第4話 憎む途上の冒険者

 目の前の冒険者を切り裂く。

 気持ちいい――。

 相手を切り裂く感触も、おびえた相手の顔も、殺したことによる征服感も。全てが俺にとっての快感だ。

「や、やめてくれ!」

 相手の懇願。だがそれは聞き届けられない。何故ならこれは、殺すことが目的の行為だから。

「やめられねえよ――」

 俺は言う。きっと今、俺の顔は最高に歪んでいる。

「俺のために死ねえ!」

 振るわれた刀。リアルの刀よりも幾分ファンタジーなデザインの片刃の長物。そいつが食い込み、切り伏せ、命を刈り取る。その快感――。

「やめられねえなあ!!」

 そう、これはやめることなどできない、俺のための殺人だ。



 ●



「こんにちは! イギさんいますか?」

 月曜の昼間。あっくんが学校へ行っている時間を見計らって、私はイギィヒルズを訪れていた。

「ああ、レンか。ちょっと待ってくれ」

 別荘の中に向かって声をかけたのだけど、予想に反してイギさんの声は裏手から聞こえてきた。別荘の裏に回ってみる。

「はあ! ふん、たあ!」

 裏手に回るとイギさんが自己鍛錬をしているところだった。そこそこ広くなっている場所に案山子の様な木でできた人形を相手に何度も魔法を繰り出している。

「はああ!」

 どうでもいいというか、あれなんだけど。VRで自己鍛錬って意味があるのかな?

 疑問に思って、でも待てと言われたので待ちつつ、イギさんの自己鍛錬を観察する。内容はさっきから同じ魔法を四つほどループさせて撃ち続けている。ただ何と言うか、イギさんの顔はどことなく虚無というかなんと言うか。

「はあ! ふん、たあ! はああ!」

 そう言えば掛け声までもが同じもののループだ。見た目ちょっと不気味である。

「コーヒーが旨い」

「は?」

 突然イギさんが呟いた。コーヒー? ワッツ? 思わず英語で疑問を浮かべる。

「いや、今日はさっき近所のコーヒー店で買ってきたやつを飲んでるんでな、なかなかいい味なんだ」

「いやそうじゃなくて」

 思わず突っ込む。魔法鍛錬をループさせながら虚無顔でコーヒーの話をするイギさん。なかなか怖いよ?

「ああ、鍛錬モードを見るのは初めてか?」

 鍛錬モード?

「なんですか、それ?」

「設定すると自動で一定時間経験値を稼いでくれるシステムだ。ログインは必要だが、リアルで他のことをしながら経験値を稼いでくれるから便利だよ」

 ああ、なるほど。オートモードで経験値を稼ぎつつ、本人はコーヒーブレイクしてたわけか。

「あと三分ほどで終わるんだ。まあゆっくり待ってくれ」

 言われて私はただ待っているのも暇なので、オート鍛錬の横でアイテム変換する。私も変換のスキルレベル上げだ。

 ……これ、傍から見たらすっごく変な光景だなあ。

 そして三分後。私とイギさんは別荘の中へ入ったのである。



「さて、今日はいったいどうしたんだ?」

 イギさんの言葉に、私はおずおずと言い出す。

「いや、その、なんていうか」

「話しづらいことか?」

 話しづらいというか、恥ずかしいのよね。

「イギさんて、文章書かれるんですよね?」

 私が言うと、イギさんはなんというか、微妙な表情をした。なんだろう、聞いたらダメだったかな?

「聞いたらダメでした?」

 素直に聞いてみる。

「いや、そうじゃないんだが……」

 イギさんは歯切れ悪く、目の前のお茶を飲んだ。

「まあ、趣味で書いてるだけさ」

 それだけ口にすると、イギさんは私の言葉を待つ。なのでこちらから要件を話す。

「その、この間私も文章を書きたいって、まあ小説のようなやつとかなんですけど、言ったじゃないですか」

 イギさんは私の言葉を静かに聞いている。

「それで、イギさんがそういうのやってるなら、何かアドバイスというか、そういうお話聞けたらなあって」

 そこまで話すとイギさんはただ一言、そうか、と言ってちょっと黙った。

「なあレン」

 イギさん自ら沈黙を破る。

「君は、それを職業にしたいのか?」

「あ、えーと」

 イギさんの質問に、ちょっと迷うというか、恥ずかしくて言い出せないというか、そんな間を作りつつ答える。

「はい」

 イギさんはうなずく。何度もうなずく。そして聞いてきた。

「どうして職業にしたいと?」

 私はちょっと深呼吸。そして答えた。

「あっくんがVRに感動したように、私もVRに感動したし、それをひとにも伝えたいと思って。でも、私が伝えたいのはVRそのものじゃなくて、感動したことそのものかなと思って」

 イギさんは静かに私の言葉を聞き続ける。

「こんなことに感動したよとか、こういう感動があったんだとか。それを伝えたくて。それを小説とかで物語にしたら、伝えられるんじゃないかと思って」

 私は続ける。

「私が感じた感動、世界とか、それを冒険するとかの感動を伝えられたらいいなと思ったんです」

 言い終わる。沈黙。イギさんはしばらく黙って考え込むようだった。しばらくして口を開く。

「文章は、小説は趣味でも書けるものだ。仕事として書かなくても読んでもらうことはできるし、感動を伝えることもできる。それでも趣味じゃなくて、仕事にしたい?」

 イギさんの言葉。なるほど確かにその通りだ。小説を書くだけなら別に仕事にする必要はないのかもしれない。あっくんみたいにVRとかならひとりでは難しいだろう。だから仕事としてやってみるというのは大きな選択肢だ。でも私の小説という夢は仕事にしてまでする意味というのは薄い。

 私はしばらく考えた。

「確かに、そう言われると正直わからないです」

 素直に言う。仕事として出来たら素晴らしいだろうと思う一方で、絶対に仕事じゃないとだめというわけではない気がする。

「ただ――」

 私は付け加えた。

「他にやりたいことは考えつかなくて……」

 ちょっとしりすぼみに言う。イギさんはうなずいた。

「そうか。小説を書くこと自体はいいことだ。だが、仕事にするかは本気で悩んでからでも遅くはない。よく考えてみるといい」

「はい」

 私はちょっとうつむき加減で言った。確かにそうなんだけど、なんだか自分の夢に待ったをかけられたような形でちょっと、なんていうかがっかりというか。

「そう落ち込むな」

 イギさんはそう言いながら、すまないな、とも言う。

「趣味で書けるものなのだから、まずは書いてみるといいだろう。そしてどこでもいいから発表して、そして自分がどう思うか。そういうステップを踏んでからでもいいんじゃないか?」

 言われて私は、うなずくのだった。



 ●



「あれ? タクミ?」

 学校の昼休み。飯を食い終わった俺はトイレへ行くべく廊下を歩いていたのだが。

「ああ、奮か」

 職員室から出てくるタクミとかち合った。

「どうした? こないだのテストの点数でも悪かったか?」

 タクミはどことなく暗い雰囲気だ。

「いや、そうじゃねえよ」

 そう答える顔もやはりすぐれない。

「なんだよ、相談あるなら乗るぜ?」

 そう言った俺を、タクミはなんだか不満げな顔で見る。

「お前はいいよな」

 それだけを言うと、タクミは背を向けて教室へ歩いて行った。

「あ、おい」

 俺の声にも振り返らないその背中は、なんだか落ち込んだような、何かをため込んだような、不安を覚える背中だった。



 ●



 それがしの名はワルツ。ナインスジールに降り立った華麗なる猛き勇者である!

「ふっふっふ」

 思わず笑いが漏れてしまった。はっとして周囲を見る。たぶん誰も気にしていないでござろう。いやあ、これからナインスジールに向かうと考えると、思わず自分の中で語ってしまいますなあ。そう思いつつ自宅最寄りのVRカフェへと足早に歩く。

「今日は何して遊ぶでござるかな。ふうむ」

 ナインスジールでの冒険に思いをはせつつ、信号を渡る。冒険をしているときも良いでござるが、こうしてどんな冒険をするかを考えているときもまた良いものでござる。お、VRカフェが見えてきたでござるな。それがしもVRヘッドセットは持っている。持っているのでござるが、VRカフェのドリンク飲み放題とか、ゲーミングチェアの座り心地、そしてVRMMOプレイヤーへのゲーム内特典などの魅力故VRカフェには足しげく通ってしまうのであった。

「やや? あれは……」

 VRカフェに入っていくひとりの高校生らしき若者。うむ、最近よく見かける常連でござるな。受付でニアランドサーガの話をしていたのを聞いたことがあるので、そっと心の中で同志と呼ばせて頂いていたりする。

「ふふふ、今日は同志もゲームをしに来ていたか」

 VRカフェの扉に消えるその背中に、そっと親指を立てる。

「良い冒険を!」

 びしっと決めた後、それがしもVRカフェの扉をくぐったのである。



 ●



「あ、あっくん! おかえりなさい!」

 そう言って出迎えてくれたレンに、俺はただいまと返す。

「あっくん、まだ恥ずかしそうに言うんだね」

 レンが笑う。いやあだってなあ。そう思って俺はその家の中を見まわした。まだ建てたばかりで必要最低限のものしかない調度品類。そう、ここは俺とレンの家だ。正確にはナインスジールでの家なので別荘と呼ぶのだが、それでもやっぱりここは俺とレンが建てた家なわけで。

「やっぱりまだ恥ずかしいよ」

「もう、結婚したわけじゃないんだから」

 俺は照れて頭を掻いた。

「ほら、ペルー、あっくんが帰ってきたよ」

「ワンワン!」

 ペルーが家の奥から俺に向かって走ってきた。ペルーにまとわりつかれながら、俺は窓を開ける。

「おーい、元気か?」

「ヲヲン」

 窓の外、そこから少し遠い場所にいたゴーレムが答えた。先日のコデックスにおける騒動でなんだかんだとゴーレムとペルーを連れ帰ってしまった俺達。どこで飼うんだよっていう流れの果てに、俺とレンが家を建てて飼うことになったんだ。

 俺はゴーレムから視線を外して窓の外を見る。そこにはコデックスの郊外、赤土の上にテントや小さな家などが立ち並ぶ景色が見えた。あの後わかったことなのだが、ペルーとゴーレムはコデックスから長い時間離れることができないらしく、離れて一定時間たつと強制的にコデックスへ戻されてしまう。まあコデックスのイベントNPCなわけだから当然と言えば当然なのだろう。そんなわけで俺たちの別荘はコデックスで最も安い土地に建てるということで決定したのだ。

「で、あっくん、今日はどうする?」

 レンの声に家の中に意識を戻す。どうするとは、今日は何をして遊ぼうかということだ。

「うーん」

 俺はうなった。このゲームを始めて半年以上、俺もレンもそこそこレベルが上がった。現在俺がレベル四十二でレンがレベル四十一。普通のペースよりは上がり方が遅い。だけど受験生である俺とレンはゆっくりと上げるしかなかった。さて、そんな俺たちが今日は何をするかだが。

「やっぱこれだよなー」

 俺は腰に下げた自分の武器をすらりと抜いた。様になった動作で抜き放たれた俺の武器、つまりそれは棍棒だった。

「やっぱそれだよね」

 レンも言う。でもこっちは半ば笑っていた。

「笑うなよ」

「ふふ。でも棍棒も似合ってるんじゃない?」

「よせよせ!」

 なんで俺が棍棒を装備しているのかというと。先日のコデックスでの騒動で、俺は愛用の剣を失くしてしまったのだ。正確には折れたんだけど。で、新しい剣が必要なんだが、この家を買わなければならないというわけで手元に金がなかったのである。そんなわけで俺は今、その辺で拾った木を自分で簡単に加工した棍棒を装備しているのであった。

「く、ダサい……」

 何度見てもダサい。特に手製なので不格好なことこの上ないのだ。

「使える分文句言わないの」

 笑いながらもレンが言う。そうなんだ。流石に攻撃力は落ちたが、棍棒でもちゃんとスキルは発動してくれる。おかげで今のところ不自由は少ない。でもやっぱり強い武器は必要だし、やっぱかっこ悪いし!

「じゃあ、今日はお金稼ぐ?」

 マーケットで剣を買うにはとにかく金だ。稼ぐ必要がある。しかし、俺はしばらく考えてから答えた。

「いや、自分で作ろうと思う」



 ●



「あら、自分で作るの?」

 俺達の話を聞いたモカさんはちょっとびっくりした様子だった。このゲームでは武器や防具を自分で作ることもできる。マーケットで他人が作った剣を買ってもいいが、材料を自分で用意して作るために手作りの方が圧倒的に安く上がるのだ。それに加工のレベルが高かったり、いい素材を使えばいい武器や防具を作ることもできる。まあ、もちろんマーケットでそう言った上質な武器を買うこともできるわけだが。

「買うより早そうだし、それに加工のレベルは上げておいて損はないと思って」

 俺は答える。

「それで、材料になる鉱石とか、取れる場所を聞きに来たんです」

 うんうんとうなずくモカさん。

「鉱石を取りに行くなら、近いし強い敵もいないカノス鉱山がいいかしらね」

 ふむふむ。カノス鉱山か。

「あそこなら邪魔になる敵がほとんどいないし、鉄がいっぱい採れるわ。まあ、その代わり普通の鉄しか採れないんだけど。初心者にはお勧めね」

「なるほど、ありがとうございます!」

「あっくん、早速行こう!」

「ああ!」

 言って馬にまたがろうとした俺達を、モカさんが呼び止めた。

「ちょっとまってて」

 モカさんはそう言うと、イギィヒルズの中からそれを持って再び出てきた。

「これ、持って行って」

「なんですか、これ?」

 モカさんの持ってきたそれ。タッパーに詰められた赤茶色に照りかえるなんだか、なんだ? ミンチ? やけにキラキラと照りかえるミンチの様な何かだった。

「これ、イギさんの作り置きなんだけど――」

 タッパーを持ち上げて俺の目の前に持ってくる。うわ、匂いがすっぱい!

「梅水晶よ」

 初めて聞く名前だった。



 ●



カノス鉱山は所謂露天鉱床というやつだった。山の中腹辺りに天井もなく、そこらじゅうで採掘が行われている。採掘をしているのはほとんどがNPCで、プレイヤーはまばらだ。

「冒険者の方ですね」

採掘場の入り口で警備の兵士に呼び止められた。

「あ、はい」

俺は答えながら思う。ひょっとして採掘するのに許可とか要るんだろうか?

「分かってると思いますが、危険なモンスターが出た際にはご協力ください。その交換条件で冒険者に採掘が認められています」

「ああ、分かりました」

なるほど、そういうことになってるのか。俺とレンは適当な場所を見つけて採掘に取り掛かった。採掘は単調な作業ではあったけど、手に入れた鉱石をそのまま持って帰れるので気分的にはちょっとしたレジャーのようだ。

「潮干狩りみたいだね」

「力が要る潮干狩りだけどな!」

そんなことを言い合いながら鉱石を堀続ける。掘った鉱石はそのまま懐へ消えていくのでバケツを持つような苦労がないのは潮干狩りとは大分違う。まあ、採掘だからバケツって訳じゃないけど。そんな風に二人で和気あいあいと掘っていた、その時だ。

「うわああああ!?」

悲鳴だ!

「あっくん!」

「ああ、行ってみよう!」

俺とレンは悲鳴のした方へ急いだ! モンスターか? モカさんは強いモンスターは出ないと言っていたけど……。

悲鳴のした方へ近づくにつれて、声が聞こえてきた。

「なんだこいつ!?」

「冒険者じゃないのか!?」

「ぐああああ!?」

「逃げろ! 早く!」

聞こえてくる声が妙だ。俺たちと逆へ走る鉱夫をひとり捕まえて聞いてみる。

「何があったんですか!?」

背丈の低い鉱夫、多分グラスエルフという種族だ、その鉱夫は叫ぶ。

「冒険者が襲ってきたんだ!」

「冒険者が!?」

俺は目を白黒させて聞き返す。モンスターじゃないどころか、襲ってきたのは冒険者だって!?

俺は鉱夫を離すと鉱山の奥を見つめた。冒険者が襲ってきたなんて、どういうことだ?

「あっくん、あれ!」

レンの叫び。俺はその叫びの示す場所、鉱山の奥から人影が出てくるのを見た。

「……」

全身が真っ黒な鎧とフルフェイスの兜、手には長い片刃の刀を持っている。こいつが襲ってきた冒険者? NPCじゃないのか!?

意識を集中して見る。相手の名前はサイレント、レベルは――五十五!? 本当に冒険者だ!

サイレントは刀を一振りした。刀についていたらしき血が地面に飛び散る。その地面にはこいつに斬られたであろうNPCが転がっている。本当に冒険者がNPCを襲ったんだ!

「こいつ!」

俺は妙な怒りが込み上げてきた。モンスターでもない、無防備なひとを殺したんだ。NPCだからって関係ないじゃないか!

「お前、怒ってるのか?」

サイレントが喋った!

「当たり前だろ!」

棍棒を構える!

「そのレベルで棍棒だと? 何かのジョークか?」

「うるせえ!」

「あっくん!」

レンが叫んだ。だけど俺は止まらない。いや、止まるなんて出来るもんか!

「スラッシュインパクト!」

俺の渾身の一撃を、しかしサイレントはいとも簡単に受け止める。つばぜり合いで睨みあう!

「――あっくん?」

だが、妙なことにサイレントはそう呟くと俺を見た。フルフェイスのその隙間から、俺を覗く目。ぞっとした。なんだこいつ!? なんて目をしてるんだ!

俺は自分からサイレントと距離をとる。

「ふん、そうか」

サイレントが言う。

「死ね」

ただ一言。そして次の瞬間――。

「!?」

一瞬で俺の視界が灰色になる。そして地面に倒れた。

「あっくん!」

レンの声が聞こえる。でも、体は動かない。なんだ、何があった? 混乱する俺の目の前に、小さなウインドウが現れた。かかれた文字は――。


YOU ARE DEAD.


俺、死んだのか!? あまりにも早すぎてまるで何が起きたかわからなかったぞ!?

「あっくん!」

「レン、逃げろ!」

叫ぶと声だけは出せた。だけど体はピクリとも動かない。

「逃げるんだ! レン!」

「嫌、嫌ぁ!」

レンの声が俺の死を嫌がっているのか、サイレントに狙われたのを嫌がっているのかわからない。だけど、このままじゃ殺されちまう! 動け、俺の体よ、動いてくれ!

だが、願いは虚しく、俺の体は消え始め、目の前が暗くなっていく。

「レン! レエエエエエン!」

最早音も聞こえない。ただ暗闇の中に文字が浮かんでいた。


復活ポイントに戻ります。


「ちっくしょおおおおおお!」

俺の叫びは、ただ虚しく響いた。



 ●



目の前で倒れたあっくんの体が霧散するように消えていく。そんな、あっくんが殺されたなんて――!

「次はお前だ」

サイレントが私に向き直る。どうしよう、このままじゃ――!?

思った瞬間、サイレントがゆっくりと刀を振り上げた!

「ブラッドスライサー」

「……!」

身構えた私。だけど私は死んでいない。これは――。

「くう――!?」

次の瞬間、熱い感覚が私の左腕に走った! びしゃりと血が飛び散る。これ、出血によるスリップダメージ!? 体力が少しずつ減っていく!

「すぐには殺さん」

サイレントは宣言する。

「俺を楽しませてから死ね!」

再びサイレントは刀を振るう! だけど私の体力は少しだけ減るに止まる。こいつ、わざと手加減を――!?

「ハア!」

なすがままにサイレントに切り刻まれる。レベルが違いすぎて避けることもままならない。なんとか一矢報いなきゃ……!

「ツインスラスト!」

必死に反撃する! だけどサイレントは避けようともしなかった。

「――!?」

鈍い金属がぶつかり合う音。私の短剣は、サイレントの鎧の上を刃を滑らせただけだった!

「無駄だ」

嘘!? レベルが高いにしてもおかしいほどの防御力だ!

「くっくっく」

サイレントの笑い声。それは確実に愉悦を感じている声だ。

「さあ、もっと楽しませろ!」

サイレントがゆっくりと歩み寄る。どうしよう!? 何か、何かないの――!?

私は必死に考え、自分の持っているアイテムを確認し直す。

「無駄だなんだよ!」

サイレントが言葉と共に刀を振り上げた。でもその時、私はそれを見つけた!

「ソーイングシャドウ!」

咄嗟にスキルを放つ。ダメージはもちろんない。でも――!

「く、速度減少効果か!?」

サイレントの動きが遅くなる。それを確認した私は後ろに向かって全力で走る!

「逃げるつもりか! だが!」

サイレントが素早く追いかけてきた。突撃攻撃系のスキルで移動速度を補強した短距離移動だ! でも、それより私の方が速い!

「バカな!?」

驚愕するサイレントを尻目に、私は全力で走り続ける。口の中にすっぱさを感じながら――。

「移動速度アップの料理だと!? くそ!」

そう、私はモカさんからもらった梅水晶を口に含んでいた。元々この梅水晶は蒸し鶏の軟骨部分を加工したものだ。蒸し鶏は食べると一時的に持てるアイテムの最大重量が増える料理アイテムだ。モカさんは採掘に便利だからと持たせてくれたのだが、その蒸し鶏を梅干しで加工してあるのがポイントだ。梅干しは移動速度を一時的に上げてくれる料理アイテムだ。私は心の中でそっとイギさんに感謝する。おつまみ用に加工してくれていてありがとうございます! お陰で今、私の気分は陸上選手です!

短距離走のつもりで全力疾走! サイレントを引き離す!

「おのれえええええ!!」

サイレントの声が背後に響き渡った。



 ●



「レエエエエエエエン!」

 叫んだ俺の目の前が、急に明るくなる。ここは――。

「エニマの、街……?」

 目の前には城のような建物、冒険者組合本部だ。どうやら死んだことでエニマの街まで飛ばされてしまったらしい。俺はすぐさまフレンドリストを立ち上げてレンにウィスパーを飛ばした。

「レン、無事か!?」

「あっくん! 無事だよ! あっくんは!?」

 どうやらレンは無事逃げてくれたらしい。思わずほっとする。

「俺は大丈夫、って言うか、VRだからたいしたことはないよ」

 言いながら俺は自分の状態を確認した。特に変わったことはない。アイテム類もそのままだ。もともとこのニアランドサーガでは死亡時のペナルティは緩い。一番でかいペナルティは経験値が減少することだが、アイテムがなくなったりとかいうペナルティはない。

「そっか、良かった……」

 レンもほっとしたようだ。

「それにしてもあいつ、本当に冒険者なのに襲ってきたな……」

 俺は呟く。

「ねえ、イギさんに聞いてみない?」

「そうだな」

 俺はレンに同意を返すとイギさんにウィスパーを送った。



 ●



「そうか、そんなことがあったか」

 イギさんはため息をつくようにそう言った。イギさんに連絡を取った俺達はそのままイギさんの別荘に集まっていた。モカさんももちろんいる。

「でも梅水晶で助かるなんて、何が役に立つかわからないわね」

 うんうんとうなずくモカさん。

「いやまあ、今重要なのはそこじゃないだろ」

 イギさんが話を戻した。

「しかしPKとはな」

「PK?」

「ああ、プレイヤーキラーの略だ。つまりプレイヤーを狙って殺すプレイヤーだな」

 プレイヤーキラー、そんなもんがいるのか!

「でも、PKなんて珍しいわね。よっぽどのスキモノじゃないかしら」

 モカさんの言葉にイギさんもうなずく。PKって珍しいのか。

「そもそもこのゲームはデスペナルティが緩く、アイテムを落としたりもしない。だからPKをする意味自体が低いんだ」

「戦いたければモンスターと戦った方がよっぽどいいのよね」

「プレイヤー同士で力を競い合いたいって奴はいるが、そういうやつは仲間内で同意の上の対戦をするのがほとんどだ。野良でうろついて戦いを挑むというのはかなり珍しいのさ」

 イギさんたちの言葉に俺はうなずく。でも、ならなんでサイレントはわざわざPKなんて……。

「何か鬱憤を晴らしているとか?」

 レンの言葉にサイレントの目を思い出す。確かにぞっとするようなあの目は何かを恨んでいるようでもあった。

「かもしれんな。NPCも見境なく殺すというのは相当なものだ。現実の鬱憤をVRで晴らしているのかもしれん」

「ひでえ……」

 俺は思う。酷いとしか言いようがない。そこまで鬱憤をため込むなんて、どんな奴なんだよ。

 そこまで話した時、突然そのひとは飛び込んできた。

「アイギィ氏! 聞いてくだされええええええええ!! うわあああああああん!!」

「ワルツさん!?」

「ええいやめろ! 飛びつくんじゃない!!」

 イギィヒルズに急に飛び込んできたのはワルツさんだった。顔を涙にぬらして叫び続ける。

「それがし、PKされたでござるううううう! 悔しいいいいいい!!」

「PK!?」

 その場が騒然となる。ワルツさんもPKされたって、マジか!?

「ど、どうしたんでござる?」

 騒然となった場の空気に、ワルツさんがびっくりした顔をしていた。



 俺達の話を聞いたワルツさんが話に納得するとともに、ものすごく苦い顔をした。

「そうでござったか。実は、それがしをPKしたのもサイレントというプレイヤーでござった……」

「なんだって!?」

 俺は思わず叫んでいた。

「ワルツさんもサイレントに!?」

「そうでござる。いや、実はそれだけではないのでござるが」

 歯切れの悪そうなワルツさんをイギさんが促した。

「何かあったんだな?」

「実は、それがしPKされたのでちょっと気分を変えようと思って、VRカフェのドリンクバーへ行ったのでござるよ」

 ワルツさんは今しがた起こったという体験を語り始めた。



 ●



「んあー、PKされてしまったでござる……」

 まさかそれがしがPKされるとは……。それがしこう見えてもレベルは六十五、装備もそこそこ気を使ったいっぱしの冒険者でござる。正面から戦って逃げることもかなわずに負けるとは、思いもよらなかったでござる。

「気分転換でもしましょうかな」

 ヘッドセットを取り外し、ドリンクバーへ向かう。うむ、こういう時は甘いものでも飲んで落ち着くでござる。ホットが良いでござるな!

 ドリンクバーへ行くと、そこには例の常連の高校生がいるではないですか! んー普段なら声は特にかけないそれがしでござるが、ここは気分を切り替えるためもあって、ちょっと同志と会話してみたいと思うでござるよ!

「や、やあ、お主ここの常連でござろう?」

「はあ?」

 高校生が振り向く。ふっふっふ、ちょっと固い態度でござるが同志であると言えば会話は通じるはず!

「ふっふっふ、それがしニアランドサーガのプレイヤーでござってな? お主もそうでござろう? 同志というわけでござるよ!」

 それがしはにかっといい笑顔。これで同志も心を開いて――。

「あんた、ワルツってプレイヤーだろ」

 やや!? どうしてそれがしの名を!?

「さっき殺してやったから覚えてるぜ。そのうっざい喋り方、一発でわかるぜ」

「な、ではお主、先ほどの――!?」

 こやつ、それがしをPKしたサイレントであったか!?

「ふん、戦闘ブーツとかニッチなもん装備しやがって。ファイターの最弱装備じゃねえか」

 なんと!?

「そんなもん装備してっから殺されるんだよ。これだから情弱は」

 ががーん! 情弱!

「悔しかったらもっとまともな装備にして来な。ま、それでも俺には勝てないだろうがな」

 な、なんと性格の悪いプレイヤーであることか!?

「あと喋り方キモイ」

「うわああああああああああん!!」



 ●



「というわけで、それがしはドリンクも手に取らず自分の部屋へ逃げ出したのでござる……」

 語り終えたワルツさんは再び涙ぐむ。

「それがし、何より現実のプレイヤーがそんな態度の悪い奴だったことがショックなのでござるよ!!」

 まあ、俺も何となくわかる。こんなにこのゲームが好きなのに、同じゲームのプレイヤーで態度やマナーが悪い奴がいたら気分が悪い。サイレントの話は胸糞悪さだけが残る嫌な話だ。

「大変だったわねえ」

「モカ氏、なぐさめてえええ!!」

「イギさんがなぐさめてくれるわよ」

「いや、勘弁願いたいな」

「二人とも酷いでござるううううう!」

 泣き続けるワルツさん。なんとなくこの中でも扱いが酷い気がしなくもない。

「しかしまあ、ワルツがやられるとはな。しかも相手のレベルは五十五か」

 そうだ。サイレントは五十五レベルだった。なのにもっとレベルが上のワルツさんがPKされたのだ。

「課金プレイヤー、しかも重課金かしらね?」

「課金プレイヤー?」

 レンの問いに、モカさんが答える。

「課金したからってこのゲームは凄く強い装備とかそういうのを直に販売してるわけじゃないんだけど、課金することで買える有用なアイテムってのはあるでしょ?」

 このゲームで買える課金アイテム、例えば見た目が変わる衣装とかそういうやつだ。

「そういうのをたくさん課金して手に入れて、それをマーケットに流す。そうしてゲーム内の通貨を大量に稼いでマーケットで強い装備や強化ポーションとかを買い漁るのよ」

 なるほど。直接課金で強くはならないけど、その方法なら現実に金を払いさえすれば強くなれるってことか。

「ワルツを倒すほどだ。よほど強力なポーションを飲んでいると思う。かなりの課金をしたんだろうな」

 イギさんの言葉に、俺はうなずいた。強化ポーションは時間とかが限定的で永遠に効果があるものじゃない。だから飲み続けているということはよほど大量に買っているということだ。しかもワルツさんを倒せるくらい強力なポーションだ。一個当たりの値段も相当なものだろう。

「ああ、態度が悪い上に重課金兵の胸糞プレイヤーにPKされるとは! ますます悔しいでござる!!」

 ワルツさんの叫び。俺も悔しい思いが込み上げてきた。このゲームをそんな奴がやってるなんて、それが悔しい。

「でもさ、それだけ嫌なプレイヤーだったらきっと顔もすっごく悪そうな顔だったんじゃない?」

 モカさんが茶化す。まあ、この場を明るくするための気遣いなんだろう。

「それがなかなかの美男子高校生でござってな、解せぬ! しばらくあそこの高校生のことを恨んでしまいそうな自分もまた、ああああああもう!!」

 ワルツさんはいろいろ葛藤しているようだ。

「ちなみにどこの高校だったんです?」

 レンの問いに、ワルツさんは答えた。

「光洋高校の生徒でござった。近くの学校なので良く知っているのでござるよ」

「光洋高校!?」

 俺とレンは同時に叫んだ。光洋高校って、それって――。

「それ、俺たちが通ってる高校ですよ!」

 そうだ、光洋高校。それは俺たちが通う学校の名前だ。

「あ、ひょっとしてワルツさんて……!?」

 俺の中で古い記憶が呼び起こされた。確か初めてVRカフェに行ったとき、ぶつかったオタクっぽいひとがいた! あれ、ワルツさんだったんだ!

「ど、どうしたでござる?」

「半年ちょっと前に、VRカフェの前でぶつかった高校生いませんでしたか!? それ、俺ですよ!」

「あ? ああああああ!? あのときの!?」

 ワルツさんも思い出したようだ。

「そうでござったか、あのときの高校生はオルド氏だったのでござるな」

 うんうんとうなずく。

「それにしても、サイレントも同じ高校だったなんて……」

 同じ高校に通う奴が鬱憤晴らすのにPKしてるなんて、ますます嫌な感じだ。

「どんな奴だったか、もっと詳しく教えてもらえますか!?」

 俺はワルツさんに詰め寄った。知ってるやつだったらぶっ飛ばしてやる!

「え、えーと確か、髪型はストレートで長めで、そうそう、特徴的な眼鏡をかけていたでござる」

「眼鏡?」

「フレームが黄色と黒の縞模様のクールな眼鏡でござったな」

 え? それは――。

 急に俺の鼓動が早くなった。俺はその眼鏡の持ち主を知っていたから。

「あっくん?」

 レンの心配そうな声。

「どうした?」

 イギさんの問いかけ。俺はゆっくりと唾を飲むと、答えた。

「俺、現実のサイレントのこと知ってる、かも……」

「ええ!?」

 特徴的な眼鏡の持ち主、それはきっと――。

「タクミだ……」

 俺の声はからからに干からびていた。




END

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