番外短編 ピジョン・クエスト2
スタジオ兼ライブバー『第八天国』は盛り場の外れ、場末の雑居ビルにある店だった。
私は教えられた場所の少し手前で足を止め、見覚えのある人物を含む数名の人物がたむろする光景に見入った。
建物の前で困惑顔をつき合わせていたのは福田と髭をたくわえたニット帽の男性、そしてロック系のバンドマンらしい三人の若者たちだった。
「三途之署の河原崎です。カロンがいないので私が単独で来ました。正規の捜査ではありません」
「ああ、あんたか。覚えてるよ」
私を見てそう言ったのは以前、牛頭原の事務所で見かけた部下の男性だった。眼光こそ鋭いが、一見するとごく普通の小柄な中年男性でやくざには見えない。
「刑事さん……ですか?しかし、今うちのフロアにいるのは……」
オーナーらしき髭の男性は目に困惑の色を浮かべつつ、私と福田とを交互に見た。
「霊なんですよね。これは正規の捜査ではありません。……だからといって個人的にただ見に来たわけでもありません。なんていうか、その……」
「古井さん、この人はお化け専門の部署で捜査を受け持ってる刑事さんだ。少なくとも俺たちよりは「説得」が上手いと思う」
「お化け専門の刑事……」
古井というオーナーが目を白黒させると、今度は背後でひそひそやっていた出演者らしい若者たちの一人が「俺もちょっとだけ見たことあります。何か子供みたいな幽霊」と言った。
「子供?」
「はい」
おずおずと私に打ち明けた青年は、自分は『バブルバス』というバンドのベーシストでヒトシという名だとはにかみながら言った。
「それにしてもみんな、あの強面のおじさんは怖くないのにお化けは怖いのね」
私が福田の方を一瞥しながら言うと、ヒトシが「あの人、怖い人じゃないよ。しょっちゅう、僕たちのステージを見に来てくれるんだ。とっても楽しそうな顔でね」と言った。
私は意外に思いつつ、福田の方を見た。
「福田さん、あなたのお仕事だと色々な飲食店の、その……用心棒みたいな事をされてると思うんですが、なぜこの店がそんなに気になるんです?」
私はずっと気にかかっていたことを福田に尋ねた。上司である牛頭原をすっ飛ばしてカロンの携帯に直接かけてくるというのは、どうも不自然な入れ込み方のような気がする。
「たまたま見たこいつらの演奏が、何か気にいっちまってね」
若手バンドの演奏が気に入る――これまたやくざらしからぬ言葉だ。
「来週、大手レーベルのプロデューサーがライブを見に来るんで、こいつらに何とかリハーサルだけでもさせてやりたいんですよ」
古井がそう言うと、福田は「朧川さんなら、幽霊だってパクれるんじゃないかと思ってね」と強面に似合わぬはにかんだ口調で言った。
――んっ、なんだろう。この似たような物を二度見た気分は。
私は一瞬、脳裏に浮かびかけた何かを振り払うと「それで、問題のフロアには入れるんですか?」と尋ねた。
「入って入れないことはないのですが、お化けが居座ってからというもの足を踏み入れると妙な声が聞こえたりぞくぞくしたりして、一分といられないのです」
オーナーが怯えた口調で言うと、福田が「もう玄関といい階段といい、外から見てもわかるくらい、お化けの吐く気持ちの悪い息に包まれてる。正面からなんて入れねえ」と言った。
「他に入り口は?」
「ないな」
「……ちょっと待ってください。確か、ここのビルと隣の第二ビルは地下の電源室で繋がってるはずです。もしかしたら隣のビルから入ることができるかもしれません」
オーナーの言葉に福田は一瞬「本当か?」という表情を浮かべた後、私に「どうします刑事さん?」と尋ねた。
「入ってみましょう。そこからしか侵入できるルートが無いのなら」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます