沫雪

 ふわり、と雪が踊る。枯れの空に浮かぶ銀花は周囲のあたたかさを奪って氷点下の園へと突き落とした。刺すような冷たさ、悴んだ指。赤くなった耳は端から千切れてしまいそうで。鼻先は凍りそうだった。濡羽色の静寂。震える肩を抱くように身を縮こまらせ、彼女は帰路を辿った。

 街灯と月が孤独な背中を照らす。他に灯りは無い。ただただ暗い道を独りで歩いた。粉雪が伸びかけの黒髪に少しずつ積もってゆく。白い息が宙に溶けて無くなった。

「あと少し……」

 彼女の目指す先に光は無い。ただあるのは点々と置かれた申し訳程度の街灯とまっすぐに伸びた道、そして人の住まぬ住宅街。一歩、また一歩と足を進める度にダッフルコートのトグルがぶつかりカチャカチャと鳴る。その小さな音が冷たいアスファルトに響いた。

 冬の寒さが不安を煽るのか、彼女の震えは増していく。顔は恐怖に濡れ、血の気が引いていた。あと何れくらい歩けば彼女は助かるのか。先が見えぬ。真っ暗な一本道では目的地までの距離でさえも分からなかったのだろう。

 ようやくがらんどうの商店街を抜けた。少し開けた先にあるのは児童公園と、閑静な住宅街に灯る小さな光がひとつ。そこに見えた希望に冷えきっていた彼女の心にも灯がともったようであった。心なしか重かった足取りも少しは軽くなり、顔に浮かんだ怯えは消えた。そこに居るはずの人間を想って頬を綻ばせる。はぁ、はぁ、と白い息を路面に置いて足早に家と家の間を駆け抜ける。その距離はあと数十メートル。濡れ髪が揺れた。

 オレンジ色の光がどんどん近づいてゆく。心臓が踊った。錆び付いた門を開け、玄関の前に立つ。響くチャイム、頬を染める彼女。その扉が開かれたとき、積もった沫雪は溶け去った。


「おかえり」


「ただいま」


 彼のあたたかさに凍った彼女の心は溶かされた。

 冬枯れの季節、霜降り。彼女の心に、もう雪は必要無い。

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