第3話 吸血されると

「では、おやすみなさいませ」

執事の格好をした老人が、お辞儀をしながら私に告げる。

老人が部屋から出ていった後、私はふらつきながらベッドへと倒れこむ。仰向けに寝転んだ時、布団の柔らかさに対し、少しだけ安堵を覚えていた。

 あの時浮かんだ光景は、記憶の断片…?

私は、首筋に残る噛み痕をソッと触れながら、つい先程起きた出来事を思い出していたのである。


吸血鬼兄弟の長男であるイマド・オレイレカンの牙が、私の肌を突き破って血を食らう。身体の中にある血が失われるような感覚を覚える一方、メルの脳裏にはいくつかの映像ビジョンが浮かんでいたのである。

満点の星が見える場所で、私は“彼”と手を繋いでいた。モザイクがかかったかのようにその表情かおは見えないが、どこか心温まるような話をしていたのである。


「…っ…!?」

イマドが血を吸うのを止めて顔を上げた直後、私は眩暈に襲われる。

それによって、脳裏に浮かんでいた映像ビジョンらしき現象ものも見えなくなってしまう。

「…かなり、甘ったるい匂いだ。兄貴、血の味はどうだったか?」

頃合いを見計らってなのか、後ろで傍観していたバーゼルが問いかける。

ふらついた私を抱き留めた金髪の青年は、弟達の方に視線を向けながら口を開く。

「人間にしては、美味といった所だ。…娘よ、何か視えたか?」

「“視えた”って、どういう…?」

を細めながら、私は視線を上にあげる。

気が付くと、イマドは私から離れてハンカチを唇に当てていた。

「血を食らう中でほんの一瞬だが…想念のようなモノを感じた。ある特定の人間が持つ“血”の中には、“過去の記憶”を含む場合もあると聞く。貴様は“鍵”となる存在故に、血を食らえば“失った記憶の一部”を思い出すのでは…と、あらかじめ仮説を立てていたのだ」

「失われた……」

イマドの台詞ことばに対し、私はその場で考え込む。

「貴方の言う通り…確かに、血を吸われている間で、映像らしきモノが見えました…です」

私は、考え事をしながら答えたため、少したどたどしい口調になっていたのである。

「あ…。イマド兄さん、もう寝る時間だね」

広間にある壁時計の鐘が鳴り、その音に気が付いたコディーがそう告げる。

時計の針は、朝の5時ちょうどを指していた。人間界から連れてこられた直後、彼らは夜行性で朝と昼に睡眠をとる事を教えられていた。

「一睡したら、詳しい事を話してやろう。一応伝えておくが、逃げようなどと思うなよ」

「仮に逃げられたとしても…この屋敷の外には、あんたを狙っている連中がうようよいる。捕まればもっとむごい目に遭うのは必至だし、屋敷に留まっておいた方が利口だと思うぜ」

イマドが私に忠告をし、バーゼルがそれに補足するように告げる。

私に言うだけ言った後、彼ら兄弟は大広間から姿を消してしまうのであった。



その後、彼らに仕える執事―――――――実際は、人型を取った使い魔によって、私の“部屋”に案内されたのであった。

私にあてがわれた部屋は、テーブル・椅子・ベッド・カーテン等の最低限の物はあるが、生活感を感じない無機質な雰囲気かんじを醸し出している。

「寒…」

連れてこられた時に着ていた白いワンピースのままだった私は、寒さで一瞬震える。

置かれている家具はどれも海外にありそうなアンティーク仕様だったが、エアコンは一応設置されていたため、リモコンを探し出してスイッチを押す。

 彼らが私を殺す事はなさそうだけど、逃がしてくれる気配はなし…か

窓を開けてみようと思って試したが、窓にスイッチはあっても開けられないくらい頑丈に閉まっていた。

容易に逃げられないと悟った私は、その場で溜息をつく。

「私…一体、どうなってしまうんだろう?」

エアコンから風が発生する中、私は不意に呟く。

それは、心の声が言葉にして出た瞬間なのであった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る