第25話 教師
イズモCE学院は近代的なビルだったが、入り口には何故か小さな稲荷神社があった。お供えのお菓子が石畳に積んであったが、でっかいモルモットもといマーモルモが、勝手に菓子にむらがってモグモグやっている。良いのかそれで。
受付、兼、警備員らしき男性が、俺とハルと葉月に声を掛ける。
「あ、特別朝礼をするそうだから、生徒の皆さんは二階の大ホールに行って下さい」
俺は生徒じゃないんだが……。
葉月は「分かりました」と答えている。
「行きましょう、ユウさん」
「先に職員室に行かないか?」
「大丈夫です。
案内人にそう言われちゃ、こっちは勝手にできない。
居心地の悪さを感じながら大ホールに移動する。
多数の生徒や教師が、椅子に腰かけて朝礼が始まるのを待っている。
壁際に立って様子を見守っていると、舞台に女性が上がってきた。
「あいつ……?!」
彼女は、初対面はくノ一だった
今日は忍者服ではなく濃い灰色のスーツを着ている。
「イズモCE学院、校長の
校長なのかよ。
「先日の、クラウドタワーが
俺は助けられなかった人々の姿を思い浮かべながら、軽く目を閉じた。
他の生徒や教師も神妙な顔をしている。
長いようで短い黙祷が済み、スピーチが再開された。
希は教師にも殉職者がいることを告げ、彼らの担当科目について、代理の者が見つかるまで休講にすることを説明した。
「……それでは、今日から非常勤で保健室に入っていただく神崎先生を紹介します。神崎先生、よろしくお願いします」
いきなり壇上で挨拶とか、聞いてないぞおい。
「神崎先生?」
笑顔の希が「大人なら臨機応変に対応しなさいよ」と言外に圧力を掛けてくる。今朝のうちに逃げておけば良かった……。
俺は諦めて、生徒たちの注目を浴びながら壇上を目指した。
「……若っ。学校を卒業したばかりの人かな……」
ひそひそ話が聞こえてくる。
自分の童顔が恨めしい。
しかし保健室の先生ということは授業をしなくていいし、保健室にこもってれば良い訳だから、人前に出るのはこれが最後なのかもしれない。
「神崎優です」
壇上に立つと、興味津々の生徒や同僚の教師の視線が俺に集中した。
スーツの上着を羽織ってきて正解だったな。
それにしてもこいつら、たかが保健室の先生に、なんでそんな熱視線を送るんだ。
「イズモには最近越してきました。ここには夏見司令の紹介で来ています。イズモの観光名所とか知らないんで、機会があったら教えてくれ。よろしくお願いします」
「……!」
どういう風に自己紹介していいか迷って、事実だけを当たり障りなく話した。
普通の挨拶のつもりなのに「おお……!」と生徒たちから謎のため息が上がった。挑戦的な視線をぶつけてくるものが多数いる。どうしてだろう。
俺は困惑しながら舞台から降りた。
その後は希が引き取って朝礼を続ける。
生徒たちの反応の理由が分かったのは、朝礼の後だった。
「神崎さーん!」
朝礼が終わって生徒たちが解散していく中で、手を振って学生服のみつるが走り寄ってくる。ここの生徒だったのか。
みつるは短めの三つ編みの髪に眼鏡を掛けた、おとなしめの雰囲気をした少女だ。口元に悪戯っぽい笑みを浮かべ、俺に話しかけてくる。
「保健室の先生とは、大変ですね」
「は? 大変?」
保健室で座ってるだけの仕事じゃないのか。
俺が首をかしげると、みつるはチッチと指を振った。
「良く分かってないみたいですね、神崎さん。私が説明してあげましょう!」
「頼む」
「悪魔と対抗するための超能力、ESPは、Uファクターと呼ばれる薬を注射することで覚醒します。その薬の管理をしているのが保健室なのです」
「何だと……?!」
厄介ごとの気配がプンプンした。
俺の予感を裏付けるように、みつるは続ける。
「つまり、保健室の先生の覚えが良ければESPに目覚めてエリートの仲間入り! という訳ですね。実戦でも使えると判定されてCEST勤務になれば、学生の身分なのに給与がもらえて好きな時に休みが取れます。この私のように」
「おお……」
「ずばり予告します! 新入り保健室の先生争奪戦が始まるでしょう!」
「何てこった……」
俺は頭を抱えた。
罠だ。罠にはまってしまった。
「……神崎先生」
先生なんて言われた事が無いので、一瞬、自分の事だと分からなかった。振り返ると、白髪混じりの初老の男性が俺を見て微笑んでいる。知性を感じさせる目元と落ち着いた雰囲気は、まるで大学教授のようだった。
「私は保健室の主こと、養護教諭の斎藤です。業務の説明をしますので、一緒に保健室に行きましょう」
「はあ……よろしくお願いします」
俺はみつるに手を振ると、斎藤の横に並んだ。
葉月はハルを連れて、みつると一緒に別の場所へ歩き出している。ハル、頼むから面倒ごとを起こさないでくれよ。少し心配になったが、葉月はしっかりしていそうだし、と無理やり自分を納得させた。
「第一次EVEL対抗部隊の英雄と仕事ができるとは光栄です」
歩きながら斎藤はさらりと俺の経歴に触れた。
「英雄だなんて大袈裟な」
「大袈裟じゃありませんよ。侵攻が始まって以来、約千体もの
尻が痒くなりそうな賛辞を、俺はたまらず遮った。
「そのくらいで勘弁してください!」
「ははは、神崎先生は奥ゆかしいですなあ」
斎藤は飄々と笑う。
いつの間にか保健室の前に辿り着いていた。
扉を開けて中に入ると、いきなり一人の女子生徒が出てきて、俺に向かってぶつかった。
「きゃああっ、すいませーん!」
俺は咄嗟に女子生徒の体当たりを両手でブロックする。
何だかわざとらしいな。
そう思って斎藤を見ると、彼はにっこりした。
「早速もてもてですな、神崎先生は。ああ、その娘は、Uファクターの注射をしてほしいと毎日保健室に通ってる子ですよ」
やっぱりか。
頭痛を感じながら、俺は期待を込めた目で見てくる女子生徒をやんわりと全力で扉の外へ追い出した。色仕掛けを狙っているのか、女子生徒は胸元を大きく開いたブラウスを着ていて、目のやり場に困ったのはここだけの話だ。
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