第21話 Kimonoed Garuda

 あれから一週間後の土曜日。仕事が終った私の部屋は……戦場だった。

 服からパンプスやソックス、挙げ句の果て下着までが床やベッドの上で死屍累々ししるいるいと化していた。


(本当に貴女ってセンスないわね。今まで一度も殿方の為にお洒落したことはないの? 宴の時みたいに同じ女に対しての”武装”とはわけが違うのよ。そもそもリア充なんて呼んでいる淑女に対して

められないように』

だの

『こっちは気合い入れてる』

ってれ言は、しょせん殿方に相手にされない女のひがみだってことが、その年になってまだわからないの!?)


 頭と体と魂にグサグサ突き刺さるお嬢様の叱責を内側から浴びながら、姿見の前でファッションモデルならぬ、お嬢様が遊ぶ着せ替え人形のように、服や下着を着たり履いたり脱いだり放り投げている私。


(すべての基本はまず下着よ。下着一枚で歩き方から立ち振る舞いが表に出るのよ。ちょっと前までは貴女のたるんだお腹をコルセットで締め上げたかったけど、マダム達がむち打ってくれたおかげで、なんとかそれは免れたわね)

 おおっ! 馬車馬のように働いた甲斐があった! ヒヒヒーン!


(でもちょっと飲み物を飲んだり何か食べたりしたらあっという間にお腹がたるむわよ。本当なら下剤を飲ませたいんだけど、帰ってくるまでおへその下に力を入れたままにしなさい!)

 作法の先生やフィットネスクラブのインストラクターさんより厳しいことをおっしゃる。ご無体なぁ。


”なんで今日に限ってこんなに手厳しいのよ! 先週のメイド喫茶の時はなにも言わなかったくせに!”

(そもそもメイドというのは、淑女の朝の着替えからお風呂まで世話する者達よ。下着や全裸まで見られても気にしないわ。そんな乳臭いメイド共に対してなんで”私が”お洒落しないといけないのよ)


 ……ヲイ、この体は誰のものだ。


 結局のところ、以前の会社で寿退社した先輩の結婚式に着ていった、ワインレッドのパーティードレスに落ち着いた。

(仕方ないわね。これで妥協してあげるわ)

 訂正、これしかなかった……。


 若干シースルーで、背中は全開じゃなく涙目カットだ。着脱可能なリボンは、背中じゃなくお腹へ……。

 ……よかった。”万が一”を考えて昨日の夜、脇の手入れをしておいて。


(そうなりたいのなら、せいぜいがんばりなさい)

”ウガァ~!”


(あら、素敵な咆吼ほうこうね。この世界の淑女は”肉食”って聞いたけど、貴女がそうだなんて初めて知ったわ。だったら唇のお手入れも忘れずに)

”ちゃんとルージュ塗ったわよ”


(あら、殿方の『アレ』は案外デリケートなのよ。唇がささくれていたら『やさしくもてあそんでも』傷ついちゃうし、『激しくくわえ込んだりしたら』、血が出ちゃうわよ)


 エロエロお嬢様の戯れ言なぞ無視無視! 

(なにを想像しているの? 殿方の唇と舌のことなのにね。フフフ……)


 ウグッ! おっといけない、遅刻しちゃう!

(殿方を待たせてこそ淑女というものよ。その分お洒落に時間を掛けるからむしろ喜んでくれるわ。時間どおりに、ましてや早く来る女なんて、娼婦より安く見られるわよ)


 お嬢様がなんと言おうが、私はちょっと小走りで観音様へと向かう。

 そういえば織音さん、先週はカジュアルな格好で鳩に追いかけられていたけど、今日はどんな姿なんだろう?


 さすがに執事喫茶へタキシードや燕尾服は、それこそ道場破りや殴り込みにいくようなものだから着てこないと思うけど……。


 あれ? ちょっとドキドキする。


 仁王門の前で待ち合わせ……すぐにわかった。

 参拝に着た女性達がちらちら見ている、うぐいす色の着物と羽織はおりまとってたたずんでいる男性。織音さんだ。


「すいません織音さん。遅れちゃって」

「だいじょうぶです。あ、青田さんのそのドレス、素敵ですね」

「あ、ありがとうございます」


 そういえば、先週はなにも言われなかったな……。


「織音さんの着物姿もなんか新鮮でかっこいいです。着物、持っていたんですか?」

「いえ、さすがに執事喫茶にタキシードはまずいと思いまして、先輩方に相談したら乾さんが

『だったらこれを着ていくがいい』

と貸してくれたんです。本当は乾さんみたいながっちりした体系の方が似合うんですけど」


「そうなんですか、あの、ひょっとして……」

「ああ、だいじょうぶですよ。青田さんのことはなにも話していません。ウンベルトコイツがどうしても行きたいってことで話をしましたから」

 男性陣って、ウンベルトさんのことを信じているのかな?


 カランコロンと織音さんの下駄の音が商店街に響いている。

 買い物に精一杯で気がつかなかったけど、通行人の中にも着物姿の若い男性が見受けられる。呉服屋さんが多いし、演芸場もあるからかな。


「ところで、どちらのお店に行かれるんですか?」

「まず『Dragon's Tail(ドラゴンズテイル)』ですね」


「え? あそこって予約しないと入れないのでは?」

「運良くこの時間が空いていました。青田さん、知っているのですか?」


「あ、お嬢様マルゲリータがあんなことを言ったから、私も色々と調べたんです。本店は首都の方にあって、あっちは一ヶ月待ちだとか。そういえば初めてだと会員証を作る為に身分証がいるんですよね」


「ええ、それを知ってウンベルトコイツが鼻息荒くして

『どうれぇ~。この国一番の執事喫茶とやらを見せてもらおうかぁ~』

と変な気合いを入れちゃって……はぁ』

 用心棒かな?


「だいじょうぶですか? 店内で暴れたりするとか」

「もしそうなったら……マルゲリータさんに止めてもらいましょう」

 むしろウンベルトさんをあおってめちゃくちゃにするんじゃ……。

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