第11話 Méchante Mademoiselle

 この状況……はたから見れば……どう見られているんだろう?

 不埒ふらちなことをして護送される痛い女?

 それこそ、お嬢様を護るSP?


 いやいやいや! もっとピッタリの言葉があった!

 それは! 『ヲタサークルの姫』!!


 でも、中身はどうかわからないけど、織音さんを始め皆さんは、背格好から物腰までいわゆる男性ヲタクみたいな雰囲気じゃないし、何より先頭を歩く隼さんには、乙女や淑女からの熱い視線と吐息の花びらが降りかかっているし……。


 おっと、思わず文学的表現を使ってしまった。

 そうだ! もっともっと、ピッタリの言葉があった!


 そう! 今の私は、乙女ゲームの主人公! その名もマルゲリータ!


(あら、主人公だなんて、悪くはないわね。でも、この国風に呼ぶならヒロインの方がよろしんじゃなくって?)


”でたな。マルゲリータ嬢。どうせならフランス語っぽく、『エロインhéroïne』って呼んであげましょうか? このエロエロお嬢様!”


(それも悪くないわね。もっともその呼び名は、彼に後ろから抱きしめられてさかっている貴女にこそふさわしいわよ)


『だぁ~れがさかっているですってぇ~!』


「青田さん?」

 織音さんが怪訝けげんな顔をこちらに向けてきたけど、すぐさま

「……ああ、そういうわけですか。僕もコイツに向かってつい怒鳴ってしまったことが何度もありましたからね。そのたびに、周りから白い眼で見られましたから……」

 あ、あの、織音さん。理解してくれるのはよろしいんですけど、なぐさめようとして痛い女を見るような生暖かい眼で見つめられると、逆に胃が痛くなるんですけど……。


 ブースに近づくと、雌豹たちの唇と言う名のつぼみが、一斉に花開いた。

 仕方ないわね。大罪の書ボーイズ・ラブの登場人物が三次元になって、目の前を闊歩かっぽしているんですから……。


 先に織音さんが机の下をくぐって声をかける。

「青田さん、先輩達もどうぞ」


 そこへ隼さんが

「ん? 織音。俺たちも中に入っていいのか? 部外者だぞ?」

「ああ、かまいません。周りの人の邪魔にならなければ。机の下からくぐって……」


「……めんどくさい」

”ッ!”

 隼さんは小さく靴底を鳴らすと……んだ!?


 ズボンのポッケに手を入れたまま、膝も曲げず、足首を伸ばしただけで、高さ数十センチの折りたたみのオフィステーブルを……飛び越えたぁ?

 まるで鳥が飛び立つ時の足の蹴り……ハヤブサ!

 そして音も立てずつま先からゆっくりと着地……。


 これって、私がさっき織音さんに手を差し伸べられた時みたい!

 まさか! ……『魔法』!?


「失礼」

”ッ!”

 白鳥さんも!


「あらよっと」

”ッ!”

 目黒さんも、頭の後ろに手を組んだまま!


「……」

”ッ!” 

 乾さんは! 目をつむったままぁ~!


 ってぇええええ! あとの三人も同じように! ……翔んだ。

 次々とブースの内側に、音もらめきもたてず着地する四人。


 皆さんまさに鳥! ……隼さんはハヤブサ、白鳥さんは白鳥はくちょう!?

 じゃあ、目黒さんと乾さんは……なんだろう?

 それに白鳥さんが織音さんに向かって《カルラ》って呼んでいたけど?


 でも、今の私は別の意味で……四人に対して眼を見開いて、睨みつけている。

 それをここで口に出すか、それとも、気にもせず大人の女の対応でやり過ごすのか……躊躇ちゅうちょする私がいる。


 織音さんが「このブースに男五人は……やっぱり狭いですね」

 白鳥さんが「やはりこうなってしまいましたか。仕方ありません。私はカルラの横へ」

 目黒さんが「はっはっは! これじゃあまるで押しくらまんじゅうだな」

 隼さんが「おまえ達、くっつくのはいいが、周りの女共に”燃料”とやらを与えることになるぞ」

 乾さんが「隼。そもそも我らが織音の後をついていったり、ましてやここへ入る必要はなかったのではないか?」


 うん、乾さん、ナイスツッコミ。

 でも隼さんはなんかニヤけたような……あれは、獲物を狙う猛禽もうきんまなこで私を突き刺した。


『なぁに、ただのたわむれだ。血眼ちまなこになって気色悪い男色だんしょくの本を買いあさっているこの残念な女が、本当に織音が探し求めている《マルゲリータ》お嬢様なのか……な!』


『!』 


「は、隼さん、し、失礼ですよ。青田さんに向かって、そ、それに他の方々にも」

 織音さんがたしなめてくれているが……ぶっちゃけ……今の私はどう呼ばれようともかまわない。


 大罪の書をあさることしか目的のない、なにもない今の自分に今更、侮蔑ぶべつの言葉やらふしだらな色欲のレッテルなど、どうってことない。


 でも……でも……。


 ”男のくせに!”淑女の花園を侮辱したり、さらに土足で踏みにじる権利はない!

 あの四人は、作者様が丹精込めて咲かせた大罪の書という華を、いろとりどりに咲き乱れるブースという花壇を、土足で飛び越えた!!


(あらめずらしい、貴女がこんなに憤慨ふんがいなさるなんて。よほどその大罪の書に命をかけているのね)


”マルゲリータさん……。大切なモノを踏みにじられるこの気持ち……。女の貴女ならわかるでしょ? だったら私に……


『《力》を貸しなさい』!!”


(マルゲリータでよろしいわよ。……いいわ。身の程知らずの馬鹿な男共を、存分に


『叩きつぶしてあげなさい!』)  


 織音さんが声をかけてきた。 

「青田……さん?」


 ごめんなさい織音さん。

 悪いのは私。

 馬鹿なのは私。

 大人になれない私。


 これまでの人生で、へらへら愛想笑いで何事もなく過ごしてこれたのは、すべてこの大罪の書のおかげ。

 ……は、いいすぎか。そもそも子供の頃は恋を夢見るドノーマルな少女だったから。


 どうしてこうなったんだろう……。


 い、いや、気を取り直して! それを踏みにじられても何事もなくやり過ごそうモノなら、もう私が私、いえ、ここに参加しているすべての乙女や淑女達に合わせる顔がない。


 だから私はここにいる乙女や淑女達の為に……あえて一人でヘイトを、ごうを、カルマを背負うわ。

 そう!


『悪役令嬢とやらになってやるわ!!』

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