第16話 Behind a Variety Theater

「ご、ごめんなさい。大声を出して。あと、金剛……先生と白銀先生のお手伝いするべきところを、わ、私があんなことを命令してしまって……」


 おどおどする私を落ち着かせるように、白鳥さんが優しく話してくれた。

「かまいませんよ。どのみち、ブースの設営が終われば我らは宣伝の為、ぶらぶらするつもりでしたから」

「宣伝? 先生の作品をですか?」

 今さらその必要があるのかな?


「いえいえ、せっかくですので、我らのお店のね」

 微笑みながら、”どこからともなく”チラシの束を取り出してきた!

 まるで、羽根の中に隠していたように。

 もういい、なにがあって驚かない。


「あ、でもそれって、禁止事項なんじゃ?」

「……はい、一応係員に確認したところ、


『禁止事項に書いてありますので、ご遠慮下さい』


と、”殺意を忍ばせた笑顔”で、優しくさとされました。ハァ~! ハァ~!」


 上気した顔で息を荒くした白鳥さんを、目黒さんが指さしながら

「コイツそれに味を占めて、コスプレエリアどころか会場にいる女係員全員に確認したんだぜ!」

 だいじょうぶかな。SNSで炎上していなければいいけど。 


 乾さんが眼をとじたまま

「ならばと、織音の陣中見舞いがてら、売り子の手伝いでもしようとしたところ、あのようなことになった次第だ」


 隼さんが窓の外を眺めながら

「……とりあえずこれで”織音の件”は片付いた。それでいい」

 織音の……件?


『みんなね~。うちらが”拾った”ひよっこなんだぎゃ』

 白銀先生のお言葉を思い出す。もしかして皆さん……。いやいや、今日会ったばかりの私がそれを詮索するのは失礼だ。話題を変えよう!


「そういえば織音さん。なんで『カルラ』って呼ばれているんですか?」

「マダムが付けてくれたんです。あだ名というか、『源氏名げんじな』とマダムはおっしゃっていました。元々は『迦楼羅かるら』という、インドの神話を元とする仏教の守護神である鳥の名前みたいですね」


 織音さん、源氏名の意味を知っているのかな? いやいや、先生達は純粋に名付けてくれたんだ。むしろ私がけがれているんじゃ!?


「もしかして皆さんも?」

「はい、白鳥さんは『スワン』、目黒さんは『クロウ』、乾さんは『ホーク』、隼さんは『ファルコン』ですね。

 すると隼さんがこちらを見ずに

「俺はハヤブサでいい。いちいち英語やフランス語にする必要はないからな」

「は、はい! わかりました」

 皆さん、鳥の名前なんだ。やっぱりそれは”ひよっこ”になぞらえているのかな?

 でも机を”飛び”超えたあれは……。


「あとは……」

 織音さんはバックミラーをチラ見すると白鳥さんが

「かまいませんよ。その方はもう我々の仲間ですからね」

 さっきまでの上気した顔が嘘みたいに、淡々と話していた。


「あ、はい! 実は、僕は本名ですけど、マダムが


『名前を変えれば、”心も変わる”』


と、皆さんは偽名なんです。いや、それだとなんか怪しいですね。仮の名前を付けてくれたんです」


「はぁ……つまり、普段はその仮の名前で呼んで、お仕事中は源氏名で呼び合っているんですか?」

「そうです。つたない説明ですけど、理解してくれて助かりました」

 いまいちピンと来ないけど。


(名は人をあらわすドレスであり、魂を写す鏡でもあるのよ。仕立屋で新しいドレスを着て、大きい姿見で自分を写すと、いつもと違った自分をさらけ出せるでしょう?)

”そういうものなのかな?”

(ドレスよりも大罪の書に夢中な貴女には、確かにピンと来ないわよね。フフフ……)


 ゆりかごのような優しい織音さんの運転に、いつしか私は眠ってしまった。

「着きましたよ」

 織音さんの声に目が覚める。月極駐車場らしき場所だ。

 辺りはすっかり薄暗くなっている。

「あれ? みなさんは?」

 後ろには誰もいない。


「段ボールをコミュニティーセンターへ持って行きました。業者に売ると、幾ばくかの町内費になりますので」

 主婦のようなことを知っているんだな。いや、私がずぼらなだけか。


 てか寝顔を見られた! もしかして見つめられていたとか!

 車を降り、足下の段ボール箱を持って行こうとすると、重い!

「僕が持ちますよ」

 織音さんはすでに二つの段ボールを抱えている。だいじょうぶかな?

 軽々と三つの段ボールを抱え上げる。意外と力持ちなのかな?


 あ、ひょっとして私を持ち上げた、魔法。


 遠くから商店街の喧噪が聞こえてくる。土曜日だから夕方になってもまだ人の波は途絶えていない。

 織音さんのあとをついていく。あくびをかみ殺しながら。

 いかんいかん! わきが甘すぎるぞ! 今日会ったばかりの男の人の車に乗って、しかも寝ちゃうなんて!


(あら、むしろ脇より股が緩いんじゃなくって? こういう車の荷室って、女性の手足を押さえつけて陵辱する、”淫欲の儀式”の舞台になるそうね。よかったわね、にえにならなくて)

”あら、そんなに私の体を買ってくださるの? 私もなかなか捨てたモンじゃないわね。それとも、貴女がそれを望んでいるのかしら?”


 だんだんお嬢様のあしらい方がわかってきた。イヤミならイヤミ、皮肉なら皮肉だ!


(安心しなさい。私が操らない限り、あの男達はゲテモノの貴女には手を出さないでしょうね。フフフ……)

”んなぁ!”

 くっ! さすが悠久の時を超えたお嬢様だけのことはある。ここは戦術的撤退だ!


 向かっている場所は、観音様のそばの演芸場……の裏辺り。

 いきなり目に飛び込んできたのは、二階、三階かな? はある、焦げ茶色の洋館!

 一階は普通にある街の喫茶店。二階には窓がいくつかあって、三階はロフト、屋根裏部屋かな? 出窓も見える。


「こっちです。あ、鍵はそのままでいいです。皆さんがあとから来ますので」

 裏口から中へ入ると、階段がある。

「店内は土足でいいですけど、階段から上は靴を脱いで下さい」

 黒に近い焦げ茶の階段に脚をかける。”ギシギシ”と静かな建物内を情事のベッドのような音が響いている。


「一階は喫茶店兼バーと、先生の住居兼仕事場ですね。締め切り間際は喫茶店のお客様まで総動員して、消しゴムかけやベタ塗りをしていました」

 なんかものすごい言葉を聞いたけど、こういうのは聞き流した方がいいんだよね?


「二階はいわば昔ながらのアパートですね。僕と白鳥さんと目黒さんが住んでいます」

 外から見える窓は、廊下の窓だったのか。いくつもの部屋のドアが見える。

 もしかしたら白鳥さん、織音さんに夜這いをかけているんじゃ……。

 イカンイカン! リアルの男性で不埒なことを考えるのは、腐女子の風上にもおけない!


(あらあら、目の前に”おかず”が歩いているのに、その強がりがいつまで続くかしらね。フフフ……)

 無視!

「乾さんと、隼さんは?」

「ご自宅から通っているみたいです。僕が一番新人ですので、あまり詮索するのもアレですので……」


 三階は屋根裏部屋なのか天井が低い。そのうちの一つを空け、電気を付けると……。

「こ! これ全部! 同人誌ですか!」

 壁を取っ払った大部屋は、まるで図書館や漫画喫茶みたいに本棚が並べられていた。

 そこを埋め尽くすのは同人誌! 年代物もあるのか、端っこが茶色くなっているモノもある!

 すごい! それこそ《コミック天国》や《千尋の谷》の人が見たら狂喜乱舞するだろう。むしろ女性向けだから《金星書房》の人かな?


「あれ? この一角は普通の単行本ですね」

「この棚は、先生が昔書いていらっしゃった本です。今はさすがにお年ですので、商業の〆切りはできないとおっしゃっていました」


「あの~だいじょうぶですか? もし床が抜けたら?」

「一応補強はしているみたいです。僕の部屋の壁や柱も補強の跡が見えますし。それでも絶対じゃないですけどね。よく白鳥さんや目黒さんと冗談で


『女性向け同人誌に埋もれて死ぬのは、世界中で俺たちだけだな』


と笑い話にしています。ハッハッハ!」

「はぁ……」


(あら、むしろ貴女向けの死に方ではなくって?)

”ご冗談を。一読もしていない同人誌に埋もれて死ぬのは、腐女子の名折れですからね! そんなことより! 休憩時間にはぜひ拝読したいなぁ~”


(あら、珍しく意見が一致しましたわね。フフフ……)

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