第5話

「この状況でまだ助かると思われますか?」


半ば呆れてそう言い捨てると、2人はようやく周囲の視線に気づいたようだ。寝所には2人を拘束している近衛兵やカリムが連れて来た文官達だけでなく、騒ぎを聞きつけて来た女官達もいる。

中にはモニールの取り巻きもいるのだが、助けを求めて視線をさまよわせても誰も目を合わせない。既に保身に走っているのか、彼女を庇おうとする者はいなかった。


ようやく己が置かれている状況を理解した2人は、その場でがっくりと項垂れた。抵抗がなくなったところでまずはジャリルを部屋から連れ出すよう命じる。足元はおぼつかなく、着ている物も薄い衣が一枚だけ。威厳のかけらもないその姿はまるで下町で騒ぎを起こした酔っ払いにも似ている。噴き出してしまいそうになるのを堪えた。


罪人とはいえ女性のモニールも半裸で外へ連れ出すのは良くない。味方をしてくれた女官達に着替えを任せ、モニールの取り巻き達は自室で謹慎を言い渡す。そして私達も部屋を出ようとしたところで別動隊の近衛兵が報告に来た。


「リズク殿下の身柄を押さえました」


溺愛する息子の名前を聞いたモニールは顔を上げると、必死の形相でもがきだす。慌てて止めた近衛兵が力負けするのではないかと思えるほどの勢いだ。


「私のかわいいリズクをどうするつもり!?」

「それはあなた方がよくご存じでは? 10年前、私達にあらぬ疑いをかけて何をしましたか? もっとも今回は冤罪などではありませんがね」


皮肉を込めて返答すると、彼女は顔を真っ赤にしてわなわなと震えている。今まで受けた仕打ちのお返しに追い打ちをかけてみる。


「母親であるあなたの行動で彼に叔父の血が流れているか疑わしくなった。帝室から除籍の上、生涯幽閉が妥当ではありませんか?」

「黙れ! 皇帝の座を継ぐのは私のかわいいリズクじゃ! 下賤の血を引くそなたではないわ!」


激昂する彼女はついに近衛兵の手を振りほどき、勢いよく立ち上がった。しかし、頭に血が上りすぎたのか、立ち上がったとたんに白目をむいてひっくり返った。


「殿下、あおりすぎです」


バースィルの指摘に私は肩をすくめる。その間に彼女は先ほどまで愛人と情交を交わしていた寝台に横たえられ、呼ばれた専属の医者によって治療が施される。裁きの場には連れ出せなくなったのは残念だが、この場は女官に任せておけばいいだろう。念のため、他に数名の見張りを残し、私達はこの場を後にした。

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