AI少女は小説作家に恋をしない。

湯灯し詩葉

プロローグ

 午後1時になりました。八月一日、本日のニュースをお送りします。

 

 まず最初のニュースです。経済産業省は先日、地方からの人口流出が過去最高の数値に達したことを発表しました。

 これに伴い、国は地方有効活用政策として、工業施設の建設や、発電所の設置によるエネルギー創出の基盤造りを進める方針を示しています。

 そのため過疎化の進んだ地域では、厳密な調査の末、早急な土地開発が行われる模様です。


 「日本から不要な土地を無くし、資源を生み出す糧とすることが、日本をより良い発展に導くのです!」


 なお詳細な場所などは一年後を目処に検討して――。


ラジオの音がノイズに変わった。一瞬にして辺りが暗闇に包まれる。窓から見えるのは次々に流れ去る無数の小さな光だけ。心なしか走るスピードが落ちた気がする。一筋の線のごとく連なった光に導かれるように続く道の先では、より一層大きな光が私たちを飲み込まんばかりに段々と強く、その明るさを増していく。

 まあ要するに、トンネルに入った。


 正直なところ、トンネルに入ってくれて助かった。最近はテレビでもラジオでもこの話題が幾度となく流れるおかげで、いい加減耳にたこが出来そうだ。

 好きなアニメやゲームだって、数十回もやっていれは流石に飽きを感じるほどなのに、ましてや聞こえてくるのは国だの資源だの経済だの私には難しい単語ばかり。一欠片も興味のない話を聴かされる時ほど苦痛なことはない。

 こんな話を聴いて、ふむふむと頷いている人の気がしれないな。本当に意味を理解して頷いているんだろうか。きっとそれっぽい単語を耳にしただけで理解した気になっている人も少なからずいるはず。

 でも、あんなお経みたいな、聴いているだけで眠気が襲ってくるような話題に興味を持っているだけ、私のような奴なんかよりもよっぽど上等だ。まさに艱難辛苦ここに極まれりというやつ。

 それにしたって、退屈しのぎのBGMとしては失格だ。


 ラジオのノイズが次第にクリアになってきた。そろそろ出口も近い。


 次のニュースです。先日発生した金塊強奪事件、通称1億円事件の犯人の一人とみられる男性、田中昭容疑者が昨日未明、名古屋市市街にて発見され、間もなく逮捕されました。

 警視庁によりますと、一億円事件には今回逮捕された田中容疑者を含め、五人が関与しているとみられており、今現在、未だ一人が逃走中ということで、警察は住民に注意を呼び掛けています。また、犯人に関する情報の募集も開始され、一刻も早い犯人逮捕に尽力する構えを見せています。

 犯人の目撃情報は全国各地であがっていますので、それらしき人物を目撃した際は警察に通報するなどしてご協力をお願いします。


 窓から差し込む陽射しが暖かい。携帯に反射した光が車の天井に反射している。どうやらトンネルは抜けたみたい。

 外はこんなにも明るく穏やかなのに、ラジオから聞こえてくるのは物騒で暗いニュースばかり。折角良い天気で晴れやかな気分が辛気臭くなって敵わない。

 できれば私はそんな暗い出来事とは無縁なところで生きていたいものだ。例えばあんな風に路肩に咲いている一輪のタンポポのように――。


 ニュースが終わると同時にラジオが消された。どうやら運転手様も私に同感だったらしい。

 車内の静寂に響く微かなエンジン音と、夏らしいぽかぽか陽気が心安い。その陽気に自然と瞼が重くなる。


 先ほどから携帯がバイブレーションを繰り返している。恐らく担当からの鬼電話だろう。

 私は画面を開くのでさえ億劫になって、手に持っていた携帯を隣の座席に投げ捨てた。

 

 今日の旅立ちを彩るのに、陰鬱なニュースも、担当の口うるさい叱責も似合わない。

 

 私の新しい物語の始まりには、タンポポの花に混じった綿毛のような、少し物足りないくらいの幕開がぴったりだろう。

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