第19話 Un! Deux! Trois!

「は、はぁ……」

 我ながら色香いろかのいの字もない返事だ。

『あ、いやその、デートというか、付き合ってくれればと思いまして』

 『付き合って』には二つの意味があるけど、私は少女漫画に登場する、物事をすべてポジティブにとらえる女ではない。むしろ逆なんだなこれが。


「わかりました。それでどちらへ行かれるのですか?」

 あ~今の私、完全に事務口調だ。

『そ、そうですね。ちょっと、この中須商店街をぶらぶらと……』


「はぁ……」

 むしろ喫茶店の買い物で、ぶらぶらどころか”ドスドス!”と地を踏みならしているんだけど、せっかくのお誘いだし、もしかしたら私が疲れているのを織音さんが心配して気を使ってくれるのかな?


『……え~い! もうぶっちゃけます! 僕と一緒に冥土喫茶に生きましょう!』


 疲れすぎて私の脳内変換がショートしたのか、金剛先生の変換をコピーしたのか、ものすごい矛盾な言葉が産まれてしまった。

「……」

『だ、だめでしょうか?』


「い、いえ、だいじょうぶです。むしろお誘いいただいてありがとうございます」

『いえ、こちらこそ無理に誘ってしまって……あ、ありがとうございます! それで日時ですが……』

 電話が切れると”ふぅっ!”とため息が漏れる。


 まさか……ね。


 ノートパソコンの画面には、中須のメイド喫茶から執事喫茶の一覧が映っている。


(よかったわね。デートにかこつけて”偵察”できて……)

”むしろ私は女スパイの存在を疑うわね。貴女とウンベルトさん、実は通じ合っているんじゃないの?”

(さぁ、それはどうかしらね。フフフ……)


 ほんの数分の電話だったけど、なんかどっと疲れた。

 再びベッドに横になる。

 『デート』、『付き合う』、『お誘い』……。ラブコメから大罪の書まで当たり前のように描かれている言葉と描写。

 それを電話越しとはいえ、生で、しかも自分に向けられてしまった。


 この三つの言葉によって久しぶりに私の魂は血が通い、やがて脈動し、激しく沸騰すると、瞬時に淫靡いんびな情欲に取り憑かれた。


 欲しい。


 主語が……思い浮かばない。

 どこにあるの? と視線がさまよう。腕が、指が宙を舞う。

 本棚にあるのは禁忌な大罪の書。……違う。

 ノートパソコンには、ネットの海をさまよう無数の卑猥なモノ。……これも違う。


 最後のよりどころとばかりに、鉛と化した腕をフリースの上に落とす。

 なにかを、誰かを探し求めるように、私の指は歩きはじめた。

 時には優しく歩き、時には円にさまよい、時には強く踏みしめ、時には垂直に持ち上げ押しつぶす。

 血と肉とぬくもりというリアルが、指先から魂へと伝わる。


 ……これもちがう。


 でも、淫猥いんわいな儀式は、堕ち始めると、もう、止まれない。

 例え、誰かに見られても。むしろ見られたい。

 

 誰に?


 虚空に問いかけるが、応えるモノはどこにもいない。お嬢様でさえも。


 再び思い浮かぶ、電話越しの殿方の声。それが暖炉にくべるまきとなって、私の体をいっそう燃え上がらせる。


 違う! 私の魂は否定する。


 なぜ? 私の体が応えた。逆に問いかけた。貴女の体、私の魂が欲しいのはまさにそれだと。


 魂に反逆した私の体は、”彼”に刻み込まれた感覚を思い出させる。

 アレは引っ越しの時。

 小さいながらも彼は冷蔵庫を軽々と持ち上げた。洗濯機も、ほかの荷物も。

 私の鼻は、彼から漂う汗と、鼻孔びこうを突き刺すような雄の芳香ほうこうよみがえらせた。


『この”力”を生かして引っ越しのバイトもやってみたんですが、力が続かなくてすぐ挫折しました。ハハハハ!』

 私の耳は、彼の優しいさえずりを聴かせてくれた。

 私の目は、彼の甘い笑顔を思い出させてくれた。


『危ない!』

 私の皮膚は、階段で倒れそうになる私の体を支えてくれた、彼の力強い圧と熱い熱気を感じさせてくれた。


 ……まだ、足りない。もっと、彼を味わいたい。


 私の指は”それ”を欲しがる二つの部位に向かって歩みはじめた。


"un"……"deux"……"trois"


 横と縦に開かれた楕円をなぞるように、私の指は一人でワルツを踊る。

 極致感クライマックスを欲する私の指は”彼そのもの”となり、二つの楕円をかき分け、押し広げ、奥まで貫いた!


”!!”


 ”彼”によって上下に貫かれる私の体。悦楽の波が痙攣けいれんとなって私の体を満たしていく……。

 魂が、意識が私の体から離脱するような錯覚……。


”!?”


 指が、腕が……止まらない!


 ”彼”ではなく、”もう一人の彼”を欲するかのように、私の指は二つの楕円をより荒々しくかき回す!

 透明な液体が指を染め、二つの肉の音がステレオとなって天井に向けて発せられていた。


『……今宵このひととき、我が永遠のほまれとなりましょう』


 ”もう一人の私”が思い出す、”もう一人の彼”の声!

 体をかきむしり、ベッドの上をのたうち回る狂乱の宴が繰り広げられていた。


”――――ぁ!!”


 押し潰されるレモンのように私の体はひしゃげ、恍惚の汁が二つの楕円から絞り出された。

 やがて、ゆっくりと私の体に私の魂が染まっていく。


”ぁ!”


 ”彼女の宴”の余韻は、私にカーテンコールの拍手を浴びせてくれた。

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