三十九話 我は天才だなぁ!

闇が徐々に色付く早朝。屋根の上で胡座をかいたまま自身と向き合っていた。


「あと、五日というところか……いや、そんな悠長なことは言ってられん」


人が腹を減らすように、魔族は生きているだけで微弱な魔力を消費する。残りの魔力残量を正確に把握し、それを何に当てるかと模索する。残り魔石は一つ。人間界に来る前にリーシェッド自らが作り出した小ぶりな物だ。


「廻廊が一回分……と少し」


オリジナル魔石に込めた魔力はリーシェッドが一番良く知っている。帰るだけであればその一つがあればで十分だった。同時に、魔力がいくらあっても人間界で発動すらしないことも。だからこそ、自身の魔力を食って寝るだけで浪費する訳にはいかない。


「やってみるか。


魔界の空気中を漂う一分子である魔素。酸素が無いと火が起きない。感覚は同じく、魔素が無いと魔法は発動しない。それを身体から放出することが可能か不可能か、魔界の住人では思いつくはずもない発想へと辿り着いていた。


「はぁー…………」


両手に魔力を集中させる。体内に留まる魔力を微粒子レベルに分解。それを守る保護膜をイメージ。そして、体外へ放出する。


「出来た……っ!」


宙を舞う確かな魔素の気配。しかし、すぐにそれは存在を消失させる。時間にして三秒も保っていないだろう。


「膜が薄かったか? もう一度」

「りっちゃーん! ご飯だよー!」

「アマミ姉! すぐ行くぞ!」


下の方から甘海の声が聞こえ、手元が狂ったのかもしれない。それほど繊細な魔力操作をしていたリーシェッドは、思わぬ事態に間抜けな声を出してしまった。


「はれ…………?」

「りっちゃん!!」


リーシェッドの視界が反転する。力なく屋根から転げ落ちていた。

魔素を作る魔力。保護膜に使う魔力。数える事すら出来ないほど大量の魔法を使っていた状態。少し力加減を間違えただけで彼女の体内には塵ほどの魔力も残らなかった。

地上から見ていた甘海はサンダルを蹴り捨てて駆け寄り、何とかリーシェッドをキャッチ。焦りに呼吸が乱れたまますぐに腕の中の少女の顔を見る。


「大丈夫!? 怪我はない!? 意識は……」

「アマミ姉……そのまま」

「ごめんなさい! 私が話しかけた途端りっちゃんが光って……邪魔しちゃったからっ!」

「今度こそ……成功だぞ。ありがとう」

「え?」


リーシェッドはじっと虚空を眺める。その視線の先に目を向けた甘海は、口を開けたまま呆気に取られた。

リーシェッドがいた場所に黒いモヤのような物が漂っている。それは人間界にはない魔界の空気。魔界が人間界より暗い世界なのは、魔素事態の色素が暗いものだと判明した瞬間である。


「あれ、りっちゃんが?」

「あぁ、今度は消滅しない。完璧な魔素が出来たぞ。これで帰ることが……」


安心したのか、腕の中で微笑んだまま眠る少女。魔界へ帰るための準備は全て整った。全てを出し切ったが、魔石を使えば魔素生成と廻廊を発現させてもお釣りがくる。

割れ物を扱うように優しく抱き直した甘海は、縁側で寝転がせて膝枕をしてあげる。朝焼けを見上げながら、キュッと締まった心が緩まないかと儚く願った。


「全く……よく寝ちゃう子だなぁ」


帰るために、甘海から離れる努力をしては気絶する。可愛い妹分が人間ではないことはすでに分かっていた。それでも、寂しいものは寂しい。まだ子供なのに一人の生活が長い甘海からすれば、たったひと月同じ屋根の下で暮らしたリーシェッドであっても家族のような存在になっていた。

応援したくない。でも、嫌われたくない。本当に姉のように接してくれるリーシェッドが望んでいるのだから、最後まで姉として見守るべきだ。


「そんなこと分かってるのにな〜。お姉ちゃん、我儘なのかなぁ?」


寝息をたてる妹は、図らずも甘海の身体へ抱きついた。その仕草が余計に甘海を困惑させる。






「りっちゃん、大丈夫? 眠い?」

「ぜーんぜん。それよりアマミ姉! おかわり!」

「もう、ちゃんと噛んでるのかなぁ」


一時間程で目を覚ましたリーシェッドは、ずっと眠そうな顔のまま動いていた。朝食を早めの昼食として食べている間も、どこかぼーっとしていて、ただ三杯もおかわりをしているからすぐに眠ってしまうことはないだろう。


「今日は出掛けようと思うのだ」

「お出かけ? 本土に行きたいのかな。何かお買い物でもしたいの?」

「前に書籍が山のように読める場所があると言っていたろう? なんといったか〜……と、とぉ〜」

「図書館」

「そうそれだ。アマミ姉、一緒に行って欲しいのだがダメか?」

「う〜ん」


甘海は迷う。お箸を咥えたまま見上げてくる不安そうなリーシェッドの力にはなってあげたい。自分で王様だというのにすっかり甘えてくるこの姿は心を開いている証拠。姉として頼られては断ることは出来ない。

ため息を落とし、箸の持ち方がなっていない妹の口元をハンカチで拭う。


「仕方ないなぁ」

「やった! アマミ姉が読んでくれないと困るからな! 我あんまり字わからんし!」

「あー、私を便利に使う気だなぁ? この悪い子めぇ」

「あははっ! 食事中にこしょこしょはダメだってば!」


仲睦まじく食事を終えた二人は、昼に一度来る船に乗るため準備を急ぐことにした。

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