三十二話 龍玉の脅威

シロイトの城を見守る様に高くそびえ立つ見張り塔。崖を支えに建設されたそれの地下に、何百年も溶けることのない氷で形を保っている絶対零度の個室がある。

白い息を吐きながら中央の台座に龍玉を置いたリーシェッドは、邪魔にならないようにコルカドールと共に端に並ぶ。入れ替わるように台座の前に立ったシロイトは、適正温度に身体を解しながら呟いた。


「随分小さくなったな。昔、一度だけ見たことがあったがその頃の四分の一くらいか?」


シロイトと同じくらいの直径、ラフィアの手の平にすっぽり収まるサイズにまで縮んでしまった揺らぎを持つ透明な宝石を前に、彼は少し不安な顔をしていた。いくら龍玉が並の魔石を遥かに越える力を与えてくれると言えど、彼の計算は元の大きさがあっての考えであった。いまの小ぶりな龍玉では羽に変換することが出来るかわからない。


「マークツーがほとんど吸収しちゃったみたいね。でも大丈夫。今ある分でも並のドラゴンじゃ扱えやしないわ。これはただの魔力結晶じゃないの。幾千幾万の同胞が残した思念の集合体だから」

「お前が言うなら問題ないんだろうな。早速始めるか」


シロイトは左足を引き、両腕を前に掲げる。それに合わせてラフィアの羽が台座を覆うように広がった。


「さぁ、気合い入れろよラフィア!」

「ええ!」


二人の魔力が急速に高まり、龍玉は透明の中心に星のような光を生んだ。

突如、ラフィアとシロイトの魔力が身体の内側から爆弾が破裂したような勢いで溢れ出す。龍玉の恩恵が始まった。留まることを知らず力を与えられ続ける二人は、身体中の痛覚が反応して必死に歯を食いしばる。


「ラフィア! 流れる量が多過ぎるぞ! もっとコントロールしてくれ!」

「今やってるわよ!!」


余りのエネルギーに永久氷結の壁に亀裂が走る。膨大な魔力の影響で顔を歪めるリーシェッドとコルカドールを横目で見たラフィアは、全力で龍玉のコントロールに集中した。

事前に決めた役割。マークツーの一件で判明した龍玉のドーピング効果は即効性が極めて高い。それをコントロールして出来る限り緩やかに絞ることをラフィアが担当し、シロイトは自分とラフィア二人分の魔力抽出に努める。

魔力が高過ぎると暴発し、魔力を抽出し過ぎると龍玉から引き出す力が無くなる。繊細な魔力コントロールが得意な求められる作業に、シロイトの腕が震え始めた。


「さすがレアラベルと言ったところか。この何倍もの魔力を身体に宿したまま戦うなど龍外極めるってもんだ……っ!」

「くっ! 暴走してたらしいけど、ね!!」


数秒の間に何度も意識を失いそうになりながら、ラフィアは想い人の顔を浮かべる。確かに強かった。身体能力も、精神力も、他の仲間たちでは及ばない随一の存在だった。

しかし、ラフィアはマザードラゴン。全てのドラゴンの祖にして最強の象徴。彼に出来て自分に出来ないわけがないと、いや、やり抜かなければならないと四肢に力を込める。

既に室内はいつ崩れるか分からないほど崩壊していた。龍玉の光は最早透明な箇所はない。完全に光の塊になる最終段階にして、ようやくシロイトの声が上がる。


「圧縮が終わった! ラフィア、流れを元に戻せ!」


シロイトが背後に片腕を伸ばし、ラフィアは流れ込む魔力のブレーキを一気に外す。


「結晶化!!」


彼の声が部屋全体に跳ね返り、後ろに伸ばした腕の先へ魔力が集まる。

ブレーキが壊れた龍玉の魔力は一瞬膨脹し、瞬く間にシロイトを経由して一つの場所に吸い込まれていく。魔力が注がれるその空間の真ん中に、白い羽が出現して大きさを変えていく。

しかし、予想外の出来事が起こる。


「やばい! もう羽が完成した!」

「はぁ!? 残りの魔力どうなんのよ!!」

「こうなりゃもう一枚作ってやるぞ!」


まだ二割も注いでいないのに完成してしまう羽。何年も魔王クラスの魔力を注ぎ続けて完成する羽がここまで速く完成するとは思わなかったシロイトは、急遽別の場所に魔力を溜める空間を生み出す。

シロイトは、瞬く間に形成されていく二枚目の羽を見つつ、体内を駆け回る魔力の量を計算して冷や汗を流していた。まだ八割を使い切ろうとしている所なのに、また羽が完成間近に迫っていた。


「ラ、ラフィア……すまん。暴走するかもしれない」

「な、なんでよ! 次の羽を作れば問題ないでしょ!」

「羽を構築する空間は特殊魔法だ。通常一つしか出せないのに二つも出してんだ。三つ目はコントロール出来ずに大爆発を起こすぞ! 他の羽に共鳴しちまったら狭間が崩れるかも知れない!」

「ど、どうすんのよ!」

「決まってるだろ!」


二枚目が完成した直後、シロイトは両腕を再び龍玉に向けて流れをコントロールする。


「二人で堰き止めながら身体の中に収めちまうしかない! 根性論で乗り切れ!」

「や、やってやるわよ!!」


既に満タンに近い魔力をフードファイターの如く無理矢理詰め込んでいく二人は、龍玉の恐ろしさをその身で感じる事となる。

もうビー玉程の大きさしか残っていない龍玉は、それでもトップランクのドラゴン二人から零れでるほどの魔力を宿していた。

徐々に身体に亀裂が入るラフィアとシロイト。血を巻きながら抑え込む二人を心配そうに見つめるリーシェッドは拳を握って、従者の手助けを出来ない非力さを呪った。


「どうすれば……どうすれば良いのだ……っ!」


悲痛に顔を歪めると、彼女の影から呆れたような声が鳴り響く。


「シカタネェナァ! ジブンノオモチャモアツカエナイオコチャマッテカァ!?」


ケラケラと笑いながら、リーシェッドの影が台座に伸びていく。

姿を現したペティ・ジョーは、苦しむ二人の頭を雑に掴んで高らかに笑った。


「ヒャッヒャッヒャ! オモチャハァ! オモチャバコニッテナァオイ!!」


ペティ・ジョーの魔力が禍々しい両手に集まると同時に、それに掴まれていたラフィアとシロイトの魔力が見る見る落ちていった。龍玉は完全に消滅している。二人の中で暴走した魔力だけが力ずくで流れを変えられて沈んでいった。


バチンッと何かが破裂する音と共に、ラフィアとシロイトは地面に崩れ落ちる。ペティ・ジョーだけは未だに笑い続けながら二人を引き摺ってリーシェッドの元へ戻ってきた。


「ペティ・ジョー……何をしたのだ?」

「マリョクヲカゲノナカヘイレタンダヨォ! 【ヨビマリョククウカン】ッテナァ!」

「お、お前そんなこと出来たのか……」

「シロイトノクウカンハァ! モトハミッドフォールノワザダゼェ!? オレニモデキラィ!! ヒャーヒャッヒャッ!!」

「……さすが、ミッド兄の第一系位召喚獣だな」


まさかのペティ・ジョーの活躍により、二枚の羽を獲得した上にラフィアとシロイトの命が救われた。

二人が気絶から目が覚めるまで、ペティ・ジョーの自慢話に付き合わされることになったリーシェッドだが、感謝の念が強すぎて素直な気持ちで聞き入ってしまっていた。

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