第2話 手を取る途上の冒険者

 足がある。私の足だ。

 しっかりと大地を踏みしめ、そして走り出す。

「レン、こっちこっち!」

 私を呼ぶ彼の声に向かって、私は走っていく。



 ●



 学校は憂鬱だ。それは通っている生徒のほとんどがそう思ってるんだろうなと、俺は思う。でも俺は今、それ以上に憂鬱である自信がある。

 ため息ひとつ。

「よ、奮。なあにため息ついてんだよ」

 学校の休み時間、タクミがわざわざ椅子を持って俺の隣にやってきた。どっかりと座って聞いてくる。

「どうよ、不二沢の奴は?」

 不二沢(ふじさわ)は恋の苗字だ。

「ん、ああ。元気だぜ」

 答えた俺に、タクミは怪訝な顔を近づけた。

「なんだよ、すっきりしねえなあ」

 まあそうだろうな、と思う。なんせ俺は今結構憂鬱なんだ。

「不二沢は元気になったんだろ? VRのおかげで」

 そう。俺はあれからVRヘッドセットを恋にプレゼントし、一緒にVRの世界を楽しんでいる。恋はVRMMOをいたく気に入ってくれたようで、最近はとても元気だ。

「なんだけどさ――」

 恋の机をちらりと見る。そこにはただ、誰も座っていない机があるだけだ。

「何が不満なんだよ」

 タクミの言葉に答える。

「医者に言われたんだって」

「はあ?」

「恋の主治医の話でさ、元気になったのはいいけどもっと外へ出て太陽も浴びろって」

 医者が言うには人間は太陽を浴びないと体の機能が上手く働かないらしい。だから歩けないにしても外へ出て体を動かし、太陽の光を浴びるというのは重要なんだそうだ。

「それで、お姫様は城に籠ったままってわけか」

「うん」

 恋は確かに元気になった。恋の両親も元気になった恋を見てすごくうれしそうだったし、家庭内も明るさを取り戻したって言ってくれた。だけど、恋は相変わらず閉じこもったままで外に出ようとはしていなかった。

「そりゃほれ、歩けないんだから外に行きたくないじゃん?」

 タクミが言う。

「それはわかるけど、それにしてもなんて言うか……」

 なんて言うか、嫌がりすぎているというか。

「で、お前はまたうじうじしてるわけだ」

「言うなよ」

 俺は不貞腐れる。

「最近分かったよ。お前は直線的過ぎて単純なんだなって」

「うるせ」

 タクミを睨む。言いたい放題言いやがって。

「おーこわ。だけどよ――」

 タクミが恋の机を見た。

「何つーかさ。あいつも女子なんだから、思うことはいろいろあるんじゃねえの? そんなのは俺たちが考えたってわかることじゃねえだろ」

 頭を掻きながら、タクミは言った。

「本人に聞いてみろよ。その方が早いって」

 俺もそうは、思うんだけどなあ……。



 ●



 光の世界が見える。たくさんの光が流れるように周囲を埋め尽くす。私はその中を勢いよく進んでいく。やがて見える光のプレート。ひとがひとりすっぽりと入りそうな大きさのそれにはニアランドサーガの文字。私はそれにそっと触る。プレートが輝きを増し、やがてその光に包まれる。この光が消えた時、それは私がもう一つの世界で目覚める瞬間なのだ。



 目を開ける。風の匂い、降り注ぐ光の眩しさ、そして、踏みしめた大地の固さをしっかりと感じる。目の前には背の低い建物が連なり、大きな街を形作っている。街の中心部に城のようにそびえる背の高い建物、冒険者組合本部が見えた。

 ここはナインスジール、神が八度作り直し、九度目にしてようやく完成した世界。その始まりの街、エニマ。私の第二の故郷。ううん、今はもう、こっちが本当の故郷のように思う。だって――。

「足がある、もんね」

 そういうことだ。

 私の名前はレン。現実世界では不二沢恋。そして現実世界の私には右足がない。事故で無くしてしまったのだ。でも、彼氏のあっくんがこのVRの世界を私に教えてくれた。私にも足があって、歩くことができる世界を。だから、あっくんがくれたこの世界は私にとってとても大切だし、現実よりも現実を感じる場所なんだ。

「レン、今日はまた早いな」

 声に振り向くと、そこにはフレンド、このニアランドサーガというゲームの中の友人であるイギさんがいた。

「あ、イギさん! おはようございます!」

 イギさんはレベルの高いベテランプレイヤーだ。このゲームはレベルがすべてじゃないけど、そのレベルをカンストの六十五まで上げている。それに何より、ゲームにいろいろ詳しくて、あっくんも私もお世話になりっぱなしだ。

「ああ、おはよう」

 挨拶を返しながらイギさんが近寄ってきた。

「こんな時間からゲームしてていいのか?」

 イギさんに言われて、私は言う。

「む、それって私が高校生だからですか?」

「そういうわけじゃないんだが」

「それにイギさんだってこんな時間からログインしてるじゃないですか」

「いやまあそうなんだが」

 イギさんを攻め立ててみる。ちょっと言いすぎかなとは思った。

「別に悪いことしてるとか、そう言ってるわけじゃないんだ。ただ――」

 イギさんは私を見つめた。

「最近太陽の光を浴びてるかと思ってな」

 言われて、私はちょっと黙ってしまった。

「浴びてますよー。窓からいっぱい、嫌っていうほど!」

 でも私は勢いよく言い返す。窓から浴びてるのは本当だ。

「うむ。そうか」

 イギさんはそれ以上追及しては来なかった。

「イギさんはここで何を?」

 私の問いに、イギさんは答える。

「ああ、買い出しだ」

 言うとイギさんは懐から小麦を取り出した。小麦粉じゃなくて、小麦。あの生えてるやつをそのままわさっと取り出したのだ。どう見ても手品にしか見えない。

「ここ、小麦が名産でしたもんね」

 私は何一つ動じずに応じた。手品に見えるが、このゲームでは普通だ。各種アイテムは様々な重さ、大きさが設定されていて、どれもリアルなんだけど、それをいちいちリアルに持ち運んでいたりしたらとんでもない手間になる。だから、アイテム類は適当に一定制限の範囲内で自由にしまい込んで持ち運びできるのだ。リアルなところはリアルだけど、プレイヤーフレンドリーなところはゲームらしくできている。それがVRMMOという世界だった。

 イギさんは小麦を懐に戻すと私に聞いてきた。

「この小麦、モカがハニートーストを作るんで買ったんだが、一緒に来るか?」

「え、それって!」

「ああ、ハニートーストを食えるぞ」

「やった!」

 私はイギさんについて行くことにした。



 ●



 始まりの街と言われるエニマから、馬に乗って少し走ったところにイギさんの別荘があった。別荘の周りは小さな集落になっていて、イギさんは土地が安いからここに家を買ったんだって言ってた。なんでも都心じゃなくて不便なところは土地が安くて競合相手もいないらしい。現実と変わらないなあと思う。

 馬を降りたイギさんと私は別荘に向かって歩き出す。馬は勝手に消えていなくなった。この馬も便利なアイテムの一つだ。管理が面倒くさくないように、使うときだけ出てきて乗れる優れものである。ただ変なことに、ガソリンの代わりに人参を食べさせることになっていて、妙な手間だけかかるようになっていた。ゲームらしいと言えばそうなのかもしれないけど、どうせ管理がとか言うならもっと便利でもいいような気もしてしまう。

 そんなことを思いつつイギさんの後を追う。イギさんは周りの知り合いに声をかけたり、かけられたりしながら歩いていく。ご近所付き合いが上手いのか、イギさん。でもよくよく見ればほぼほぼ周りの人はみんなNPCだ。ここは僻地みたいな場所だから、プレイヤーはほとんどいないらしい。

 別荘の入り口に着く。見た目は普通の家だ。二階建ての普通の家。だけど――。

「ただいま」

 そう言って中へ入るイギさんに続いて、私も中に入ると、そこは豪華な内装の、まさに別荘というにふさわしい場所だった。

「わー、相変わらずですね、イギィヒルズ」

 私たちはこの豪華な内装を勝手にイギィヒルズと読んではやし立てていた。まあ、それだけ凄い内装なんだよ。紫色の絨毯はふかふかで、白い丸テーブルは縦長のクロスが垂れ下がって前衛的。今は使ってないけど暖炉もあって雰囲気抜群。中も広めで言うことないのですよ。

「おかえりー。そうよ、相変わらずよ。ヒルズだもの」

 キッチンからエプロンドレスに身を包んだモカさんがやってきた。

「おはようございます、モカさん」

「おはよー」

 挨拶もそこそこに、モカさんが椅子をすすめてくれた。

「さ、お客様は座って座って。あ、イギさんは小麦を粉に変えておいてね」

 ここはイギさんの別荘なんだけど、勝手知ったるなんとかなのか、モカさんはてきぱきと動き、イギさんを顎で使う。

「やれやれ」

 慣れているのか、イギさんはそれ以上は言わずに小麦を粉に変え始めた。現実では小麦を引くっていう作業なわけだけど、ここはゲームなのでイギさんは懐から取り出した小麦と台所の一角にあった臼を一緒に並べるとシステムウインドウを開いて操作し始めた。あのウインドウで粉への変換を指示すれば一定時間で小麦が勝手に粉に変わるのだ。時間はちょっと必要だけど、作業自体はそれで済ませてしまえる。それに対してモカさんは腕まくりすると手作業でボウルの中身をかき混ぜていたりする。あれはハニートーストのアイスの準備かな。

 なんで二人の作業がこんなに別物なのかというと。このゲームの制作システムはちょっと変わっているのだ。たいていのものはイギさんがやったように指令を出して材料と道具をそろえるだけで『変換』ができる。だけど、モカさんがやっているようにマニュアルで手作業してもいいのだ。オートの変換とマニュアルの手作業、この二つを使い分ける利点は雰囲気を味わうってのもあるけど、それ以上にシステムに頼らなくていいということが挙げられる。システムに頼るとそのプレイヤーの能力やスキルが参照される。例えば今作業をしてるイギさんは『通常加工』というスキルのレベルが高い。だから作業時間がスキル通りに短縮されて、変換して出来上がるアイテムの品質も高くなる。一方でアイスの準備でボウルをかき混ぜるモカさんは料理のスキルレベルが低い。だけどマニュアルでやることでスキルに頼らず、現実の自分の腕前でアイスを作ることができるのだ。こうしてこのゲームは実際の世界でのプレイヤーの腕前をVRという世界だからこそある程度利用して遊べるというわけである。

「粉ができたが、パンにするまでやってしまおうか?」

 イギさんが尋ねる。

「そうね。パンを一から作る時間もないし。オートでお願いします」

 モカさんの返答通り、イギさんは黙々とパンへの変換作業をこなし始める。

「あの、私も手伝いましょうか?」

 流石にひとり座っているのも耐えづらいので聞いてみる。

「お客様は座ってていいよー」

 モカさんは言う。けれどイギさんが私に申し出た。

「まあ、スキルのレベル上げになる。ちょっとこっちをやってもらおうか。やり方を教えよう」

「もう、イギさんはお客様を働かせるー」

 モカさんは抗議したけど、それ以上は何も言ってこない。レベル上げと言われれば、ゲームのプレイヤーとしては黙るしかないのだ。

「じゃあ、指示した材料でやってみてくれ」

 イギさんの指示通りに、オート変換のシステムウインドウを操作していく。

「よし、こっちは後は冷やせば完成!」

 モカさんはそう言うと、アイスの素を入れたバットを抱えて外へ向かう。

「ちょっと冷やしてくるねー」

「気をつけろよ」

 簡単なやり取りを残して外へ出たモカさん。外からモカさんの気合だけが聞こえてきた。

「コールドウインド、ちょっと弱め!」

 あー、攻撃魔法で凍らせたのか。なるほどそれは手っ取り早い。

「と、こっちも出来ました!」

 私の目の前で、小麦粉や水、バターなどの材料が窯の中で変換される。ぽんという軽い効果音とともに一斤のパンが出てきた。

「うん、質も悪くないな」

 イギさんのお墨付きをもらう。

「さー、食べましょう!」

 再び中に戻ってきたモカさんが宣言した。



 実際にこのゲームに、ハニートーストという食べ物のアイテムは存在しない。でも今、目の前には薄切りにされたトーストにたっぷりのアイスと蜂蜜をかけたそれがある。単純な話である。作ったトーストに作ったアイスや蜂蜜を載せればそれはもうハニートーストだ。実際にはないアイテムも、簡単なものなら工夫で作れてしまうのはVRのいいところだ。

「いただきます」

 モカさんの言葉を皮切りに、三人でハニートーストとお茶をいただく。

「んー、あまーい!」

 味しか感じないVRだけど、甘いものはそれが逆にいいところでもある。だっていくら食べたって太らないもんね。

「ささ、どんどん食べて。何枚でもおかわりしていいのよ! そう、何枚でも!」

 モカさんは力説した。そうよね、何枚食べたっていいんだもの! イギさんが作った量に限界がとか言ってるけど気にしない。

 しばらく食べ進めたところでモカさんが聞いてきた。

「最近オルドくんとはどう?」

 オルドくんとは私の彼氏、あっくんのナインスジールでの名前だ。熱田奮→古い→オールド、でオルドということらしい。

「仲いいですよー?」

 私は答える。あっくんとは変わらず仲がいい。流石に現実世界で歩けなくなってしばらくは私も塞ぎ込んでいたけど、あっくんがこの世界をプレゼントしてくれてからは前のように、ううん、前以上に仲がいいと思う。

「うんうん、仲がいいのはいいことだわ」

 モカさんは満足そうにうなずく。

「モカさんもイギさんと仲いいですよね。付き合ってたりするんですか?」

 聞いてみる。家に上がりこんで料理もして、現実世界なら付き合っていてもおかしくない。

「仲はいいけどそういうのじゃないわ」

 でもモカさんはきっぱりと否定した。

「あくまでもゲームだもの。私はゲームを気兼ねなく楽しみたいだけ。恋愛とかとは違うのよ。イギさんとはゲーム内でしか会ったことはないしね」

 ふーん、そういうものなのか。

「もちろんゲーム内で恋愛に発展してくっついたカップルもいるが――」

 イギさんはちょっと遠い目をする。

「そこには確実に現実世界という要素が入り込んでくる。ゲームをゲームとして楽しみたい人間には無用なものさ」

「なるほどー」

 私はわかったような、わからないような、そんな気持ちだ。

「我々はゲームと現実、二つの世界にまたがって存在しているが、人間として二人に分裂したわけじゃない。どっちの自分も自分であり、それを切り離すことはできない。だからこそ、自分がどのようにゲームと現実に関わるか、そこには明確な線引きが必要なんだ」

「線引き……」

 ちょっと考える。

「ゲームと現実で切り離せってことですか?」

「そうじゃない」

 イギさんは答えた。

「自分がどう接するかを決めておけってことさ。ゲームも現実もまとめて自分だとするのも一つの答えだし、どちらも別のものと切り離すのもまた答えだ。自分がどちらとして“この世界”に触れていくかを考えておくといい」

 うーん、接し方かあ。

「例えばね」

 モカさんが切り出した。

「ゲームで恋愛して、現実でもその人と結婚して幸せなひともいるわ。だけど、ゲームの恋愛をゲームのまま現実に持っていこうとして失敗した人もいるの。ゲームで好きになった人が現実には妻子持ちだったとかね。だから自分や相手がどういう立場でこの世界に関わろうとしているかっていうのはすごく大事なのよ」

 なるほど。自分と接し方が違う人同士で深い関係になったらぐちゃぐちゃになってしまう。だから自分の立場をしっかり決めて、相手の立場も見定める必要がある。そういうことだろうか。

「まあ、レンちゃんはもともとオルドくんと付き合ってるんだからそこまで深く考えなくても大丈夫よ」

 ただし、とモカさんは付け加える。

「浮気はだめよ?」

「しませんよ!」

 私は笑いながら否定した。と、その時だった。

「も、モンスターだ! 来たぞー!!」

 外から声が響いた。



 外に出ると集落全体が騒がしい。逃げる人や、兵士らしき人が走り回っている。

「また来たか」

 イギさんが呟く。

「モンスターが来たんですか?」

 私はちょっとびっくりしながら聞いてみた。普通、ゲームの街とか村とか、そういう場所は安全圏でモンスターは入ってこれない。そういうものじゃないだろうか?

「このゲームはちょっと複雑なのよ」

 モカさんの言葉に、イギさんが解説を重ねる。

「このゲームは世界の情勢が流動的になるように、モンスターにも勢力図があるんだ。例えばどこかのモンスターがたくさん倒されれば、その分モンスターの勢力図が変わってほかのモンスターが増える。増えた分のモンスターが今までやってこなかった地域などを襲い始めるんだ。そういった流動性をあたえることでプレイヤーに飽きの来ないゲームというのを提供しているわけだ」

「でも、村の中は安全なんですよね?」

「そうでもない」

 イギさんは言葉と共に、ウインドウを立ち上げる。

「見てみるといい、この地域は安全圏じゃないんだ」

 ウインドウを覗くと、この集落一帯は戦闘区域に設定されていた。

「大きくない村などは地図にも乗らず、戦闘区域に設定されることが多い。そうして村が戦闘に巻き込まれ、消えたり、新たに作られたりして世界そのものの流動性を作っているんだ」

「でもそれじゃ、村のひとが!?」

 戦闘に巻き込まれた村のひとは、どうなるの? 村が消えるって、死ぬってこと!?

「死にはしない。いや、正確には死んでもどこかで生き返る。新しい村人を次々と作る方がシステムは負荷が高いからな。ただ、だからといって村人から恐怖や痛みがなくなるわけじゃない」

「そんな!」

 それじゃこの世界に生きるNPCはかわいそうだ。常に危険と隣り合わせじゃない……!

「だがNPCも無力じゃない。大概の集落には国や領主から派兵された戦力があるし、そういった兵士は十分戦う力がある」

「な、なんだ……。そうなんですね」

「だが――」

 だが。イギさんが言ったとき、兵士のひとがひとり、イギさんのもとへ走ってきた。

「アイギィさん! 良かったいらっしゃった! すみません、我々だけでは抑えきれなくて!」

「わかった。すぐに行く!」

 イギさんは答えた。勢いよく、はっきりと。そして兵士のひとと一緒に走って行ってしまった。

「え、ど、どういうことなの……」

 困惑する私。兵士のひとたちは戦えるんじゃないの?

「言ったでしょ、モンスターの勢力図は流動的なのよ」

 モカさんが言う。

「勢力図が大きく変わりすぎると、あふれて襲ってくるモンスターの数が増えてしまうの。そうなると戦う力があってもNPCの兵士だけじゃ足りなくなることがあるのよ」

 そして人間たちの勢力図も変わっていくのよ。そう、モカさんは静かにしゃべった。

「でもそれじゃ、ここに住む人たちが!」

「だからね――」

 モカさんは言う。

「冒険者(わたしたち)がいるのよ」

 言うとモカさんも走り出した。イギさんが走っていった方向へ。モカさんもイギさんも、この集落を守るために戦うつもりなんだ……。

「私も――」

 ぐっと、拳を握った。

「私も行かなきゃ……!」



 イギさんたちを追いかけてたどり着いたのは集落の北側、平原に隣接するところだった。そこかしこに木でできた杭を交互に置いたようなバリケードが置かれ、その周囲では兵士とモンスターが戦っている。

「ギャッキャッキャ!」

 モンスターはゴブリンだ。人間より背丈が低い、緑色の小鬼みたいなモンスター。単体で見ると弱そうだけど、いろんな武器を使うやつがいたり、様々なスキルを持つ者もいる。まるで人間みたいに器用な種族だ。見てみるとレベルもまちまちで、いろいろなタイプがいた。

 見れば火の手も上がっている。ゴブリンは賢い種族で火も恐れない。集落に火を放つなんて、完全にこの集落を蹂躙する気なんだ!

「メテオフィスト!」

「ブーストサンダー!」

 声にそちらを見るとイギさんとモカさんが戦っていた。

「イギさん! モカさん! 私も戦います!」

 短剣を抜き放って走り寄る。

「奴らの中にはレベルの高い奴もいる! 近づかずに主用武器の弓を使え! モカの近くから離れるな!」

 イギさんはそういうと敵を引き付けるかのように大量の炎を振りまきながらゴブリンの群れに突っ込んでいった。言われた通り、私は弓に持ち替えてモカさんの隣に立つ。

「戦い方は教えた通りにね!」

 モカさんの言葉に応える。

「はい!」

 私は弓に矢をつがえた。このゲームにはプレイヤーが選べる職能が三つあり、それで大まかなそのプレイヤーの能力の方向性が決まる。私はレンジャーで、モカさんとイギさんがウィザード。そしてその職能ごとに九種類の補助武器を選ぶことで細かいスキルや能力が決定する。職能と補助武器の組み合わせで戦闘能力が決まるのだ。私の補助武器は短剣。だけど、敵に私よりずっと高いレベルのゴブリンもいるから、安全に後ろからレンジャーの主用武器である弓を使う。

「ファイアーボール!」

「トリプルアロー!」

 モカさんの炎と私の矢が、イギさんの討ち漏らしたゴブリンへ降り注ぐ! イギさんの攻撃で弱っていたゴブリンたちは私たちの攻撃で次々に倒されていく。

「レンちゃん、レベルの低い敵を狙って! 高い方は私がやるから!」

「はい!」

 相手とのレベルに開きがありすぎると攻撃がろくに通らない。それは能力値の関係だ。防御や回避が高い相手には十分な攻撃力や命中力が要求される。アクションが売りのゲームだけど、RPGのようにレベルと能力値の要素があることでアクションが苦手でもある程度対応できるシステムというわけだ。ただ、それだけに自分より強い敵にはどれだけ凄いアクションを決めようと歯が立たない。だから私はレベルが低い敵に的を絞って敵の数を減らすことに専念する。だって私はまだレベルが低い新米冒険者なのだ。

「ヘルブレイズ!」

 イギさんが拳で地面を撃った。地面から広がる炎の輪が、イギさんの周囲のゴブリンを焼き尽くす。イギさんはモカさんと同じウィザードだけど、補助武器が魔手という特殊なものだ。魔力を宿した入れ墨を手に施すことで、威力の高い魔法を使うことができる。ただし接近戦限定。普通ウィザードというとモカさんのように遠くから魔法というイメージだけど、アクションメインのこのゲームではそういう特殊性が成立するのだ。

「ペネトレイトアロー!」

 イギさんの炎をやり過ごしたゴブリンを射抜く。レベルの高いイギさんが前線を作り、そこを抜けてきたゴブリンをモカさんと私が対処する。典型的な集団に対する戦術だ。

「ワイドショット!」

 夢中でゴブリンを射抜く。

「トリプルアロー!」

 戦いが終わったことに気が付いたのは、昼を回ったころだった。



「助かりました。ありがとうございます」

 兵士長らしき人にイギさんが礼を言われていた。周囲ではバリケードを作り直したり、戦闘の後処理がされている。

「いや、うちの別荘のある村だ。俺が戦うのは普通のことだ」

 言いながら、イギさんはバリケードの組み直しを手伝っていた。

「はあ……」

 対して。私は疲れて座り込んでいた。

「お疲れ様。はいお水」

 モカさんがコップを差し出してくれた。VRの水は実際にのどを潤すわけじゃないけど、水の匂いと冷たい感触が感じられて癒される。

 思わず飲み切ってから礼を言った。

「ありがとうございます」

 はあ、と、息をついてから聞いてみる。

「いつもこうなんですか?」

 モンスターの襲撃。そんなものがいつもあるのだろうか……。

「いつもじゃないんだけどね」

 モカさんは言う。

「普段はゴブリンもほとんど手を出してこないわ。ただ、最近はちょっとこの辺りの勢力図に変化があったのよ」

 モカさんの話では、ここから少し離れたところでモンスターの数が大きく増えたのだという。原因は冒険者のモンスター狩り。一か所で多くのモンスターを狩りすぎて、隣接するほかのモンスターの勢力が増したのだそうだ。そのあおりを受けて勢力図がだんだんとずれていき、この付近のゴブリンたちがほかの勢力に押されて集落の方へ流れてあふれてきてしまったのだと。つまりゴブリンたちも住処を追われてきたという流れなのだそうだ。

「ゴブリンも他のモンスターに追われてきただけだけど、まあこっちとしては迷惑なのよね」

 はあ、いろいろ事情があるんだなあ。

「このゲームの勢力の変動は徐々に元に戻るようになってるの。リポップっていってね、倒されたモンスターはまた復活するのよ。だからしばらくすれば減りすぎたところのモンスターの数が安定して、また勢力図が元に戻り始めるわ」

 でもねー、とモカさんは続ける。

「問題はその狩られ過ぎたモンスターのところ、人気の狩場なのよね」

 人気の狩場。つまり経験値とか、モンスターを倒して手に入るアイテムとかがいいものであるためほかの場所より冒険者が沢山敵を倒す場所、ということだ。

「じゃあそれって……」

「そ。勢力図が元に戻ったら、また冒険者が狩りすぎて、そして勢力図がまた変動するでしょうね」

 何それ、意味ないじゃない。

「じゃあ、ここはもうずっとこの状態?」

 私の質問に、でもモカさんは首を横に振った。

「前のアップデートで今の現状が作られたのね。だから、次のメンテナンスの時にまたアップデートされて修正されるはずよ。少なくとも同じような勢力図の変動にならないように別の調整がされるわ」

 だから次のメンテナンスまでの辛抱かしらね。モカさんはそう言った。次のメンテは来週の水曜日だから、それまではこの状態が続くってことか。

「まあ、これもこのゲームの不規則なイベントみたいなものね」

「イベント……」

 私は周りを見る。集落に被害はなかったけど、兵士のひとたちは怪我をしたりバリケードはボロボロだったり。イベントって、私たちの都合でこの世界をこんなにしていいんだろうか?

 私はちょっと、複雑な気持ちだった。



 ●



「モンスター討伐、ですか?」

 ログインして早々、俺はイギさんからそんな話を聞かされていた。

「ああ、ここ最近のモンスターの勢力図変動でうちの別荘が危ないんでな。別荘近辺のモンスターの数を調整するために討伐に行ってくる」

 エニマの街の酒場の中、イギさんとモカさん、そしてレンと俺。最近よく集まる四人で話し合いをしていた。

「襲ってくるゴブリンを撃退し続けることもできるけど、それじゃ別荘のある村が被害を受け続けちゃうでしょ? それにイギさんは明日から数日お籠りの予定だから」

「お籠り?」

 俺ははてな顔で聞き返す。

「言ったでしょ、イギさんは多趣味でむらっけがあるって。今他のことがしたいから数日ログインしなくなるのよ。で、その趣味が文章書いたりとかの作品作りだから、私はお籠りと呼ぶわけ」

 おお、なるほど。

「で、俺が数日間いなくなるということを知らせておこうと思ってな」

「それじゃあ、これから討伐へ行くから、そのまま数日間お別れって感じですかね」

 俺は何気ないつもりで言った。討伐へ行くというのはレベル差がでかいからついて行けないだろうし、この飲み会(?)が終わったらイギさんとは数日間お別れになるわけだ。ところが――。

「私も行きます」

 レンが言い出した。え? どういうこと?

「レンちゃん?」

 びっくりしたのか、モカさんが声を上げる。

「レン、俺たちじゃイギさんとはレベルの差がありすぎる。ついて行っても足手まといなんじゃないか?」

 俺はレンを諭す。だってそうだろ? 俺とレンはまだレベルが低い。今回はイギさんが自分から行くような場所だ、レベルを俺たちに合わせて下げてもらうわけにもいかないし。それでもレンはかたくなだった。

「私はレンジャーだから罠探知とかできるし、それに――」

 レンは机の上に置いた手を、ぎゅっと握った。

「どうしても行きたいんです。お願いします」

「レン……」

 なんだろう、レンに何かあったのだろうか? 見ればイギさんもモカさんも黙り込んでいる。

「わかった」

 イギさんはしばらく黙った後に、静かにそう言った。

「レン、君も連れて行こう。モカ、すまないがお前も来てくれるか?」

「しょーがないわね、このモカさんが責任をもってレンちゃんを守りましょ」

 焦ったのは俺だった。

「ちょ、ちょっと! それじゃ俺は――!」

 言いかけたところでイギさんが遮るように言った。

「もちろん来るんだろう?」

「あ、当たり前じゃないですか!」

 俺は叫んだ。



 テーブルの上は料理が片づけられて地図が広がっていた。

「今回討伐しに行くのはここ、静穏の沼地に住んでいるリザードマンがターゲットだ」

 イギさんが指し示した場所はイギさんの別荘がある集落からだいぶ北東の場所だ。

「ゴブリンを討伐するんじゃないんですか?」

 レンが疑問を投げる。イギさんの別荘のある集落を襲ってきたのはゴブリンなんだから当然の疑問だ。しかし、それに答えたイギさんは首を振った。

「いや、ゴブリンはこの沼地に住むリザードマン達に追われて集落の方へ手を伸ばしてきただけだ。ゴブリンの数を減らしても原因となっているリザードマンを叩かなければあまり変わらない。例えゴブリンが全滅しても、今度はリザードマンがこっちへ来るだろう」

「リザードマンの数を減らせばゴブリンが南下してくる理由もなくなるわけよ」

 モカさんが付け加える。そういうものなのか。

「リザードマンは女王を頂点に群れを作る。この静穏の沼地には女王が一匹だったんだが――」

 イギさんは沼地の東を指さす。

「隣の渇きの荒野、ここのモンスター勢力が弱まったことでリザードマンの陣地が拡大した。それに伴い女王が一匹増えたんだ。つまり新しい群れができたんだな」

 イギさんはいったんビールをあおってから続ける。

「こうして勢力を拡大したリザードマンは今度は西側のゴブリンたちを圧迫し始めたというわけだ」

 陣地も数も増やしたリザードマンはゴブリンたちよりもでかい戦力になったってことか。だからゴブリンたちが追いやられ始めてるのか。

「モンスターってモンスター同士仲がいいわけじゃないんですね」

 俺は単純な感想を述べた。よくあるRPGとかだと魔王がいて、モンスターは魔王のもとに統一されて、みたいなものが多いんだけど。

「このゲームの世界ではそういう設定になっているということさ」

 イギさんが簡潔に答える。

「で、このリザードマンの新しい女王を倒すのが今回の目的だ」

 そこまで聞いて、ちょっと思った。女王ってリザードマンの頂点なわけだよな? それってめっちゃ強いんじゃないか?

「女王って私たちだけで倒せるんですか?」

 流石にレンも疑問に思ったらしい。イギさんに質問が飛んだ。

「女王は確かに手ごわい。だが生まれたばかりの女王はまだそこまで強くはない。少人数でも倒せる算段だ。それにもともと俺一人じゃなくて助っ人を呼んであったんだ。今回は三つのパーティで討伐に向かう」

「おお、助っ人」

 俺はちょっと安心した。人数がいるなら俺たちがいても大丈夫だろう。ほっと胸をなでおろす。

「俺のフレンドでな。事情を話したら丁度“女王の悔し涙”が欲しいという理由で来てくれることになった。そいつが残りのメンバーも用意してくれる」

「女王の悔し涙?」

 思わず疑問の声を上げる。なんだそれ?

「リザードマンの女王、『リザードクイーン』のドロップアイテムね。レアよ、レア」

 モカさんの言葉に納得する。なるほど、倒すと手に入るレアアイテムか。

「レアなだけであまり意味はないアイテムなんだがな、フレンドはコレクターなんだ」

 コレクターか。俺、収集趣味がないからよくわかんないんだよな、そういうひとの気持ち。

「さて、だいたいの説明はそんなところだ。質問がなければ準備しよう」

 イギさんの言葉に、全員がうなずいた。



 ●



 沼地への移動手段はいくつかあるが、俺たちはクリスタルゲートを使うことにした。クリスタルゲートっていうのは大きな街に備えられた瞬間移動用の設備で、特定のクリスタルゲート同士をつなぐ他に例外の地域を除いて指定した場所へ送ってくれる。ただし、ゲートのない場所を指定した場合は帰り道だけ自分で何とかしなければならない。ゲームって多くの場合そうだけど、便利なものがあるくせに不便な部分が多いよな。

 そんなわけで俺たちは沼地の近くまでクリスタルゲートで移動し、そこからは歩くという方法を取った。準備が終わったところでエニマのゲートに向かう途中、俺はレンにそれとなく聞いてみた。

「なあレン。リザードマン討伐、なんで急に行くって言いだしたんだ?」

 俺の言葉にレンは表情を硬くする。

「あ、いや、言いたくなければいいんだ! うん!」

 レンらしくない、曇った顔。俺はびっくりして声を上げてしまっていた。

「ううん、ごめん。言いたくないわけじゃないの」

 言うとレンは一息置いて話してくれた。

「今朝ね、イギさんの別荘でゴブリンたちと戦ったの」

「そうなのか」

 レンが朝からログインしていたのもちょっと驚きだったが、実際にイギさんの別荘で襲ってきたゴブリンと戦ってたのも驚きだ。

「私たちだけじゃなくて、集落を護衛してた兵士のひと達も戦ったわ。被害は少なかったけど、みんな怪我してて……」

 レンが眉を寄せる。

「この世界ってさ、私たちが冒険をするために作られた世界じゃない?」

「う、うん」

 急な言葉に、俺はうなずくしかない。

「でもさ、そんな世界でここに生きてる人たちがいて、危険があったりして。私たちのために作られた世界でそんな危険を味わわされるなんてって、ちょっと思ったりしたの」

「……そっか」

 俺は理解した。レンはこの世界の人々、NPCに同情してるんだ。俺たちのために作られて、俺たちのために危険にさらされる。確かに酷い話だ。

「私はさ、この世界があってすごくうれしかった。だって、この世界なら私は自由に歩けるから。だけど――」

 だけど。レンは言いよどんだ。

「だけど、なんだか私のためにこの世界のひとが苦しい思いをしてるような気がして――」

 俺ははっとした。レンは同情してるんじゃない。レンが感じているのは贖罪、自分のせいでNPCが傷ついたと思ってるんだ。

「そ、そんなことないだろ!」

 俺は言った。思わず強い口調で。荒げた声にイギさんたちが振り返った。

「だいたい、この世界を作ったのはレンじゃない。それはレンのせいじゃないよ!」

「そうなんだけど……」

 レンは納得できないみたいだった。くっそ、なんて言えばいいんだ? だいたいそれじゃ、この世界をレンにプレゼントした俺も――!

「オルド」

 不意に、肩に手を置かれた。イギさんだ。俺を見つめて、軽く目を伏せる。

「レン、君は優しいな」

 イギさんはゆっくりと喋った。

「私、変でしょうか?」

 レンの言葉。だけど、イギさんは首を横に振る。

「いいや。自分の心に素直なのは悪くない。だがな、自分だけしか見えてないのはよくないな。君の周りには君のことを思うひとがいるんだから」

 レンは俺を見た。レンの口が、あ、という形に開かれる。

「ご、ごめんあっくん……」

「あ、いや――」

 俺は言葉に詰まる。だけど、レンを責める気はないわけだし。

「ううん、いいんだ。それと俺、今はオルドだから」

「あ、うん。ごめん」

 レンの言葉にうつむく。とりあえず俺は今、あっくんじゃなくてオルドでいたい気持ちだった。



「うひひうひひ、久しぶりでござるな! アイギィ氏!」

 開口一番、その男はそう言った。なんだ? 凄い言葉遣いだなあ。

 街の中心、クリスタルゲートの前。そこで俺たちはイギさんのフレンドと合流していた。

「ああ、ワルツ。元気だったか?」

「それがし元気も元気、絶好調ですぞ!」

 言うとそのワルツと名乗った戦士風の男はその場でくるくると回って見せた。なんだか不思議なひとだ、でもこの言葉遣い、どこかで?

「そちらの二人が新たなお仲間というわけですな!」

 急に俺とレンに向かってワルツさんは話しかけてきた。

「あ、はい! よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」

「うひひ、よろしく頼むでござるぞ!」

 ワルツさんのほかにも六人のプレイヤーがいた。こっちの六人はワルツさんのクランメンバーだという。クランっていうのはイギさん曰く、同好の士の集まりだそうで、要するに同じ目的のひとが集まって互いに助け合い、一緒に冒険する集まりだそうだ。クランに入ることで様々な特典もあるんだとか。

「ところでアイギィ氏! いい加減うちのクランに入ってくださらぬか!?」

「断る」

 きっぱりとイギさん。しかし今の拒否反応早かったな。

「くうう、つれないでござるなあ! そこにしびれるあこがれるわけでござるが!」

「相変わらずイギさんはワルツさんに勧誘されてるのね……」

 モカさんが半ば呆れた目で見つめる。これ、いつものやり取りってことか。一息ついてワルツさんはみんなに呼び掛けた。

「さておのおの方、早速ですが狩りに行くとしましょうぞ!」

 ワルツさんは宣言するなり一緒に来ていた六人を二つのパーティに分け始める。その動きはきびきびとしていてなんというか無駄がない。口調のわりに仕切りが上手い人だ。

「アイギィ氏はそちらの四人でパーティを組んでもらうので良かったでござるな?」

「ああ、そうだ。それとこっちは初心者が二人だから女王へのアタックはそっちに任せたい」

「わかってるでござるよ! アイギィ氏達はリザードマンの護衛を引き付ける役を頼みますぞ!」

 聞いたところ俺たちは直接女王と戦うわけじゃないようだ。ちょっと安心。

「聞いた通りだ。俺達は女王を守っているまわりのリザードマンを引き受ける。女王を倒すまで引きつけられれば問題はない」

「はい!」

 イギさんの説明に俺は返事を返す。レンとモカさんもうなずいている。

「ま、イギさんがちゃちゃっとやってくれるから大丈夫よ」

 モカさんのセリフにイギさんは困ったような顔をした。

「とりあえずモカはサボらないでくれると助かるね」

「えー。イギさん全部やれるでしょ? 私たち後ろでお茶飲んでるから」

「何をしに来たんだお前は……」

 そういうイギさんはでも、軽く笑っていた。

「では参りますぞ!」

 ワルツさんの宣言で、俺達はクリスタルに飛び込んだ。



 ●



「ここが静穏の沼地?」

 私たちがゲートに飛び込んでたどり着いた場所、そこはとてもきれいな水辺の道だった。現実世界なら観光地として栄えそうなほどきれいな場所だ。

「驚いた?」

 モカさんが聞いてくる。私はこれから討伐しに行くモンスター、リザードマンの本拠地だっていうからもっとおどろおどろしい場所を想像していた。

「こんなにきれいな場所だなんてびっくりです」

「リザードマンはきれいな水辺を好む。特に女王は水辺に卵を産む関係できれいな場所を住処にするんだ」

 イギさんの言葉になんだか複雑な気持ちがわいてくる。リザードマンも生きているってことなんだろう。きれいな場所に気を使って住んでいるってことだ。その事実はちょっと、ううん、かなり私にはショックだ。ゲームとは言え戦う相手にそういった背景を感じる。それは私にとって迷いを生むのに十分なものだ。

「ちなみにリザードマンって肉食でね、人間が大好物なのよー?」

「ええ!?」

 急なモカさんの言葉。私はまたびっくりだ。

「邪教崇拝もしていてな、捕らえた人間を生贄にして儀式を行うことも多い」

「うう、こんなきれいなところに住んでるのに……」

 ちょっといろんな情報がありすぎて混乱する。

「結局、リザードマンは人間の敵ってことですか?」

 あっくんが聞いた。

「ゲームだからな。敵という存在は明確なんだ。ただその敵にもいろいろな生態や文化が設定されている。そういうことだ」

 生態や文化。リザードマンもやっぱりちゃんと生きている。でも、敵だからっていう理由、ううん、プレイヤーの都合で人間を敵視してるってこと?

 私が複雑な顔をしてると、モカさんが私の頭を撫でた。

「レンちゃんはかわいいねえ」

「え?」

 きゅ、急に何を言い出すんだろう?

「レンちゃんは優しい子ね。だからいろいろ考えちゃうんだね。うんうん、かわいい子だ」

「そ、そんな」

 私は恥ずかしくて、ちぢこまってしまった。

「でもねレンちゃん、あっちにもこっちにも、優しいだけじゃだめなのよ」

 モカさんはそう言うと、私の手を取った。両手でぎゅっと握る。

「これも線引きね」

 握られた手が温かい。その温かさとモカさんのセリフに、私はちょっと複雑だった心が落ち着いた気がした。線引きか。いろいろと私は考えすぎなんだろうか? それとも考えてないから迷うの? よくわからない。だけどモカさんの手の温かさは、それでもいいんじゃないかと私に思わせた。

「モカ氏、レン氏、そろそろいいですかな?」

 ワルツさんの声。どうやら私たちのやり取りが終わるのを待っててくれたみたいだ。

「あ、ごめんなさい。大丈夫です」

「では征くとしましょうぞ! ここからは戦闘区域ですぞ!」

 そういうとワルツさんは沼に向かって歩いていった。



 ●



 きれいな水をかき分けるように、俺達は沼を進んでいた。

 静穏の沼地は浅い水辺が連続している地形らしく、腰よりも少し下くらいの水の高さだ。その沼の中をみんなで進みながら、俺は考えていた。

 レン、この世界を嫌いになっただろうか――。

 今朝からの出来事はレンにとってかなりショックだったのだろうと思う。レンは基本的に元気で明るい。事故で塞ぎ込んでいる間も、それでも俺の前で笑顔を作るほどに。そのレンが複雑な表情をしている。それだけ衝撃的で、考えることも多いんだろう。このままレンがこの世界を嫌いになったら? そう考えると俺はどうしていいかわからない。それに――。

 これじゃレンに言えないよ……。

 俺がいいたいこと、聞きたいこと。それを今のレンに言うなんてできない。

「俺、どうしたら――」

 思わず小声で呟いたとき、先行していたワルツさんのパーティメンバーが叫んだ。

「リザードマンだ! 向こうもこっちに気付いてる!」

「戦闘態勢! 派手に暴れてリザードマンをおびき出しますぞ!」

 ワルツさんの指揮のもと、みんながそれぞれ武器を構える。俺もあわてて剣を抜いて握りこんだ。前を見るとまさにトカゲ人間という感じのモンスターがこっちへ迫ってくるところだった! こいつがリザードマン!

「突撃!」

 ワルツさんが叫ぶ! みんな一斉に走り出す!

「オルド、レン! 水の中では自由に動きづらい! 陣形を意識してついてこい!」

「はい!」

「はい!」

 俺達イギさんをリーダーとした四人のパーティは、イギさんを先頭にリザードマンへ突っ込んでいく。俺はイギさんのやや後ろを走って追う。

「オルド、レベルの低い敵を選んで個別にタウントしろ! 無理にレベルの高い敵を引き付けようとはするなよ!」

「わかってます!」

 俺の職能はファイター。前線で直に敵を殴り、また敵の攻撃を引き受けて仲間を守ることもできる職能だ。補助武器もスモールシールドを選んでいて、防御能力にも抜かりはない。ちなみにゲームを始めたばかりの時は素手という補助武器を選んでいて攻撃重視だったんだけど、イギさんのアドバイスでスモールシールドに持ち替えていた。防御と攻撃のバランスを取るのが初心者向けだということだった。実際シールドを装備してからは敵の攻撃が痛くなくなって戦いやすい。

「シールドウェイブ!」

 俺の叫びと共に体が動く。左手を振りぬくとシールドからシールドの分身のような光が飛んでいき、リザードマンの一匹を打ち据えた! 打たれたリザードマンは武骨な大きい包丁みたいな剣を片手で振り回しながら俺の方に近づいてくる。イギさんのタウントという言葉は敵を引き付ける行為を示す用語だ。シールドウェイブは敵を選んでタウントすることができる遠距離攻撃スキルだ。パーティで戦うときには使い勝手がいい。これを軸に戦えば俺は受け持つのが無理なほど強い敵に襲われることが少なくなるわけだ。

「キシャアア!」

「え!?」

 俺は驚愕した。俺のシールドウェイブに打たれたリザードマンは俺の数倍の速さで俺に近づいてきた! もう目の前、剣を振り上げている!

「は、速い!」

 慌ててシールドで攻撃を受ける。リザードマンって素早いのか!

「水の中では奴らの方が速い! 陣形とタウントに気を遣え!」

 叫ぶイギさんは三匹のリザードマン相手に格闘しながら俺に叫んだ。なるほど、地形が問題なのか! ここは奴らの住処、もともと奴らに有利なんだ! くそ!

 俺はリザードマンを押し返す。足は思うように動かない。陣形を維持した状態でスキルをうまく使わないと……!

「トリプルアロー!」

 俺の目の前のリザードマンに三本の矢が次々と刺さる!

「ギャー!?」

 リザードマンはそれを最後の断末魔として霧散した。

「レン、サンキュー!」

 矢を放ったのはレンだ。俺はレンに礼を叫ぶ。

「次が来るよ!」

 レンも叫ぶ。

「オルドくん、レンちゃん、二人で動いて! 無理しちゃだめよ!」

 モカさんの指示が飛ぶ。俺とレンはお互いの距離を少し縮めて陣形を作る。イギさんより少しだけ後ろで次のリザードマンに備える。

「レン、メインダメージは任せる! 俺は陣形の維持に集中する!」

「わかった!」

 俺は次にタウントする敵を探して周囲を見る。周りでは他のみんなも陣形を維持しながら戦っている。この水の中というのはなかなかに厄介な場所なんだな。アクションが売りのこのゲームで自由に動けないっていうのはなんとも……!

「シールドウェイブ!」

 俺たちは戦い続けた。



 ●



「ペネトレイトアロー!」

 私たちの戦いは長く続いていた。いや実際にはそんなに時間は経ってないのかもだけど、戦っている私には長い時間に感じられる。

「よし、全員前進ですぞ!」

 リザードマンの波が途切れたところでワルツさんが前進を指示した。リザードマンは確かに素早く手ごわいけれど、それ以上にイギさんやワルツさん達は強かった。リザードマンの波が途切れるごとに少しづつ前進していく。

「新手が来るぞ!」

 誰かが叫んだ。

「ふふふ、このくらい切り抜けてこそ冒険者でござるよ!」

 ワルツさんが宣言すると、まるで足元の水をものともしないステップでくるくると踊るようにリザードマンに切り込んでいく。ワルツさんの戦いは美しいダンスだ。補助武器、戦闘ブーツの効果で動きの制限が私たちよりも全然少ないらしい。そんなワルツさんはこの戦闘の中で一番の戦力だった。

「くっくっく、それがしの華麗なステップが地獄に導いてくれるでござる!」

 台詞がなければかっこいいんだけどなあ……。

 そう思うのもつかの間、すぐにあっくんもリザードマンと接敵。私も攻撃しなくちゃ!

「ワイドショット!」

 横に広がる矢が私の手から放たれ、収束するようにリザードマンに刺さってゆく。迷いはあったけど、実際に戦いが始まると気ならない。というか、気にする暇もないし、それに襲ってくるリザードマンはやはり敵だと感じる。

 こうして私たちはじわじわと戦いながら先へ進んでいく。先へ進むごとに敵も増えて、レベルの高い敵が多くなっていく。

「オルドくん、レンちゃん、無理しないでね! イギさんに任せちゃっていいからね! むしろなすりつけてやってね!」

 モカさんが言う。ありがたいけどなすりつけるのはどうなんだろう。思わず苦笑。モカさんはこんな状態でも余裕があるなあ。

 戦いながらあっくんを見た。必死に戦って、イギさんを追いかける。うん、がんばってる。今は私もがんばろう。悩むのは後でもできる。

 でも、謝るのは――。

 私はあっくんに謝りたかった。もっとちゃんと、ごめんなさいを言いたかった。でもそれはいつ言うべきなのか、わからない。だって、悩んだ状態で謝っても、それはちゃんと謝れていないと思うんだ。

「トリプルアロー!」

 リザードマンを撃ち抜くことで余計な思いを振り払う。

 と、急に歩きやすくなった。あ、水位が下がってる? ううん違う。私たちが陸地に上がってきたんだ。

 周りをよく見ると沼地の中でたどり着いたこの周りだけ、丘のようになっていて陸地を見せている。

「ハア!」

 甲高い声、同時に冷たい衝撃波が周囲に広がった。

「きゃあ!?」

「レン!」

 あっくんがかばってくれる。衝撃波は私たち全員をなぶる。かばわれた私は大丈夫だけど、あっくんは!?

「くう!」

 あっくんがひざを着く! 体力が!? あっくんの体力は瀕死に近い。

「あっくん!」

 急いで駆けつける。でも、あっくんに手を伸ばした時にはもうイギさんが回復魔法を飛ばしていた。

「あっくん、大丈夫!?」

 体力ゲージは回復してる。でも私は聞かずにいられなかった。

「ああ、大丈夫だ」

 あっくんの言葉に胸をなでおろす。でも、今の衝撃波は何?

 前を見つめる。するとそこには陸地の真ん中に大きなリザードマン。いや、リザードマン? 下半身が普通の足じゃない。蛇のような蛇腹だ。大きさと相まって凄い威圧感を放っている。そいつはゆっくり体を起こすと、手をこちらにかざした! その手には冷たい何かが集まっていく! こいつが衝撃波を撃ったのね!? これ、ひょっとしてこれがリザードクイーン!?

「ワルツ!」

「心得てござるよ!」

 イギさんの叫びに、ワルツさんが飛び出す。側転からの前方への大ジャンプ。一気に女王に近づいたそのまま、空中からスキルを放つ!

「ハウリングタウント!」

 ワルツさんから放たれた叫びが女王をなぶる。女王は着地したワルツさんを睨むと、手にためた冷気をワルツさんにだけぶつけてきた!

「なんとぉー!」

「ヒール!」

 ワルツさんは耐える。体力が減るけどワルツさんのパーティのウィザードから回復魔法が飛んでこらえた。

「そっちは任せたぞ、ワルツ!」

 言われたワルツさんはそのまま女王の後ろに回るようにジャンプ。女王はワルツさんを追いかけて私たちに背を向けた。ワルツさんと女王の戦いが始まる! ワルツさんのパーティともう一つのパーティ、二つのパーティが位置取りを作ってワルツさんを援護し始めた。

「オルド、俺達は周りの雑魚を蹴散らす! 女王の攻撃範囲に入らないように意識しろ!」

「わ、わかりました!」

 あっくんが立ち上がる。

「レン、行こう!」

「うん!」

 私はあっくんの背中を追う。私たちのパーティは今までとやることは変わらない。ただ、女王の攻撃範囲に入らないように気を付ける必要ができた。今まで以上に緊張感が強い戦いだ。

「シールドウェイブ!」

 あっくんが女王の周りのリザードマンの一体をタウントした。そこに狙いをつけて矢を撃ち込む!

「トリプルアロー!」

 あっくんが前に出て、私があっくんの背中に陣取る。もう何度も繰り返した連携だ。

 なんだか安心感がある――。

 戦いの中にありながら、私はちょっとそんなことを考えていた。このゲームで一緒に戦うことで、あっくんをより身近に感じる気がする。あっくんが私を気遣うのがわかるし、あっくんが次に何をしようとしてるのかがなんとなくわかる。あっくんも、そうなのかな?



 ●



 俺は女王の視界に入らないように陣取りながら、レンをかばって戦い続けた。レンの攻撃は慎重で、そして正確だ。その動きは俺が動きやすいように意識してそうなってるのがわかる。

 俺、レンとわかりあってる、んだろうか――。

 そう思って、思い直した。分かり合ってるから、今連携ができてるんだな。そう思う。戦いに出る前に何だかレンとの間にぎこちない空気ができたと思っていた。でも今は、なんだか二人でひとつになったような、そんな感覚だ。

「――!!」

 急につんざくような音が俺達の耳を刺激した! その音は叫び声だ。女王の甲高い叫びだ!

「いったい何が!?」

 言った瞬間、陸地を囲むようにリザードマン達が水の中から飛び出してきた!

「リザードマンの増援だ! 全員近接戦闘!」

「そんな、増援!?」

 誰かの声に、レンが叫ぶ。くそ、この女王、増援なんて呼ぶのか!

 増援として呼ばれたリザードマン達は一斉に襲い掛かってきた!

「オルド、レン、背中合わせになって戦え! 敵に後ろを見せるな!」

 イギさんの声、見ればイギさんとモカさんも背中を合わせている。

「レン!」

「うん!」

 俺の声に、レンは応えた。



 ●



 弓を捨てて短剣を抜き払う! そのまま私はあっくんの背中に自分の背中をつけた。

「レン、無理するなよ!」

 あっくんが私を気遣う。

「大丈夫! これでも補助武器は短剣だから、接近戦だって!」

 レンジャーはメイン武器こそ弓だけど、近接に対応した補助武器もある。とにかく囲まれた以上背中を見せないように接近戦をするしかない!

「シャアアア!」

 リザードマンが叫ぶ! そのまま私たちは混戦状態になった!



 ●



 混戦状態の陸地は混沌を極めていた。リザードマンと俺達冒険者が全員接近戦で入り乱れる!

「ギャアアシャアア!」

 リザードマンの攻撃を盾で受ける。下手に避けると後ろのレンに当たるかもしれない。そう思うとシールドの存在はありがたかった。

「スラッシュインパクト!」

 剣で地面を叩く! そこから広がった小さな爆発が目の前のリザードマンをまとめて吹き飛ばす! 混戦状態では狙って敵を倒すのが難しい。だから大味な攻撃でも敵を吹き飛ばせるような範囲攻撃が使いやすかった。

「ツインスラスト!」

 それに比べてレンの使う技は単体攻撃が多い。威力は十分だが単体しか攻撃できないから数で押されて戦いづらそうだ。シールドなどの防御能力も特にないのが戦いづらさに拍車をかけている。

「マジックアロー! ちょー連打!」

 モカさんが小型の攻撃魔法を連打する。それはモカさんの前の敵ではなく、レンが対応しきれないリザードマンを打ち払い続ける。

「すげえな、イギさん……」

 思わずうなる。レンをカバーするためにモカさんがこちらへ支援攻撃を飛ばし続ける。そしてそれを支えてるのがイギさんだ。

「ヘルブレイズ! ランドインパクト! フリージングランス!」

 接近戦で範囲型の魔法を連打してリザードマン達を寄せ付けない。そうしてできた余裕を使ってモカさんがこちらへ攻撃しているのだ。

「――!」

 甲高い声! やばい!

「衝撃波だ!」

 誰かが叫ぶ! 混戦になってしまったことで女王の攻撃を避ける位置取りがしづらくなっている。俺は一撃なんとか耐えられるが、レンは耐えられない可能性が高い。職能と補助武器による能力の差だ。

「レン! 俺の影に!」

「ごめん!」

 レンが俺を盾にするように動く。次の瞬間、女王の衝撃波が俺たちをなぶる!

「くう!」

 レンをかばった俺は衝撃波をもろに食らう。体力ゲージが一気に減る!

「ヒールウェーブ!」

 モカさんが範囲回復魔法を使う。おかげで俺は耐えきって戦い続ける。

「くそ!」

 俺は悪態をついた。確かに俺達はリザードマンを引き付けて、戦いを維持している。だけど、これじゃ俺たちはイギさんとモカさんの足手まといだ!

「シールドスパイク!!」

 攻撃に怒りを込める。くそ! もっと俺が強ければ!

 不甲斐ない自分を叱咤する。でも今は、戦い続けるしかない!

 憤りながら戦いを続ける。それでも俺たちはリザードマンの群れを押し込んでいく。俺とレンを含めても、それでも俺たち全員の力が確かにリザードマン達を上まわっているんだ。

 リザードマンの数が減っていく。一匹、二匹。倒すごとに減っていく数が大きくなっていく。数に差が出れば出るほどこちらの有利は大きくなっていくからだ。

「うおおおお! 早く終われええええ!」

 俺は叫んだ。その時。

「クルルルルル!」

 女王が奇妙な叫びをあげた。

「何だ!?」

 その叫びを聞いたリザードマン、その中の一匹が急に後ろに向かって走り出す。

「やや、さらに増援を呼ぶつもりですかな!?」

 ワルツさんが叫ぶ。そうか、あいつは遠くの仲間を呼びに行くつもりなのか! 止めなきゃ!

 俺達の周りで、リザードマンの動きが活性化した! こいつら、増援を呼ぶことが決まって士気を挙げたな!? 攻撃が激しくなって増援を呼びに行ったリザードマンを追いかけられない! どうする!?

 そう思った瞬間、激しい炎が周囲を焼き払った!

「イフリートチャージ!」

 イギさんだ! 激しい炎は周囲のリザードマンの動きを制限する。イギさんが叫んだ。

「オルド、レン、あいつを追え!」

「でも!?」

「ここは大丈夫だ! いいか!? “余計な戦力”はお前たちしかいないんだ!!」

 その言葉に、俺はぐっと動きを固める。そうだ、俺達はもともと余計な戦力、戦力外なんだ。ここにいたほうがイギさんたちの邪魔になる。でも――。

「行こう! あっくん!」

 レンが叫ぶ。そうだ、余計な戦力だからこそ、俺達はここを離れてあいつを追いかけられるんだ!

「すみません、頼みます!」

 俺とレンはイギさんとモカさんにその場を任せて走り出した。



 ●



 イギさんの魔法によって動きを止めたリザードマン達の包囲を、私とあっくんは突破した。増援を呼びに走るリザードマンを追いかける!

「レン、水中はリザードマンの方が速いぞ!?」

「うん、わかってる!」

 私はうなずく。そして短剣を構える!

「ソーイングシャドウ!」

 スキルを発動して、短剣を投げる! ソーイングシャドウは敵の移動速度を落とす攻撃スキルだ。投げられた短剣は吸い込まれるようにリザードマンの背後に刺さった!

「クア!?」

 リザードマンのスピードが目に見えて遅くなる!

「あっくん! お願い!」

「おう!」

 走り抜けたあっくんがソーイングシャドウの効果が切れる前にスキルの射程にリザードマンを捉えた!



 ●



「シールドウェイブ!」

 俺は射程ギリギリでリザードマンにシールド型の光を投げた! 光に打たれたリザードマンがこっちを振り返る! よし、タウント成功!

「シャアアアア!!」

 リザードマンが引き返すように俺に向かって走りくる! 後は倒すだけだ! 奴が振りかぶった棍棒を、シールドで受け止める!

「おお!? ととと!!」

 思いっきり吹き飛ばされた! シールドの上から体力を多少持っていかれた! こいつ、強い!

 リザードマンの頭上を見る。レベルは二十三! 俺のレベルは現在十八! く、相手の方が各上か! でも逃がすわけにはいかない! せめてみんなが女王を倒すまでは引き付けておかないと!

「あっくん大丈夫!?」

 レンの声に俺は叫んだ。

「大丈夫だ! それよりもこいつをどうにかするんだ!」

「うん!」

 二人でリザードマンに突撃をかけた!



 ●



 二人同時に戦いを仕掛けているのに、目の前のリザードマンはたじろぐこともなく攻撃を返してくる! やっぱり格上の相手はきつい!

 あっくんの攻撃と同時に私も攻撃を繰り出す、でもそれは簡単に避けられてしまう。逆に相手の反撃は私たちに脅威を見せる。一撃が重い棍棒はまともに当たれば一撃で倒されちゃうかもしれない。だから避けるのに必死だ。幾度目かの攻撃を避ける。

「もう、どうすれば――!」

 せめて、攻撃に専念できれば……!

 そう思ったとき、あっくんが前に出た!



 ●



「こんのおおお!」

 俺は無理やりリザードマンの棍棒を抑え込むようにシールドで押す!

「レン! 今だ!」

「ツインスラスト!」

 俺が作った隙に向けて、レンが放った短剣の攻撃がリザードマンに直撃した!

「よし!」

 思ったように連携が決まった! そうだ、連携だ! 接近戦でも連携が必要なんだ!

「レン、今の感じ!」

「うん!」

 二人でうなずきあう。そして二人同時に動いた!



 ●



「シールドスパイク!」

 あっくんのシールドスパイクがうなる! リザードマンはそれを避ける。けど避けたところに私の攻撃が届く!

「エクスキューショナー!」

 あっくんの後ろから、流れ出るように飛び出してリザードマンの首を切り裂く!

「キュアアアアア!」

 首から血を吹き出しながら、リザードマンが武器を振ろうとする。でも次の瞬間あっくんが前に出てリザードマンを抑え込む。私は再びあっくんの後ろからリザードマンに攻撃を加える!

「このお!!」

「シャアアアア!」

 徐々にリザードマンを押していく。それは徐々に私たちの連携がリザードマンの実力を上まわっていくから。連携を続ければ続けるほど、その連携の完成度は上がっていく。私の攻撃。あっくんの攻撃。私の足払い。あっくんが抑え込む。あっくんが次に何をしようとするか、手に取るようにわかる。だから私もすんなり動ける。あっくんも私の動きを感じてくれているのがわかる。

 今、何よりもあっくんを身近に感じる――!

 私は渾身の力を込めて、短剣を突き刺した!



 ●



「――アアアアアアア……!!」

 それは断末魔だった。目の前でリザードマンが倒れていく。俺たちは、勝ったらしい。

「あっくん、やったよ!」

「ああ!」

 俺は安堵して、息をついた。勝てた。格上の敵だったけど、勝てた。レンとの連携をもって、戦いに勝ったんだ!

「オルドくーん! レンちゃーん!」

 と、俺達を呼ぶ声が聞こえた。振り向くとモカさんがこっちに手を振っている。

「終わったよー!」

 見れば女王の亡骸を前に、みんなが座り込んでいた。散り散りに逃げながら虚空へ消えていくリザードマン達が見える。そうか、女王を倒すと周りのリザードマンも消えるのか。へとへとに疲れた感覚の中で、やっぱゲームではあるんだなと、そんなことを思った。

「終わったんだね」

「みたいだな」

 レンの呟きに、声を重ねた。



 ●



「くううう! 出なかったでござるよ! 女王の悔し涙!!」

 ワルツさんの叫び。女王を倒した帰り道、俺達はリザードマンの消えた沼を歩いていた。またしばらくすればリザードマンもリポップするけど、女王が復活するまでにはメンテの日が来るらしい。女王が増えなければむやみにリザードマンが増えることもなく、メンテの日まではイギさんの別荘がある集落も襲われないだろうということだった。

「俺は出たぞ」

「アイギィ氏! 何で特に必要じゃないお主にでてそれがしに出ないのか!? あ、これが悔し涙!? それがしから出たこれが真の悔し涙でござるな!?」

 どうやらワルツさんには女王の悔し涙が出なかったらしい。

「俺はいらんから譲るよ」

「アイギィ氏いいいいい! ありがとおおおおおおお!」

「泣きながら抱き着こうとするな! 投げ捨てるぞ!?」

 はは、なんだかいいな、こういうの。みんなで何かを成し遂げて、それを共有して帰る。仲間って感じがしていいな、うん。俺が笑っていると、レンが隣に並んできた。

「ねえ、あっくん」

「うん?」

 レンは俺に向かって真剣に言った。

「あのね、ずっとあっくんにちゃんと謝りたかった」

「うん……」

 言われて、俺はうなずいた。驚きはなかった。

「さっきあっくんと一緒に戦ってた時、今までよりもあっくんを身近に感じたの。それでね、あっくんが何を考えてるかとか、何がしたいのかとか、そういうのがなんとなくわかる気がしたの」

「うん、俺も」

 俺も感じていた。レンが何をしたいのか。戦いの中で通じていた、と思う。だから、レンが俺に謝りたいっていう気持ちも何となくわかったし、それに――。

「だから、ごめんねあっくん。あっくんがくれたこの世界、嫌いになったとかそういうんじゃないの」

「ああ、わかってる。俺もわかったよ。レンがいろいろ悩んでるの。レンの気持ちを考えずに怒った俺も、ごめんよ」

 そう、俺もわかっていた。だから、俺も謝った。

「確かにこの世界、俺達の都合で作られた世界だ。俺たちが冒険するためにこの世界があって、そのためにこの世界のひとたちが危険を感じてるってのは気持ちが晴れないよな」

 俺はやっぱり、この世界はゲームだと思っていたし、今もそう思ってる。だけど、この世界に居場所を見つけたレンは、俺以上にこの世界が好きで、だからこそこの作られた世界が悲しいんだ。

「うん、だけどね」

 レンは言う。

「私がこの世界を救うこともできるんだなあって、ちょっと思うの」

 おおげさだけど、と、レンは付け足す。

「この世界で冒険して、それがこの世界のひとのためになって。それを私がすることができるなら、私はそれをしていきたいなって」

 レンの顔は笑顔だった。

「それが私がこの世界を知った意味のような気がするの。ゲームなんだけどね」

 レンの言葉に、俺はそっとうなずいた。

「俺も手伝うよ、レンの冒険。二人でこの世界を生きていこう」

 そう言った上で、俺は言葉にした。

「だから、現実の恋も、現実の俺と一緒に冒険してほしい」

「あっくん――」

 レンは俺を見つめた。俺もレンを見つめ返す。しばらくして、レンは言った。

「ふふ、じゃあデートだね!」

「で、デート!?」

「だってそうでしょ? 二人で外に出て、まずは近くの公園まで冒険。ほら、デートだよ!」

「お、おう」

 確かにそう言われればそうだけど……。

「エスコートしてね?」

 レンは首をかしげて俺を見る。その顔は笑顔だ。

「わかった! 俺に任せろ!」

 俺は勢いよく胸を叩いた。レンとの冒険、それはもう始まっているのかもしれない。ドキドキしながらそんなことを考えた。



 沼を出た俺たちは馬に乗って近くの安全な集落へ移動した。その時点であたりは真っ暗で、そこからは自由に解散。俺とレンはその集落でログアウトすることになった。



 ●



 秋の空は澄んでいて、高く感じられた。公園の木々が赤く色づいている。

「恋、寒くないか?」

 俺の言葉に、車椅子から恋が答える。

「うん、大丈夫」

 車椅子を押してゆっくり歩く。恋の右足は義足をはめていた。長ズボンを穿いているのでぱっと見は普通の足に見える。

「変かな?」

 俺の視線に気づいたのか、恋が聞いてきた。

「ううん、そんなことない」

 むしろかわいいと思った。久しぶりに見た現実の恋は、久しぶりだからなのかなんなのか、今までよりかわいいと思えた。

「あ、あれ見て」

 恋がひときわ大きな木を指し示す。見事な紅葉だった。

「わあ」

 思わず声が出た。と、恋が俺の手を握ってくる。

「ねえあっくん」

「うん?」

「冒険、だね」

 冒険。恋の言葉にもう一度紅葉した木を見て、そして俺も返した。

「ああ、冒険だ」

 俺たちはその場でしばらくその紅葉を見つめ続けた。




END

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