第16話 中尾さんの血糖値 ③ 夜食

「…いやぁ、中尾さん面白いですねぇ!」

 思わず僕がそう言うと、

「絶好調だな !! 」

 みんなも楽しそうに頷いたのでした。


 その晩は、本当に中尾さんは速やかにベッドに横になり、良い子が夢を見るように静かに眠りにつきました。


 …そして翌朝、充分な睡眠から目覚めた中尾さんは、キッチリと起きてスポーツ新聞をバッチリ見た後ガッチリと朝御飯を食べ、点滴をタッタラタ~と身体に流し込んで再びスタスタ出掛けて行きました。

「…まるで病人に見えないですね… ! 」

 僕がその行動を見て呟くと、

「…どうかな?後でツケが回るかも知れないぞ」

 みんなは何故か笑顔を消してそんなことを言うのでした。


 という訳で、結局松戸競輪開催日に合わせて3日間連続して中尾さんは出掛けて行き、その成果に関わらず一杯飲んでから病院に戻るという行動が続きました。

 それも、必ず夜の検温が終わった後にコソコソッと帰って来て、ナースコールにてテキトーに体温を報告するというパターンなのでした。

 …そして、夜8時に入院病棟の面会時間が終わると、9時の病室消灯時間までの間に、廊下の途中にある給湯室で中尾さんがアルミの手鍋でインスタントラーメンを作る姿を見るようになりました。

「…夕方に酒の肴をちょっと食べただけだからさぁ、腹減っちゃって… ! 」

 廊下を歩く僕にそう言って、中尾さんはズルズルと手鍋のラーメンをすすっていました。

「…フフ、病院食より美味そうですね… ! 」

 僕は適当なことを言ってトイレに行きました。

「…やっぱりさ、飲んじゃった後にこうして食うのがさ、インスタントラーメンの正しい味わい方なんだよ… ! 」

 トイレの帰りに部屋へ戻ろうとしたら、中尾さんが食べ終わった後の手鍋をシンクで洗いながら今度はそう言いました。

 見ると、水を当てながら給湯室備え付けの亀の子タワシでガシガシと手鍋をひたすらこすっています。

「中尾さん、三角コーナーの脇のママレモンを使えばいいじゃないですか?そうすればそんなに力入れてこすらなくても…」

 何気無く僕がそう言うと、中尾さんは首を振って応えました。

「いや、俺はこういう化学洗剤ってのを信用してないんだ!汚れが落ちる反面、絶対に何か人体に良くない成分や物質が入ってると思うんだよね!」

「はぁ…」

 あまりにも思いがけない言葉に戸惑っていると、

「だからさ、俺はそれ使わないんだよ!…やっぱり自分の身体のことは自分で気を付けて行かないとダメだろ?」

「…??!」

 中尾さんの何だかよく分からないこだわりに僕は軽い目まいを覚えてフラフラと自分のベッドに戻りました。


 …翌朝、例によって検温の時間に僕たちは目覚め、看護師さんが部屋にやって来ました。

「…中尾さん、今日は午前中に血糖値の検査をしますからね~!お昼過ぎの先生の回診が終わるまで外出は出来ませんよ~!」

 看護師さんは中尾さんにそう伝えると、みんなの体温と脈拍をチェックしてナースステーションに帰りました。


 そして朝食タイムの後、中尾さんは看護師さんに促されて検査を受けに行き、ほどなくして病室に戻って来たのでした。

 …その後、点滴、昼食と入院患者メニューをこなして午後の回診となりました。

 今日の回診のみんなの関心はもちろん中尾さんの血糖値結果のことでした。

「あれっ?…中尾さん、おかしいよ ! 前回より血糖値が上がってる!」

 …病室に入るなり、先生が中尾さんを見て首をかしげながら言いました。

(…連日競輪行って酒飲んで帰って夜食にラーメンすすってりゃ、そりゃ上がるよなぁ…)

 部屋の誰もがそう思う中、先生は真剣な顔で言いました。

「あの薬が効かないはずないんだけどなぁ…。よしっ、じゃあ中尾さん ! 今日からまた別の薬に変えてみよう !! …何としても血糖値を下げて退院出来るように頑張りましょう、ねっ!」

「…えっ !? は、はいっ ! 私も頑張ります…」

 そう答える中尾さんを見れば、やはりまたも目が泳いでいたのでした…。



 中尾さんの血糖値 完

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