ある魔女が死ぬまで -メグ・ラズベリーの余命一年-

地方都市ラピス編

第1話 余命一年の魔女

第1節 穏やかな日の死の宣告

すべての始まりは、たった一言の告知だった。


「あんた、死ぬよ」


開口一番、お師匠様はそう言った。


私、見習い魔女ことメグ・ラズベリーは。

「後一年で」

死ぬらしいのです。


午後一時、静かな書斎。

空は晴れ、雲は緩やかに流れるそんな穏やかな一日。

突如として放たれたその言葉に、私は思わず「ンブッ」と噴出した。


「何ですかお師匠様。突然冗談なんておっしゃいましてからに」

「冗談じゃないよ。あんたは死ぬ運命にある。あと一年でね」


何でもなさそうにお師匠様は言うと、何にもないように書類をパラリとめくる。

時計の秒針と、窓から聞こえる鳥の鳴き声だけが、静寂を際立たせた。


私が、死ぬ? あと一年で?


「嘘ですよね?」

「嘘じゃない」

「冗談は休み休み言ってくださいよ」

「残念だがこれは事実だ」

「私まだ十七ですよ? 死ぬ訳ないじゃないですか」

「お前は死ぬ。呪いでね」

「呪い?」


お師匠様は神妙な顔で頷く。


「あんたは呪いにかかってる。十八歳で発動する『死の宣告』にね」

「死の宣告?」

「生まれつきの持病みたいなもんでね。十八歳になると体内時計のリミッターが外れる。すると、通常の千倍の速さで老いていく。三日で約十歳、一ヶ月で百歳老いる。どれだけ長くても一ヶ月で死ぬ呪いさ」

「こわっ」


口にしたものの、あまり実感は無い。


「あのー、呪いを外すにはどうすれば良いのでしょうか」

「方法はない。今のところね」

「じゃあ呪いをかけた犯人は? お師匠様なら分かるでしょう。そいつを血祭りにして足の指から一本一本引き千切って行ったら、呪いを解く方法を吐くでしょう。何なら生きながらにして焼いてやっても良い」

「グロ……。生まれつきって言ったろ。言い換えりゃ病気なのさ。お前は病気だ」

「十七歳のうら若き乙女に何てこと言いやがる」

「一年間面倒見てやるから、安らかに眠りな」


無茶苦茶冷たいなこの人。

私が半泣きになっていると「まぁ、冗談はさておき」とお師匠様は続けた。


「助かる方法がないわけじゃないよ」

「笑えない冗談言ってないで、早く話してくださいよ……」

「まぁ、難しいのは確かさ。時間的にも、課題的にもね」


そういってお師匠様は透明なビンを取り出した。


「それは?」

「何の変哲もない普通のビンだよ」

「そんなクソみたいなもので私の呪いを解けるんですか?」

「口悪……」


お師匠様は私をめつけると、そっとため息を吐いてビンに手をかざした。


「この瞬間を刻め留めよ」


その呪文には聞き覚えがあった。時魔法だ。

魔法を掛けられたビンは、全体的に魔力を帯び虹色のオーラの様なものがまとう。


「いいかい、今、このビンに留めの魔法と集いの魔法をかけた。お前は今日から、ここに感情の欠片を集めるんだ」

「感情の欠片? 何それ? 人を殺せばいいんですか?」


現代社会でそのようなことをして良いものだろうか。銃殺待ったなしな気がするが。

いや、ガスを発生させればよい。魔法薬を用いれば、大規模な火山ガスを発生させることが可能である。そうすれば人々は泣き叫び、次々と死にゆくだろう。その怨嗟の声は間違いなく感情の欠片に違いない。まぁ代償として街の一つくらいは――「ストップストップ!」


「なんすか、いい所だったのに」

「『何すか』じゃないよ! 自分が生き永らえるのに人様殺してどうすんだい!」

「それが自然の理と言うもの。この世は弱肉強食」

「おだまり」


お師匠様は、そっと嘆息する。


「……いいかい、命の種ってのがある。人が持つ喜怒哀楽の感情のうち、喜びだけで作られた物だ。それを作る」

「じゃあ早く作り方教えて下さいよ」

「たかだか魔法を十年間学んだお前じゃ到底生み出せない代物だよ」

「どないせえ言うねん」

「だからこのビンがあるんだよ! ここに私の時魔法を込めておいた。絶対にはがれない強力な奴をね。このビンは涙を集め、保管してくれる。あんたはここに、色んな人の喜びの感情を集めて来るんだ」

「喜びの感情?」


私が首をかしげると、お師匠様は頷いた。


「人が喜んだ時に流す嬉し涙だよ」

「そんな下らないもの集めてどうするんですか?」

「口悪……。嬉し涙は命の種を生む材料だ。命の種はね、あんたの命を不死にする。つまり、トリガーが外れても寿命を保ってくれるのさ」


お師匠様はそういうと、ポンとビンを叩いた。


「私が永年の魔女になったのと同じだよ。この種を使えば、歳は取らない。自分で種の力を解かない限りはね。そうすれば、リミッターが外れても死にはしないって寸法さ」

「なるほど」

「そうすれば呪いで死ぬこともなくなる。満足するまで生きて、時がくれば種の力を解いたら良い」

「つまり、私は不老不死になるってことですか?」

「術を外さなけりゃね」

「おぉ……」


何だかすごいことになってきた。

ちょっと前までペーペーの魔女見習いだった私が、大魔導師であるお師匠様と同じになるとは。役得とはこのことを言う。


「何だかんだ弟子が可愛いんでしょ。それで、一体どれくらい涙を集めれば良いんですか?」

「千人分だ」

「……はい?」

「千粒集めんだよ。人が本当に喜んだ時に流す涙を、十二ヶ月で、千粒だ」

「それって……簡単です?」

「人は悲しみや痛みで涙を流しても、喜びで涙を流すことはそうない。少なくとも、私は百年掛かったね。色んな魔法を使って、命を延ばして、ようやく永年の魔女になったんだよ」

「一年で出来ます? それ」

「言ったろう? 可能性は限りなく低いって。不可能に近いよ」

「さいですか……本当にクソみたいな話ありがとうございました」

「口悪……」


私は静かに部屋を出た。


私、魔女見習いことメグ・ラズベリーは。

後一年で。

死ぬらしいのです。

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