第22話 闇の美少女は魔窟で戯れる


「うそっ、ここなの?……だってこれって廃……」


 沙衣は俺が示した建物を見るなり、絶句した。


「廃ビルじゃないぜ。れっきとした営業中のアミューズメント・ビルだ」


「アミューズメント……まあたしかに」


「三途之レジャーランド」という毒々しいピンクの飾り文字が躍る三階建てのビルは、モルタルのひび割れが傷痕のように痛々しい物件だった。


「入るの?」


「もちろん」


 俺は一階の「ボウリング・ビリヤード」と蛍光テープの文字で記されたガラス戸を押し開けた。埃臭い臭いがぷんと鼻を突き、薄暗い店内のどこからか、自販機の立てる唸りが聞こえてきた。


「まだこんな施設があったんですね」


 まるで古代遺跡を訪ねているかのような感想に、俺は「だから「お化け屋敷」と呼ばれているんだ」と返した。


 俺たちは年代物のピンボールマシンやコイン落としが並ぶ一角を抜け、小さいながらもまともなレーンが並ぶボーリング場に足を踏みいれた。

 土足はちょっとまずいかな、そう思いつつ進んで行くと、券売機の陰から小柄な老人が顔を覗かせた。


「誰かと思ったらカロンじゃないか。おいぼれに小銭を恵みに来てくれたのかね」


 老人はそう言うと、眼鏡の奥から鋭い眼差しを寄越した。国籍不明のこの老人は通称「ケイン爺さん」と言って裏世界じゃちょっとした有名人だ。偽の組事務所をこしらえてくれと言われれば三日で仕上げ、強面を十人集めてくれと言われればその日のうちに手配する……言わば闇社会の便利屋なのだった。


「爺さん、実は近々、この建物を貸してほしいんだ。敵を「罠」にかけようと思ってね」


「そりゃあ大仕事だわい、カロン。四、五日はかかるな」


「頼むぜ爺さん。長い付き合いだろう?」


「ここを使うということは。「死人がらみ」だな?貸すのはいいが死体の始末はお断りだ」


「なるべく死人はは出さないつもりだよ。まあドアの一、二枚は吹っ飛ぶかもしれないが」


「ふん、お前さんの頼みで受けた仕事が無事に済んだためしはないからな。一応、覚悟はしておくさ。……時にそちらのお嬢さんは何者だね」


 ケイン爺さんは眼鏡を押し上げると、俺の傍らで控えている紗枝に目を向けた。


「こいつは俺の後輩刑事だ。闇社会にゃとんと縁がないが……その代わり、俺の後ろにいる「後見人」が見えるようでね。お目つけ役を拝命したってわけさ」


「ほう、そいつは面白い。ここで一戦交えるとなると、色々なものを見ることになるが、大丈夫かのう」


「それもまた社会勉強さ。……爺さん、今回は一階と二階、場合によっては地下も使うことになるが「仕掛け」付きで頼めるかい」


「いいとも。二、三日中に見積もりをあんたの上司に送っとくよ」


「オーケー、これで話は終わりだ。前金を置いとくから、うまい酒でも飲んでくれ」


 俺はそう言うと数枚の札をカウンターの上に置いた。


「カロン、手付金としちゃあこれはちと多すぎるな。せっかく来たんだ、そこのお嬢さんと遊んでいったらどうだ?彼女には珍しいものばかりだろう」


「どうかな。一つでも遊び方を知ってるマシンがあるかどうか……」


 俺がフロアを見回しつつ、品定めを始めたその時だった。


「……カロン、カロンじゃない!」


 少し離れた場所から、はずんだ女性の声が飛んできた。はっとして振り向いた俺の目に飛び込んできたのは、黒のレザージャケットにミニスカートの少女だった。 少女はピンボールマシンから離れると、長いポニーテールを揺らしながら俺たちの方へ跳ねるような足取りでやって来た。


「お久しぶりーっ。そろそろまた、場末が恋しくなった?可愛い子と遊びたいんなら、いつでも付き合ったげるわよ。……どう?たまには私に身ぐるみ剥されてみない?」


 廃墟のような建物にそぐわない快活な少女の登場に、沙衣が目を丸くしながら囁いた。


「ね、カロン。こちらの方は?」


「ええと、こいつはケイン爺さんの孫娘で……」


「私はカロンの許嫁者いいなずけよっ」


「……えっ、許嫁者ですって?」


「おい、適当な事言うんじゃない。この子は魔魅香まみかと言ってここいらの歓楽街を遊び場に育ったイカレポンチ娘だ。単なる古い顔見知りだよ」


「カロン、許嫁者をないがしろにすると、後が怖いわよ……なんてね。さ、何して遊ぶ?」


 はしゃぎ回る魔魅香を呆然と眺める沙衣を横目に、俺は大仕事を前に一つ、厄介な野次馬が増えちまったなとそっと漏らした。


             〈第二十三回に続く〉

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