Ⅵ
「ねえ、青山くん。私、少し考えたんだけど」
そう言って彼女がその話を切り出してきたのは、それから数週間後のことであった。
「なんだい、如月さん」
所はバイト先のファミレスの厨房。相も変わらず人手不足の只中、ここの厨房は僕と如月さんの二人きりだ。
「青山くんはどうだったか知らないけど、私、割と彼氏が途切れたことってないのよね」
「は、はぁ」
改めて思えばとんでもない女性だ。一体全体何人の男と付き合ったのだろう。
まぁ、高校時代の彼女の様子を思えばそうおかしなことでもないが──だが、高校時代の自分のことを自ら「どうしようもない女」の形容していたし、どこかしらで恋愛観の変化はあったわけだろう。そうでもなければ、今の彼女がこうして僕の隣でキャベツを刻んでいるなんてことは有り得ないし。
……だとしたら、彼女は相当に「モテる」部類の女性なのだろう。いつかのタイミングで恋愛観が変わって言わば「誰でもいい」恋愛をやめたということは、自分が好きになった相手が毎回都合よく彼氏になっていたということになるから。つくづく恐ろしい女性だ。
「今が最長期間かも。生まれてから最初の彼氏が出来るまでを除けば」
「そりゃまた何というか……随分だな」
「褒めてる?」
「貶してる」
もう、と拗ねて頬を膨らます彼女の横顔は、高校時代とそう変わらない。普段黒髪ロングの艶のある髪を靡かせてツンとしている彼女がたまにそう可愛いらしく拗ねる様子は、今思い出しても非常に愛らしい。
……と、そんな自分の思考に危ないものを感じる。いや、あの日彼女に心の箍を粉砕されてしまった以上、色々と手遅れであることには変わりないのだが……。
「まぁそれはともかくさ。誰かと付き合うって、他の何にも代えられない、丸ごと包まれるような肯定感を得られるじゃない? あぁ、この人は私の全部を好きでいてくれてるんだな、私という存在そのものを肯定してくれてるんだな、って。青山くんも何となく分かるでしょ?」
「まぁ、分かるには分かるよ。かなりね。僕は如月さんとしか付き合ったことはないけど」
そりゃ失礼、と大して悪びれた様子もなく言う如月さんは、キャベツを刻む手を止めない。サラダのオーダーはそんなに入ってなかったと思うが。
「親もあんなんだし、高校時代の私は手っ取り早く肯定されて愛されたかったのかもね。……とにかく私ってそんなだからさ、ずっと他人からもらえる肯定感に溺れて生きてきた。そんな弱い人間なの。あれから自己否定しっぱなしだし、いい加減心が疲弊して仕方ないのよね。元彼のことも吹っ切れてきたわけだし。……正直、そろそろ折れそう」
なるほど。とんでもない女性だと思ったが、そんな彼女には彼女なりの弱さがあって、ある種依存のような症状に悩まされていたのかもしれない。
「…………だからさ、青山くん」
彼女の、キャベツを切る手が止まる。語尾が少し震えているのも隠しきれていない。
高校時代からずっとご無沙汰だった、懐かしい気配を感じ取って──僕は、思わず彼女の方に向き直った。
心の箍の残り滓に邪魔されながら、少しぎこちなく鳴る、学生時代以来の心拍数に身を任せる。
遠く聞こえるホールの喧騒だけが響く中、如月さんは、自分が千切りにしたキャベツを見つめたまま──言った。
「──私と付き合ってよ」
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