三十四話 気持ちは受け取る

「リーシェッド様……本気ですか?」

「ああ本気だとも」

「大反対です」


玉座の間で睨み合う一人の王とメイド長。数少ない従者たちは身動き一つ出来ないほどの緊迫感に唾を飲みながら眺めるしか無かった。まさに一触即発である。

張り詰めた空気を切るように、シャーロットは無言でリーシェッドの頬を叩く。風船が割れるように甲高く音が響く中、リーシェッドは変わらず睨み続けた。


「あなたの我儘は全て聞いてきたつもりです。幼少の頃から魔王になってからも、くだらない事から常軌を逸した事まで全部。それは甘やかしていた訳ではなく、私が横にいれば最悪の事態にはならないという計算の上での話です」

「…………」

「しかし、今回ばかりはその範疇を大きく外れます。自ら人間界に行くなど馬鹿げているにも程がある。何が起ころうと誰も助けてくれませんよ? 何の勝算があって臨むのか知りませんが、甘ったれた考えはいい加減にしてください」


シャーロットの怒気はもはや殺意に近いほど鋭く牙を向いていた。冷静で賢く、高い計算から常に主君をサポートしてきた彼女であっても流石に今回は手に余る。人間界という異世界に主人をたった一人送り出すなど、心配性の彼女には到底不可能であった。


「真に攻略を考えた軍編成であれだけ失敗したのだ。もう我が行くしか……」

「私の考えをお教えしましょうか? まず一回目の侵略で敵の殲滅力を推測すると第二系位及び第三系位を主軸とする兵力で五分。まだ見えない力を考えても第一系位の従者二体は必要でしょう。あなたに第一系位の下僕は誰一人いません」

「…………」

「次に二回、三回目の侵略から察するに人間界には魔素がありません。一切の魔法を使わず肉弾戦ばかりしていた光景を見れば簡単にわかりますね。この影響はあなたも例外ではなく魔法が使えなくなります。魔力のなくなったあなたなどただの小娘。最悪、不死の力も失われて絶命の危機すら有り得るのですよ。いえ、そもそも回廊が使えなくなれば戻って来ることすら不可能。少しは自分の馬鹿さ加減がわかりましたか?」

「言い過ぎでしょシャーロット。仮にも主に向かってなんて言葉吐いてんのよ」

「ラフィアは黙りなさい!!」


シャーロットの怒号が黄金の龍を突き刺し、ラフィアは大人しく口を閉じた。いくら力を取り戻してシャーロットに張る実力を持っていても、第二系位のシャーロットと第三系位のラフィアでは従者序列が違う。リーシェッドの魔力を多く受けているシャーロットに口答えすることは出来ない。

特にシャーロットは特別だ。自我を尊重するために特殊な召喚をされた彼女は、己の意思で主従を解くことが出来る。だからこそ、リーシェッドと並ぶほどの権力を持って発言が許されているのだ。

殴られて崩した姿勢を直すリーシェッド。彼女の目に揺るぎはなく、変わらず意志を貫く。


「我には、我の考えがある。悪いがお前相手でも引く気は無い」

「……っ!」

「確かにあちらの力は大きい。しかし、全て自衛にしか使われておらんではないか。毎度こちらから攻撃を仕掛け、戦意のあるものだけを消滅させられた。敗走する兵を追撃する姿はただの一度も見ておらん」

「最悪の事態を考えるべきだと言っているのです! 全てが平和主義の防衛思考なわけがないでしょう! 個は個です! 中には力を失ったあなたを慰みものにする輩もいるに決まっています! この二百年の歳月を歴てそんな事も分からないのですか!!」


涙目になってしまうシャーロットの頭には、まだ幼かった無垢な不死王に向けられた悪意がチラついていた。錆のようにへばりついた記憶は未だ、彼女を蝕み続けていた。


「我は信じたいのだ。すまん……」

「…………」


頭を下げる守るべき者に、シャーロットは言葉が出なかった。

行き場のない怒りと悲しみに石柱を蹴り崩し、唇を噛んで背を向けるシャーロット。頭をガシガシと掻くと、そのまま言葉を投げ捨てた。


「もし考えを曲げないと言うのなら、私はあなたの元を去ります」

「分かっておるだろう。出した言葉は曲げない。それが我の信条だ」


シャーロットは脱力し、倒れそうな足取りで扉に向かう。


「………………ただの、必要にも足らない食糧問題の為だというのに」

「…………」

「私は行けないのです。人間界に魔素がなければ、私は屍に戻る。あなたを守れない」

「…………」

「もう、好きにすればいいのです。さよなら」


そして、リーシェッドが最も信頼している従者は彼女の元を去ってしまった。

気持ちの悪い静寂の中、不安そうにオロオロするココアを抱き締めながらラフィアが溜息を漏らす。


「追わなくていいの?」

「追っても変わらん。我は王だ。信念は貫き、それが他に示す我たる証なのだ」

「……カッコつける前に鼻水拭きなさいよ」


毅然と言葉を並べるリーシェッドだったが、家族同然のシャーロットにブチ切れられた上に失望されてしまえば取り繕うことも出来なかった。その顔は涙と鼻水でドロドロだ。


「あんな言い方で出てったけど、シャーロットだって本気で主から離れる気なんてないわよ。気持ち悪いくらい主ラブなんだから」

「………………ゔん」


とても、これから旅立つ者の顔ではなかった。




結局次の日の晩、人間界に回廊を繋げた辺りで姿を見せたシャーロットは、リーシェッドと同じく鼻を啜りながらありったけの魔石を凝縮して加工した【シャーロットのブレスレット】を投げ付けて見送った。

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