪もあって視界は悪いが、他の機はおらず三百六十度クリアだ。今夜ばかりは周りのシップやバスの動きを気にする必要はない。今ならやみくもに飛んだってこの辺りで別のフネに接触することはない。

 推進。推進。……主翼が揚力を得て、そしてシップは意志を現す。

 空へ。

 雪と雷と風の渦巻く空へ、盲目の鳥は迷いなく突進する。

 その先に彼らの、傷ついた母船が待っている。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る