第3話 Delicious Dinner

 ダイニングへは玄関側から入るつもりが、予定外の”もよおし”により、横の扉から入室することになった。


 天井からつり下げられたシャンデリアには、水銀灯よりも明るい蝋燭ろうそくが何十本と備え付けられており、尽きることない光をよって、部屋を昼間のように照らしていた。

 長細いテーブルには、真っ白なシーツが、その上には、極彩色の花に彩られた花瓶が一つ。


 上座がわの壁には、燃えさかる暖炉。

 その上には、テーマと価値がわからない絵画と、襟巻えりまきのようなたてがみと三本の角を生やした、”地球の歴史上、存在しない”動物の頭の剥製。

 部屋の所々には、甲冑や壺などの調度品が一分の隙もなく配置されている。


 もちろんこれらは”人類の歴史上存在しない”物体。


 その証拠に、彼らは光り輝いている。反射じゃない。自ら発光している。

 蛍やコケの光じゃない。一つ一つが、世界の元素や構成を変化させる、力の輝き。

 でも驚かない、気にしない。

 それどころか、どこか懐かしさがこみ上げてくる。


 だって私は、彼らの”生みの親”なのだから。


 いつもの席。お父様が座る上座から見て右側の席に私は向かうと、彼は静かに椅子を引き、腰を下ろす寸前で椅子を戻す。

 寸分の狂いもない、阿吽あうんの呼吸。  


 私の前には、何個ものナイフやフォーク、そしてスプーン。

 外側から順番に使えばいいのだ。そう、いつも通りのディナーなんだから。


(何を気負っているの?)


 ”誰かが”囁いた。

 マルゲリータである、この私に。 


(”あの方”の前で、恥をさらすのが怖いの?)


 怖い? 何が? あの方って誰?

 私はマルゲリータよ。公爵閣下のご令嬢をひっぱたいた! あのマルゲリータよ!!

 椅子に座ってからの、ほんの一瞬のやりとり。

 私は軽く息を吸い、ゆっくりと吐き出した後、アイツに尋ねる。


「お父様は?」

「旦那様は『女王陛下の財務省』において、グラッドストーン子爵様との会合です」


「お母様は?」

「奥様はイヴリーヌ宮殿での夜会にお出かけです。お二方もお帰りは遅くなるとうかがっております」


「そう……。毎日毎日会合だ夜会だ、と、よく飽きないものね」

「他人事のようにおっしゃらないで下さいませ。学園を卒業のあかつきには、社交界においての『お披露目デビュタント』も控えております。お二方ともお嬢様のことを想って……」


「”根回し”しているんでしょ? 娘をいかに社交界で”高く売るか!” エレナお姉様のように!」

「お嬢様……」


「……もういいわ。ディナーの準備をお願い」

「かしこまりました。メニューを一通りご注文されましたので、本日はコース仕立てとなっております。心ゆくまでご堪能下さいませ」

 私の背中に向けて恭しく礼を捧げると、音も立てず部屋から出て行った。


「ふぅ~」

 一人になり、こみあがった怒気をゆっくりと吐き出した。

 学園では学友が、まだ見ぬ社交会やお披露目、着ていくドレスやアクセサリーの話題で花開いているのに、私は全く乗り気にならない。


 しょせん、社交界なんて家畜のオークション。

 家と権力の存続と繁栄の為、互いの子弟を引き合わせて発情させる、そんな薄汚い場所。


 まさに、エレナお姉様がそうだった。

 女の幸せというお題目の下、伯爵家のさえない男の元へ嫁いでいったエレナお姉様。

 歌劇のような燃えさかる恋愛も、戯曲のような永遠の愛情もなく、社交界で引き合わされてから、とんとん拍子に話が進んでいった。


 色と形だけが華やかな結婚式。みんなが笑顔だった。

 二つの安心と二つの演技、そして、一つの薄汚い劣情によって……。


 伯爵側はどうにか体裁を整えられた安心。

 我が一族からは、家の存続が約束された安心。

 私は、学園の演劇会以上の演技を、完璧にやり遂げた。

 おそらくエレナお姉様は、幸せな花嫁という演技をしたと思っている。


 そして、視界に収めるのも汚らわしい、発情した豚みたいな顔をした花婿。

 横に花嫁であるエレナお姉様がいらっしゃるのに、劣情色に彩られた顔を私に向けた義理の兄。


 結婚しても、男の子を産んでも、女の子を産んでも、会う度にお姉様の顔からは笑顔が消えていった。

 庭園中のお花が一斉に咲いても、それ以上に美しかったエレナお姉様が、今や牛や豚のように、夫との繁殖行為を強いられ、伯爵家の権力維持の為に子を産まされている。


 もしかしたら今、この時も……。


 ふと蘇った記憶。

 天蓋てんがいからのカーテンから透けて見える両親。

 幼き頃に眼にした、裸体で抱き合う両親。

 互いの体の一部に、口を近づけ舌を伸ばす両親。

 それが、エレナお姉様とあの男に上書きされる。

 アレと同じ事を、もっとひどいことを、愛情もなくお姉様は……。


”!”

 こみ上げてくる吐き気。喉を燃やす胃液が口の中に広がる。


(そういえば、今日は朝から牛乳と車内での水以外、なにも食べていませんでしたね)


 吐き気ともに”誰かが”こみ上がってくる。

 私はコップを手に取ると、”ソイツ”を流し込むように水を飲んだ。 


「失礼します。オードブルをお持ち致しました」

 クロッシュが取り除かれた真っ白なお皿の上には、三種類の具がのせられた。半月状にスライスされた三つのパン。


「アゲハ麦パンのカナッペです。上に乗っているのは、クワガタザメの魚卵キャビア、セロリ牛のロースト、ブルーブラッド青い血チーズとなっております」


 端から見るとめちゃくちゃな名前だ。我ながらそう思う。

 よくもまぁ、こんな名前を考えたものだ。

 まさか味も、”再現”したんじゃ……?

 とりあえず一番無難な、セロリ牛のローストが乗ったカナッペを手に取り、恐る恐る口に運ぶ。


「……美味しい」

「ありがとうございます。お口にあって何よりです」

 温もりがこもった声で、彼はお礼を言う。


 え? 待って、なにこれ? なにも食べていないとはいえ……”はじめて口にする味”。

 まさか……本当に、”メニュー通りの料理”なの?


(何を驚いているの? 毎日のように食べてきたのに)


 ”誰か”の声なんて気にしない。

 はやる気持ちを抑えながら、私は優雅に、残りの二つのカナッペを堪能した。

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