File-03 日常への回帰

第23話 飴玉

 俺が大悪魔蛙ラージフロッグを撃破した後、悪魔たちは撤退していった。今は怪我人の救助や破壊された設備の修理で、イズモの連中は大忙しのようだ。

 一応、一緒に戦った博孝ひろたかの様子が気になったので、倒れた博孝を集中治療室に送り届けるところまで手伝った。これからどうしようかと集中治療室の前で立って考えていると、戦闘終了のアナウンス後に博孝のチームの、みつると竹中がやってきた。

 みつるはイズモCESTのオペレーター担当の少女で、竹中は前線で格闘してそうな体格の良いおっさんだ。二人は待合室の椅子に腰かけて不安そうにしている。

 俺は彼らと、待合室で手術が終わるのを待つことにした。


「命に別状はないんですよね」

「ああ。運ばれる最中も夕飯は何かとか、元気そうに言ってたぞ」


 心配そうなみつるに答える。

 博孝の奴、血をだらだら流してる割にはえらく元気そうで、こいつは死なないなと確信するほどだった。

 他に悪魔に憑依された怪我人が山ほどいるから、早めに集中治療室から追い出されることだろう。


「ところで旦那……」


 竹中は顔を上げると、立って腕組みした俺の腰付近に注目した。

 くそっ。心優しいみつるは突っ込まずにそっとしてくれていたのに。


「その子、旦那のお子さんか何かですか?」

「ちげーよ!」


 俺の腕にしがみついて離れないハルを見て、竹中は生暖かい笑みを浮かべた。


「誤魔化さなくて良いですよ、神崎さん。うちの娘も可愛い盛りで」

「お前の娘自慢は聞いてない!」


 ハルは、への字に口を引き結んで、俺にくっついている。

 白い髪と赤い瞳は目立つので、適当にジャケットを頭の上に被せていた。


「接近しすぎだろ、お前」

「うるさい。離したら逃げるだろう!」

「逃げないって」


 どうやらハルは俺を逃がすまいと、拘束しているつもりのようだ。

 

「……神崎さん、司令から呼び出しですよ」


 端末を操作していたみつるが、顔を上げて言った。


「呼び出しって、電話も無いのに」

「私、指令室の通信担当とチャットで雑談してるんですよ。そしたら司令が神崎さんを呼んでるって」

「チャットしてないで仕事しろよ」


 俺はハルを連れ、夏見が待つ二十五階のミーティングルームに向かった。ちょうど、ハルと俺のこれからのことで話をする必要があった。

 エレベーターに乗って二十五階に上がる。

 怪我人の救護などで忙しいからか、ミーティングルーム付近は閑散としている。


「やってくれたな、神崎」


 夏見は、俺と、俺にくっついたハルを見るとニヤリと笑った。

 ハルがここにいることには特に文句が無いらしい。


「現場を確認していた調査員が、魔核コアが無いと騒いでいたよ」

「仕方ないだろ。腹が空くんだから」


 俺のような半悪魔ハーフが何を喰うか、夏見は知っている。

 消えた魔核コアが俺の腹の中だと分かって、揶揄やゆしているのだ。


「そう、食事のことだが、これで代わりにならんかね?」


 夏見はポケットからプラスチック容器に入った飴のようなものを取り出して、こちらに投げて寄越した。

 飴玉は血のような赤色をしている。

 なんだろうと思っていると、ハルが俺の手から容器をうばった。


「おい、ハル!」

「うーん。美味しくない」


 ハルは勝手に赤い飴玉を取り出して口に入れる。

 ガリガリと噛み砕いて、物足りなさそうな顔をした。


「これじゃお腹の足しにならないよ」

「ふむ。人間の血液から抽出して精製した、悪魔イービルの餌なのだが、まだ改良の余地があるか」


 夏見は冷静な表情だ。

 悪魔の餌? なんでそんなものを。


「神崎、イズモの路上で大きなモルモットを見なかったか。あれは実験で作った半悪魔の新しい生き物、マーモルモだ。これはマーモルモの餌にしているのだよ」

「夏見さん、俺にモルモットの餌を食わそうとしてたのか……」

「ふふふ……気にするな」


 微妙だな。

 気にするなと言われて俺は半眼になった。

 勝手に人の血から抗EVEL鎮静剤を作られた実績がある。夏見が隠れて何をやっているか不安で仕方ない。


「ともあれ、しばらくはイズモにいてくれるんだろう」


 夏見は悪魔の餌の話を切り上げ、本題に入った。

 俺は観念して頷き返す。


「ああ、そのつもりだ」

「ではイズモCESTに所属する身分を用意しよう。住む場所や金銭も必要だな。今日中に身分証兼クレジットカードを渡すよう手配する。住む場所が決まるまで社宅で我慢してくれ」


 至れり尽くせりだな。

 夏見の思惑は気になるが、イズモの状況を把握するまでは、ありがたく世話になるしかない。

 途中までそう考えて、俺は気付いた。


「おい、この娘、ハルはどうするんだ?」


 まさか男の家に、女の子を同居させるとか、言わないよな。

 だが夏見の答えは無情だった。


「責任を持って面倒を見てくれたまえ、神崎」

「待て待て待て、おかしいだろ。男と女が、ひとつ屋根の下なんて」

「倫理的な問題はあるかもしれない。だが、半分悪魔であるその娘を君以外の誰が制御できる? 一人にするなど論外なのだから、結論は決まっている」


 確かにそうだけど、イズモCESTの女性隊員か誰かに面倒みさせれば良い話だろう。いったいなんで俺が付きっきりになる必要がある。

 ハル本人が反対すれば……と希望を込めて彼女を見たが、当のハルはよく分かっていないようで、無邪気な表情で首をかしげている。


「あとは、そうだな……その娘には教育が必要だな」


 まだ赤い飴玉をモグモグやってるハルに視線を移し、夏見は言った。


「君、学校に行ってみないかね」

「がっこう?」


 おいおい、大丈夫なのかよ。

 ぽかんと口を開けるハルに、俺はこれから厄介ごとが山ほどやってきそうだと頭を抱えた。


 

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