十九話 新時代

「ほら! どうだ!」

「くっ、このぉ!」


 復活後、リーシェッドの動きが大きく変化していた。タルタロスとの戦闘で傷を負っているとはいえ、先程までラグナに一切歯が立たなかったはずなのに今は同等の攻防を繰り広げている。それがラグナにとって気持ち悪くて仕方なかった。


「パワーもスピードも上がっているだと? さっきの魔法もそうだが、お前手を抜いていたのか!?」

「その答えも気が向いたら教えてやろう!」

「舐めやがって!」


 気持ち悪いはずなのに、ラグナの気持ちに変化が訪れていた。

 タルタロスと戦っていた時は死ぬ覚悟だった。それは彼も一緒。大きなものを背負い過ぎて膨張し続けた気持ちがやっと終わり時を迎えはずだった。

 それなのに、二人の間に割って入ってきた女の子の手によって完璧な肩透かしを食らった。後戻りするべきなのかも分からないほど、今の状況が手に負えない。そして……。


(過去は過去……だと?)


 彼女の言葉が頭から離れなかった。一体何を考えているのかと思考が渦巻く。その間にも、リーシェッドの猛攻は加速していた。


「長考は机の前でしないと隙を作るぞ」

「がぁっ!!」


 真上に打ち上げられたリーシェッドの足刀がラグナのあごを捕らえる。反撃で彼女の軸足を刈り取ろうとしても、器用に飛び跳ねて逆に投げ技を食らう。

 小さなリーシェッドが大柄なラグナを力で圧倒する光景は、見ている者にとって余りにも不自然であり、また痛快であった。


「お、お嬢……」

「リーシェッド様」

「なんだ、目が覚めたのか二人共。なら用心しろよ」

「はい?」

「囲まれているからな」


 起き上がった二人が朦朧もうろうとした頭で辺りを見渡すと、そこには様々な種族の魔物達が歯を食いしばって眺めていた。皆、ラグナが保護した世の弱者達だ。

 リーシェッドに気を取られていたラグナはやっとそれに気付いて、怒鳴るように声を荒らげた。


「何をやっているお前達!! 逃げろと言っただろう!!」


 出来るだけ遠くへ。そう強く言い聞かせていたはずなのに、今でさえ誰一人として一歩も引こうとしない。恐怖と絶望の根源である炎王タルタロスがいるのに、死を司る不死王リーシェッドがいるのに、女子供ですら足を動かさなかった。


「馬鹿共が!! この場にいればお前らも……」

「構いません!!」


 一人が声を上げると、他の魔物達も次々にその思いを口にした。


「旦那が拾ってくれた命だぜ! その旦那がピンチなのに俺達だけ逃げるなんて出来っこないだろ!」

「私達も戦います! 勝って一緒に帰りましょう! ラグナさん!」

「ラグナ兄ちゃんが死ぬなんて嫌だぁ! オレも戦う! 悪いヤツから守ってやるからな!」


 武器を持ち、次々に叫ぶ貧民達を見て、ラグナの心が大きく揺れ動く。


「お前ら……戦いも知らねぇガキまで……」

「兄ちゃんか、随分愛されておるなラグナ」

「てめぇに関係ねぇよ」


 悪態をつきながらも、ラグナは僅かに笑っていた。こんな直情的で馬鹿ばっかりだから仕事にあぶれるんだと心の中で叱咤しったしながら、零れそうな涙を必死で抑えた。

 しかし、詰め寄ってくる盗賊団がシャーロットやボルドンに届きそうになったその時、リーシェッドの魔法が彼等に向けられた。


「や、やめろぉおおお!!!!」


 容赦なく発動した闇の魔法は地面を伝い、息つく暇もなく彼等の足元に迫る。

 そして、直前で静止した。謎の魔法に警戒した彼等は一斉に足を止める。


「その魔法陣には死の呪いを掛けてある。誰か一人でも乗り越えてみろ、たちまちお前らのボスの心臓が握り潰されて死ぬだろう」

「くそ、悪魔め……」

「我は死を司る魔王だぞ? そんなものと一緒にするな。命を刈り取られたいのか?」


 突き刺すような眼光とラグナを凌駕する程の禍々しい魔力によって、刃向かっているのが何者かをわからせる。リーシェッドは魔神殺しを成し遂げた魔界最強の一角。紛れもない魔王なのだ。

 興が乗ったリーシェッドは、不敵な笑みを見せながら両手を広げて宣言する。


「面白いことになってきた。一つチャンスをやろう。ラグナが勝てば、タルタロスの政治改革を認めてやる。お前らが生きやすいようにどうとでも変えるがいい。我の名において統括議会に上げてやる。いいなタルタロス?」

「う、むぅ……」

「しかし! ラグナが負けるようなことがあれば……コイツには我に従ってもらう。どんな命令でも拒否権など無い。文字通り何でもしてもらうからな」


 辺りがざわめく。今の話をそれぞれがどう受け取ったのか楽しそうなリーシェッドは、苦虫を噛み潰したような顔をするラグナを見下ろして笑う。

 結論が出たのか、一同は声の出る限りラグナに声援を送った。


「ラグナやっちまえ! お前なら勝てる!」

「アニキの夢が叶うチャンスだ! こんな事しか出来ねぇ俺達ですまねぇ!」

「無茶すんじゃないよ! 危なくなったらさっさと逃げちまいな! アンタが死んじゃ意味無いんだよ!」


 ラグナは立ち上がり、皆の声に応えるように吼えた。守り、守られてきた彼等は、ラグナに不屈の闘志と力を与える。


「不死王リーシェッド。お前の言葉、嘘じゃねえだろうな?」

「あぁ、我は嘘などつかん。隠し事はするけどな」

「上等だ!!」


 迷いの晴れたラグナは飛び出す。それに合わせ、リーシェッドも迎撃の構えで迎えた。

 迷いなく、真っ直ぐに戦う二人の実力はほぼ互角。力はラグナが僅かに上回り、技はリーシェッドが一歩先を行く。ただ前だけを見つめる二人の戦闘は、見ている者の心に火をつけてしまう。


 長時間の激闘の末、とうとう終わりの時が近付いてきた。共に息を荒らげ、至る所に重症を負いながらも、ラグナの方が先に膝を着く。


「ラグナ!!」

「ラグナさん!!」


 悲愴ひそうを纏う声を聞いて何とか意識を保っているが、ラグナの身体は既に限界を越えていた。リーシェッド相手に互角であるということが、負けを意味していることを彼はここで理解する。彼女は不死者。死んだその場から復活してしまう化け物なのだ。


「気絶すら、させられないか……」

「終わりだな」


 リーシェッドの手刀がラグナの首へと向かう。魔力が尽きてしまった彼は防御すら出来ず、魔王の手刀を受ければ首など簡単に飛ぶ。死を覚悟するしかない。


「みんな、ごめんな……」


 目を閉じて時を待つラグナ。

 しかし、いつまで待ってもその瞬間は訪れず、緩く目を開けるとただ強い瞳で見下ろしてくるリーシェッドがそこにいた。


「どうした。さっさと殺せ」

「何を言っておるのだ? 我は勝った。勝ったらどうするのかをもう忘れたのか?」


『何でもしてもらう』


 それはラグナの中で、不死者として蘇り死ぬことすら出来ない奴隷として扱われるものだと思っていた。だがそれは、リーシェッドの思惑とはかなり掛け離れていたようだ。

 ラグナに背を向けたリーシェッドが指を鳴らすと、周囲に張り巡らされた死の結界が解かれる。その瞬間、せきを切ったように盗賊団がラグナに駆け寄って来た。


「大丈夫かラグナ! ちゃんと意識はあるのか!?」

「あ、あぁ」

「どこが痛い? あたし少ししか回復魔法出来ないけど治すから!」

「全身……」

「よがった! 兄ちゃん殺されなくてよがったよぉ!」

「泣くなって、男だろ?」


 心配する仲間へ微笑みかけるラグナ。リーシェッドも仲間の所へ戻ると、皆の安否を確認する。


「シャーロットとココアはすでに回復しておるな。ブタ、お前は無事か?」

「あぁ、今回何もしてねぇからな」

「スフィア……お前いつまで寝たフリしとるんだ。さっさとあっちへ行け」

「あ、バレてたぁ?」


 狸寝入りを決め込んでいたスフィアはココアに「またね〜」と投げキッスを残すと、小ぶりな羽根をはためかせてラグナの元へ飛んだ。


「それとタルタロス。今回はすまんかったな。知らなかったとはいえ、タルタロス領の内情に手を下してしまった。身内事だ、見ていて面白い物じゃなかったろう」

「いや、お前のお陰で、色々知ることが出来た、感謝する」


 タルタロスはラグナ達を見つめ、そして目を閉じる。こんなに暖かく、情に溢れた国民をここまで追いやったのは昔の自分であると。実のところ貧民の救済制度は既に設けられていたのだが、ラグナだけは罪が重すぎてどうにも出来なかった。自身の力不足を痛感したタルタロスは、この際全てリーシェッドに任せてしまおうかと考え込む。


「して、ラグナに何をさせる」

「お、そうだそうだ」


 思い出したように振り返ると、ラグナとその仲間に向かって声を出す。


「さて諸君、約束は覚えておるか!」


 全員が顔を見合わせてリーシェッドを警戒する。反抗の意思はないにしても、これからラグナが奴隷になってしまう事に変わりはない。

 そんな仲間の不安を払うかのように、ラグナは堂々とリーシェッドの前に行き、膝を着いて頭を下げる。


「約束だ。これからはアンタの奴隷として、戦いだろうが雑用だろうが命の限り従う事を誓う」


 ラグナの潔い姿勢に、皆が同じように膝を着く。ラグナが奴隷になるのであれば、自分もそれに付き従う。彼と命を共にする覚悟があって、彼等は今まで生きてきた。

 が、等のリーシェッドは口をへの字に結んで理解に苦しんでいた。


「ホントさっきから何をしているのだお前は」

「何って……」

「さっさと頭を上げろ。そして立て馬鹿者。そんな威厳のカスもない事二度とするな」

「??」


 全くわけがわからず、とりあえず立ち上がったラグナは、リーシェッドに背中を押されながら仲間へと向き直る。

 リーシェッドがコホンコホンと慎重に声を整えると、ラグナへの命令を口にした。


「ラグナへの命令を下す! 盗賊団の首謀者ラグナ! そなたには……」


 全員が息を呑む。その神妙な空気は盗賊団どころか仲間、タルタロスまで息を呑む。空を舞う怪鳥グランドダイアーすら羽音を小さくしていた。

 そして、新しい時代が幕を開けた。


「八人目の。【震王】ラグナとしての銘を授ける!!」




 有り得な過ぎて、全員が固まる。


 そして時は動き出す。




「「「えぇええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!?!?!?!?」」」


 ラグナとタルタロスを含むその場全員からの絶叫。歓声が上がるものと思っていたリーシェッドは、耳を塞いで苦しんだ。

 辺りが騒然とする中、タルタロスは一目散にリーシェッドへ駆け寄る。


「リーシェッド! それは一人で決めるものじゃ! ない! 出来ない!」

「またまたぁ、我を魔王にしたのはミッド兄の独断だぞ? ヤツが出来て我に出来ない道理はなかろう?」

「だが! しかし!」


 それを横入りするようにラグナが身体を挟み込む。


「何考えてんだお前は! 俺を魔王だぁ!? 寝言は寝てから言いやがれ!!」

「お前もうるさいなぁ。いちいち声がデカいのだ二人とも」


 リーシェッドは三歩ほど下がると、面倒くさそうに説明する。


「言っただろう。お前達の問題を解決してやると。タルタロス領で消化しきれないほど罪を犯したお前を受け入れる国などどこにも無い。ならお前が国を作ればいいではないか」

「発想が安直なんだよ!!」

「お前、口を縛ってやろうか? 次に大声出してみろ。リザードマン族全員の口を接着剤で固めて回ってやるからな」

「…………」

「安直だと思うのは、それを行う条件が常人の範疇はんちゅうを遥かに越えるからだ。しかし、お前は常人ではない。紛れもなく王の器を持っておる。そう思っての推薦だ」

「だが俺は……」


 ラグナには数えきれない程の罪がある。それを棚に上げて魔王を名乗るなど、どれほどの怨みを買うだろう。


「安心しろ。お前より遥かに多くの命を弄んだ我が魔王として君臨しておるのだ。汚点は消せないが、隠す事は出来る。幸いお前達は誰の命も摘んではおらんし、過去の功績も大きい。立派な王になれる」

「リーシェッド……」

「とはいえ、直ぐに国を作るなど難しい。ひとまず我の領地を貸してやるから、細かい事が決まるまでそこで大人しくしていろ」


 リーシェッドは指笛を吹くと、恐ろしい速度のアンデットドラゴンが現れた。従者をラフィアに乗せて、ボルドンもタルタロスの怪鳥で撤退させる。

 ラグナは、まだ自分が魔王になった自覚など持てなかった。それでも、約束を守り、仲間を守ってくれたリーシェッドへ頭を下げる。


「リーシェッド…………ありがとう」

「頭は下げるなと言っただろう。魔王として恥ずかしいぞ?」

「あぁ、あぁそうだな!」

「また会おう」


 そして、リーシェッドはラフィアに跨る。跨ったが、まだ不機嫌なラフィアはそれを振り落として口に咥えた。

 ラフィアに咥えられたまま颯爽と空の果てに消えていくリーシェッドを見つめ、ラグナはグッと拳に力を入れる。


「魔王……か」


 やっと仲間を守れる力を手に入れた。その力をくれた一人の少女へ、もう頭を下げることなく感謝を募らせる。




 こうして七賢王の時代は終わり、新たに【八賢王】の時代が幕を開けた。

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