第12話 人の姿に似せし黒き影たち
「いいところにいらっしゃいました。ちょうど今、スーツのモニター同士の模擬対戦を行うところです」
俺たちと顔を合わせるなり明石はそうまくしたてた。早口とは裏腹に顔に緊張が貼りついているところを見ると、模擬格闘とやらを俺たちに披露することはあらかじめ段取りがついていたのだろう。
俺と沙衣はビルの五階にある一室へと案内された。大きなディスプレイとコンソールがあるだけのモニタールームだった。ディスプレイにはリングのような四角い空間と、向き合って身がまえている黒いボディスーツ姿の二つの人影が映し出されていた。
「この二人は体格、運動能力ともほぼ互角です。スーツも同じ性能の物を着用しています」
明石は滑らかな口調で説明すると、コンソールのマイクに向かって「ファイト!」と叫んだ。明石のコールと同時に二人が動き、それぞれに攻撃を繰りだした。
一方のファイターが蹴りを繰りだすと、もう一方が紙一重でかわし、肘を叩きこんだ。吹っ飛ばされた方のファイターはロープの代わりに設けられた柵に激突し、その機を逃さず駆け寄ったもう一方が、柵に押しつけるような形で連打を叩きこんだ。
「ひどい……一方的じゃない」
沙衣が嗚咽に近い呟きを漏らした。
「とんでもない。このくらいやってもらわないとデータが取れません」
明石は感情を交えない声で応じた。その言葉に反応したのか、打たれていた方のファイターが一瞬、低く沈んだかと思うと、次の瞬間、ドロップキックを思わせる蹴りを飛び込んできた相手にくらわせた。
先ほどとは真逆に、飛ばされた相手ファイターは反対側の柵に激突し、床に沈んだ。倒れた隙にもう一方が駆け寄り、倒れている相手にここぞとばかりにストンピングを繰り返した。
立て続けに繰りだされる残虐ファイトに、沙衣はディスプレイから目を背け始めた。
「我々のスーツファイトの特徴は展開が早いことです……御覧なさい」
明石がそう言うや否や打たれるに任せていたファイターの姿が消え、次の瞬間、攻撃側の身体をホールドし、バックドロップのように後頭部から床に叩きつけた。
「なんだこの動きは……あり得ない」
俺が絶句していると、ダメージを受けているはずの相手がぴょんと起き上がり、再びファイティングポーズを取った。あれだけ互いに打ち合ったというのに、どちらにもまるでこたえている様子はなかった。
「……ようし、そこまでだ」
明石がマイク越しに中断を命ずると、ファイターたちはその場ですっと背筋を伸ばした。
「いかがですか、我々の提唱する新しい芸術は」
明石は誇らし気に言うと、俺たちの感想を待ち受けた。
「……素晴らしいショーだね。出演者が人間らしさを失わなければの話だが」
俺が懸念を口にすると、明石は「その点は改善の余地が残っています」と返した。
「そのあたりについて少々伺いたいんですが……実は先日、偶然荒木さんの奥さんが暴漢に襲われるところに出くわしましてね」
俺が予告なしのジャブを繰りだすと、それまで余裕を見せていた明石の顔からすっと血の気が引いた。
「暴漢に……どうしてまた」
「それは俺にもわかりません。それより気になったのはその暴漢が、ですな。黒いボディスーツを着ていたんですよ。それで人間離れした怪力を目の当たりにしましてね。こいつはどこかで見たことがあるなと」
「……刑事さん、腹の探り合いはよしましょう。つまりこうおっしゃりたいのでしょう?我々の研究所からスーツが流出したと」
「話が早くて結構ですが、質問しているのはこちらです。スーツが流出するとおっしゃいましたが、心当たりがおありなんですか?」
俺が満を辞してストレートを繰りだすと、明石はのけぞるような仕草と共に押し黙った。
「私の方では把握していません。……ですが開発の現場にいる人間なら、何か知っているかもしれません。答える代わりにそちらにご案内しましょう」
明石は肚をくくったのかディスプレイの電源を落とすと、ドアの方を目で示した。
「いい心がけですな。言っておきますが小細工はなさらぬ方がお互いのためですよ」
俺は再びジャブを繰りだすと感情を消し去った明石に促されるまま、部屋を出た。
通された部屋は試作品と思われるスーツを着た人形が並ぶ、小奇麗な会議室だった。
人払いをしたらしい部屋で俺たちを待っていたのは、白髪交じりの痩せた男性だった。
「ようこそいらっしゃいました。私が「アンフィスバエナ・フィジカルプロジェクト」の開発主任で取締役の芦田です」
白衣に身を包んだ芦田と名乗る男性は、俺たちに好意的な態度を示してみせた。
「明石君からお聞き及びのことと思いますが、当プロジェクトの目的は人間のフィジカルな可能性を追求すること、それを強化するスーツを用いた新しい格闘芸術を提唱することにあります。当然、その過程で得られた技術的なイノベーションを医療、福祉等の分野に還元するという社会的使命も同時に担っていくつもりです」
挨拶もそこそこに自慢話をねじ込まれ、俺はすっかり白けた気分になった。
「御託はわかった。……で、その自慢のスーツがここから消えたことはあるのかい」
俺は芦田の得意顔に自分の鼻先を近づけながら言った。
「……管理を担当していたものによると、行方がわからないロットがいくつか確認されているそうです。……私は研究所内での一時的な紛失と把握していますが、それ以上のことはわかりません」
芦田は紛失を認める一方、落ち度はないと言わんばかりの憮然とした態度を示した。
「ほう、そうかい。……いいかい、ここからはお互い腹を割って話したいんだが、万が一、お宅で開発したスーツが暴行や殺人の際に使用されたことが判明したら、どうする?」
「それは使用する人間の問題です」
「世間はそうは見ないと言ってるんだ。……いいか、俺たちは殺人事件の犯人を追っている。事件さえ解決すれば、犯人がナイフを使おうがスーツを使おうが関係ない。あんたたちの研究がどんな反社会的な連中に利用されようと、それは俺たちの捜査とは無関係だ」
「何をおっしゃりたいのです」
「知ってることがあるんなら、ここで残さず話してもらいたい。ようは俺たちが追っている事件と関連した情報が欲しいんだ。あとのことは聞かなかったことにする……どうだ?」
「そう言われましても……少々、事実を確認する時間をいただきませんと」
「ようし、決まった。無くなったスーツの数に持ちだした疑いのある人間のリスト、消えたと思われる日時等、わかったことをすべて報告しろ。いいな?そんなには待たないぞ」
「……わかりました。そのようにはからいます」
俺の勢いに呑まれた芦田は、不承不承と言った体で頷いた。
「これで事情聴取は終わりだ。ありがとう、ご協力感謝するよ」
俺は芦田に一礼すると、なぜか険しい顔つきで控えている紗枝に「行くぞ」と顎をしゃくってみせた。
〈第十三回に続く〉
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