第5話 交戦

 優と葉月が目撃した、旧静岡を通過中のイズモCESTの車両は、ちょうど悪魔イービルの群れと応戦を始めたところだった。


「あわわ、なんでこんなことに……」


 車両の中で、三つ編みにピンクのリボンを付けた少女が、緊張に手を握ったり開いたりしている。

 彼女の名前は荻原おぎわらみつる。イズモCESTの強襲前衛部隊アサルトセクションに所属している。みつるのESPは精神感応テレパス。敵の接近の感知と、セクション内の通信担当が主な仕事だ。


 みつるたちは桜井葉月という少女を連れ戻すために、支援車両に乗って仲間と遠征しているところだ。セクションリーダーの北条が葉月と幼馴染みなので、無理を言って助けに行くことを決めたらしい。

 北条は実力重視のイズモCESTで、若手ながら戦闘能力がトップクラスのエリートだ。普通は通らないことでも、北条が発言すれば通ることがある。本当は女の子ひとり助けるために、CESTの設備を持ち出すなんてできない。いくら葉月がイズモの有力者の娘だからといって、物事には限度がある。

 だが、北条の熱意は不可能を可能にしてしまった。


「イズモCESTアサルトセクション、北条博孝ほうじょうひろたか、出撃します!」

「あ、北条君」


 止める間もなく、北条は黒塗りの刀を持ち、支援車両の中から飛び出して行った。彼は真面目で有能だが、感情的で猪突猛進な男だ。見ている分には面白いし格好いいが、同じチームメンバーは振り回されるのでたまったものじゃない。

 ちなみに黒塗りの刀は、北条専用の特別な装備、黒麒麟ナイトジラフというシリーズの武器だ。


「まだ、敵の位置を入力して作戦を立ててないのにぃー」


 みつるはベソをかきながら、車両の中でモニターと向かいあった。

 付近の地図が、車内備え付けの大型モニターに映っている。北条の位置を示す点の横には「CEX-17 Hirotaka Hojo」のテキスト表示。発動中の対悪魔専用武器は、使用者と位置が分かるようになっている。


「嬢ちゃんが心配で、いてもたってもいられないんだろうさ」


 ひょいと肩をすくめ、筋肉隆々の男性隊員、竹中が北条を追って外に出ていった。

 モニターに「MCEW-01023G Togo Takenaka」と表示される。普通の対悪魔専用武器はMCEWで始まり、番号も汎用機なので桁が多い。


「私は、みつるちゃんの護衛をするね」


 車内に残った女性隊員、天野がそう言ってみつるの横に立つ。

 このアサルトセクション第二チームは、みつると天野、北条と竹中の四人だけで構成されていた。


「……反撃、開始します」


 みつるは意識を集中して、悪魔の位置を探り始める。

 支援車両を取り巻く悪魔の群れ。

 その向こうから、近付いてくる反応が二つ。

 これは……!




 悪魔と戦っている男の姿を見た時、俺は若いのに手練れだな、と感じた。

 刀身まで黒い刀を振り回しているのは、軍服を着た真面目そうな男だ。

 刀は霊力を通すには最適な、しかし近代戦闘においては非常に時代遅れな武器だった。使いこなすにはセンスがいる。しかも、見間違いでなければ、あれは黒麒麟ナイトジラフ


「葉月!」


 男が、俺の後ろの少女を見て声を上げた。

 二人は知り合いらしい。

 お姫様の騎士の登場だ。

 ということは、俺の役目は終わった。

 葉月に怯えられると困ると思って隠していたが、もうその必要はない。


「雑魚は邪魔だ」


 俺は悪魔イービルの力を解き放った。"茜射す雨"で、行くてをふさぐ中級悪魔、犬頭鬼人コボルドを数匹まとめて薙ぎ払う。犬頭鬼人コボルドは野良犬から進化して、生意気にも直立歩行するようになった悪魔だ。

 犬頭鬼人コボルドは醜い悲鳴を上げて左右の壁にぶつかり、動かなくなる。

 邪魔な悪魔の群れは排除した。

 イズモCESTの男は立ち止まって、俺の赤い目を見る。


「何者だ……? その赤い目は、イービルウイルスの感染者か? それとも人型の上級悪魔か?!」


 俺のように完全に人間の姿をしていて赤い目、というのは珍しいケースなのだ。男が疑うのも無理はない。


「止めて、博孝ひろたか! この人は私を助けてくれたの!」


 葉月は、俺の赤い目を見て戸惑ったようだが、間に割って入ろうとした。

 俺は前に出ようとする彼女を腕を伸ばして止めた。

 本当に真面目な良い子だな。


「……俺が、上級悪魔だったらどうする?」


 俺はわざと男を煽った。

 黒麒麟ナイトジラフは上級悪魔に対抗できる……そして、俺を殺せるかもしれない武器。

 死ねるかどうか、試してみてもいいかもしれない。


「決まっている。この手で討つまで!」


 俺が浮かべた酷薄な笑みに、敵だと判断したのだろう。

 博孝と呼ばれた男は刀を水平にして、真っ直ぐ踏み込んできた。

 良い剣筋だ。

 ブレがなく心がこもっている。

 鋭く速い。

 これなら楽に苦しまずに逝けるかもしれないな。


「ユウさん!」


 悲鳴をあげる葉月。

 避けなければ致命傷になると知りながら、俺は動かなかった。

 刀の切っ先があとほんの少し。


「……!」


 無意識に周囲の索敵をしていた俺は、目には見えない敵の存在に気付いた。そいつは、俺と博孝が斬り合う瞬間を狙っている。

 やれやれ、ここで死ぬ訳にはいかないな。

 

 俺は瞬時に意識を切り換えると、姿勢を低くして博孝の前に飛び込み、彼を思い切り蹴り飛ばした。反動でその場を飛び退く。


 すぐ後に、俺たちの間に黒い尖ったきりが何本か、地面から伸びる。あのまま斬り合っていたら、刺に刺し貫かれて、二人ともモズの早贄はやにえになっていたところだ。


「何っ?!」


 驚愕する博孝に構わず、俺は自分の黒麒麟ナイトジラフを召喚した。起動すると俺の素性がばれるかもしれないが、仕方ない。

 さすがに上級の悪魔相手に、武器無しじゃきついからな。




 突然、モニターの地図上に砂時計が現れる。イズモCESTのデータベースから、自動読み込みが発生していた。

 数十秒後、北条のすぐ近くの位置に、新たな味方を示す青い印が表示される。


 CEX-00 Yu Kanzaki


 黒麒麟ナイトジラフは「01」から連番でナンバリングされた、十九本しか無い特別な武器ということは、CESTなら誰でも知っている。

 その前提をくつがえす、幻のゼロ番、二十本目の黒麒麟ナイトジラフの登場に、みつるは思わず自分の目を疑った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る