十六話 炎王の決意

 リーシェッドはどんな武器でも多様に使いこなすセンスを持っていた。しかし、それは逆にどの武器とも相性が特別噛み合わないという事の裏返し。ネクロマンサーでありながら杖が一番使えない彼女にとって、最も信頼のおける武器とは己の肉体。本気を出す時は決まって素手に行き着いてしまうのだ。


「がっ……ふぁあっ!」

「これで三回は死んだか?」


 リーシェッドの心臓部を突き抜けた腕を大きく払い、彼女の亡骸を地面に叩き付けるラグナ。返り血で赤くなった鋭い爪は、どのように酷使しようと欠ける素振りも見せない。

 ラグナの魔力はその量こそ異質なものであったが、基本的にはボルドンと同じく身体強化に特化している。莫大な魔力を全て強化に充てることで破格の力を物にしていた。その状態ではどんな武器も耐える事が出来ずに壊れてしまう。結果、自身の爪や尻尾を武器にするしかなかった。

 奇しくも二人は素手の使い手。それなのに、ここまで大差を付けられてしまうのは体躯と魔力相性の特性によるものだった。


「うぅ……」

「どうした不死王。寝るにはまだ陽が高いぞ?」


 リーシェッドの胸に空いた穴が闇に包まれ、煙を上げて再生する。死と再生を繰り返す事で酷い倦怠感に襲われる彼女は、気力だけでまた立ち上がった。


「何度経験しても……死ぬのは辛いな」

「ならば引け。そして二度と俺の前に立つな」

「それは、出来ない相談だ……がぁっ!」


 おぼつかない足で立ち上がった尻から蹴り飛ばされ、リーシェッドは大木にめり込む。何度目か分からない吐血を味わいながら痛みに涙を零した。


「リーシェッド様! この、トカゲ風情め!」

「邪魔だ」

「……っか、はっ!」


 横槍を入れたシャーロットの攻撃を難なく避け、首を掴んでボルドンへと投げつける。明らかに手の抜かれた迎撃だが、それだけで二人を行動不能にしてしまった。


「シャーロット……手を出すな。お前では、歯が立たん……」

「それは不死王、お前も同じだろう」

「なぁに、まだ、準備運動……っ!」

「四回目」


 リーシェッドの胸を踏み潰し、内臓の潰れる感触を忌々しげに感じるラグナ。いい加減面倒になったラグナは空を見上げ、派手な魔法戦を続けるスフィアを睨んだ。


「スフィア、まだ手こずっているのか?」

「ラグナちゃんが早いんだよ〜。この子メタメタに強いよ? なぁんにも効かないんだもん」

「……お前、スケルトンを相手にしていたのではなかったのか? 誰だそいつは」

「んん? さ〜ね。なんか途中から変身しちゃったんだよ〜」


 会話の片手間に、スフィアの火炎がココアを襲う。発動が速すぎるスフィアの魔法に対して、ずっとレジストを掛け続けていたココアの身体はいつしかリーシェッドの姿へと変わっていた。それでもなかなか攻撃に移れず、運良く反撃出来てもノータイムの治療魔術で回復されてしまう。戦いは長引く一方だった。

 どうしたものかとラグナが考え込んでいたその時、彼の足に強い力を掛かっていることに気がついた。


「……まだこんな力が残っていたのか」

「準備運動だと、言っただろう」


 自身の足を掴んで睨んでくる少女の手を振り払い、ラグナは少し遠目に飛び退いた。

 咳き込みながら立ち上がるリーシェッドは、ボヤけた視界で従者の安否を確認する。


「安心しろ。誰も殺してない」

「だろうな。半分以上が不死者だ。まぁ、不死者でなかろうと、お前は殺したりせんだろう」

「……何が言いたい」


 リーシェッドのわかったような物言いに、ラグナは眉間にしわを寄せる。


「シャーロットに手心を加えたり、ボルドンがまだ死んでいないのが良い証拠だ。……お前、殺しどころかそもそも戦闘が嫌いなのだろう」

「笑えるな。自分を何度も殺した相手を前に、なぜそう言い切れる」

「わかるさ……」


 リーシェッドは胸に手を当て、防具に空いてしまった穴から素肌をさする。


「何度殺しても、毎度飽きもせず、迷っている。優しい男だな」

「不死者の返り血が気持ち悪いだけだ」

「嘘ではない。が、真実でもないな」


 ラグナの拳が強く握られ、体内の魔力がそこへ集中していく。アジトを吹き飛ばした一撃より遥かに強い攻撃が来ると予感したリーシェッドは、それでも言葉を続けた。


「なぁ、話してくれ。お前の全てを」

「スフィア! さっさとそいつを片付けろ! 他はこの一撃で消し飛ばして……」


 不意に、ラグナの目の前に物凄い速度で何かが落下してきた。その影を追うと、地面に埋もれたままピクリとも動かないスフィアの姿があった。


「ス、スフィアっ!」


 そして、ラグナに巨大な影が落ちる。


「邪魔を、する」


 遅れて地面に落ちてきたそれは、ラグナとリーシェッドの間に地割れを生むほど重く、巨大な体躯をしていた。唸るように低い声に、溶岩石で形作られた伝説のゴーレム。


「タルタロス!!」

「ラグナ……」


 タルタロス領の一本柱。魔神を屠った七賢王が一人、炎王タルタロスの出現にラグナの表情は感情を剥き出しの怒りで溢れていた。


「リーシェッド、酷い有様だ」

「あぁ、ボロボロだ。しかしタルタロス、お前が動くなんて珍しいではないか」

「緊急事態、そうだろう、リーシェッド」

「そうでもないわ。小心者なところはいつまで経っても変わらんなお前」

「むぅ……」


 まるで人間と子犬のような体格差で対等に話し合うタルタロスとリーシェッド。

 魔王が二人、更に服は焦げ跡だらけだが対してダメージもないスフィアと張り合うほどの魔術師も健在で、そのスフィアは戦闘不能。流石のラグナであっても分が悪い。

 怒りを飲み込むように、狙いを定めて拳の魔力を全力で放つラグナ。話している内に最大火力で決着を急ぐ。


「ぬぅん!!」


 しかし、その一撃はあっさりとタルタロスに止められてしまう。

 鈍い金属音が空気を振動し、衝撃波で辺りの岩石が砕ける。森の木々までもが揺れ動く中で、ラグナの顔が歪んだ。


「不動のつち炎鐵えんてつ】だと!?」


 自分の拳を止めているそれは、かつて魔神を滅ぼした際にタルタロスが所持していた宝具。絶対的な破壊者である魔神の攻撃をも止めてしまうと言われ、今ではおとぎ話のような伝説のハンマーとして言い伝えられていた。

 そんな物まで持ち出す理由は一つ。ここでラグナとその一味を殲滅するつもりだ。彼も王として、裁かねばならない時が来た。


「やめろタルタロス! その者は……」

「よく知っている、だから、この手で止めねばならん……」


 二人の衝突を止めたいリーシェッド。しかし、身体は上手く動かずにつまずいて転んだ。ダメージを受け過ぎたせいてまだ再生が追い付かず、土を握り歯を食いしばった。


「弱者を食い物にする愚王。お前は、お前だけはこの場で死んでもらう。この命に替えても!」

「ラグナ……」


 どこか寂しそうなタルタロスは、それでも大槌を振るう。


 かつての親友であるラグナに向けて。

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